番外編 そ、そんな酷い物…。ー 一帆sideー


俺は今、柚香と同じ空間に2人でいた。柚香のいる左側にしか神経がないかのように意識が集中している。


俺は携帯をいじる振りをして、柚香の横顔を盗み見た。


たぶん今の俺の顔は、表情筋が壊れ、頬が緩みっぱなしだろう。そんな自身がある。



隣にそんな男がいるなんて夢にも思っていないであろう柚香は、いつもと変わらず音楽を聴いている。


そして、ふと何かを思い出したらしく俺の方を向いた。



「ねね! あのね!一帆に聴いてほしい曲があるの!」



そういうと、もう一度携帯へと目を落とした。たぶん、その聴かせたい曲を探しているんだろう。


その一生懸命な横顔に、また俺は頬が緩む。


俺は最近、以前よりも由香に執着していると思う。

今までは「付き合いたい」「隣にいたい」ただそれだけだった。だけど、今では「手を繋ぎたい」「他の男と話さないでほしい」


「俺だけを見ていてほしい」


そんな欲が次から次に溢れてくる。こんなの柚香に知られたら……気持ち悪いって嫌われるかな。いや、うん、ウザいし嫌だよな。


由香に嫌がられるのを想像し、俺は落ち込んだ。そんな俺の隣では、由香の探し物が見つかったらしい。携帯の画面を見せてきた。



「これ、最近見つけたんだけどね。とっても素敵な歌なの! 歌ってる人もなんだけど、歌詞もとっても良いの! これ、一帆に聴いてほしいって思ってて……はい、イヤホン」



そういって差し出されたのは、何も乗っていない手のひらだった。



「…ん??」

「一帆のイヤホン、貸して?」



首を傾げた俺に、その掌の意味を教えてくれた。



「お、おぅ……て、てゆうかさ、由香ので聴くのはダメなの?」



あの、恋人たちがよくしてるアレ。アレだよ、アレ。片方を彼女が、もう片方を彼氏が付けて曲を聴くアレだよ、アレ。誰もが羨むアレだよ。男の憧れだよ。付き合ったらしてみたいランキング10位に入りそうなアレだよ。


俺の煩悩塗れの質問に、由香は気づいていないらしかった。



「だって、そうしたら折角のいい音が聞けなくなるから……。この音楽さ、途中で右と左で交互に流れるんだよ。だから、どうせなら両耳で聴いてほしいでしょ?」



由香の小首を傾げる姿に、落ち込む気持ちも吹き飛んでしまった。



「で、でも、一緒に聴きたいなって……そう思ってたらね、なんと、こんなものを見つけました!」



そう言ってとり出したのは、何やら小さい物体。二つの挿し口に対し、挿す方は一つという何とも初めて見る物だ。挿し口、挿す方のどちらとも、イヤホンのそれに似ている。



「これって…??」

「これね、百均に売ってたんだけど、この二つの穴にイヤホン挿せば二人で聴けるんだって!!」



そう笑顔で言う由香。その笑顔で言われた言葉に、多くの男の夢が打ち砕かれたであろう音が聞こえてきそうだ。


いや、今 現に俺の夢が打ち砕かれた……。


悔し涙を堪えながら、俺は由香の持つそれにイヤホンを挿した。


イヤホンから流れる音楽はとても綺麗で、俺の煩悩まで流してくれそうだった。



音楽が終わると、由香は俺の顔を覗き込んできた。



「どう、だった……?」

「うん、良い曲だった。俺も好きだよ」

「っ……そ、そっか。良かった、です……」



煩悩が洗い流され綺麗になった心の俺は気持ちを口にした……のだが、由香の反応がおかしい。首まで真っ赤にして、顔を思いっきり向こうに向けたのだ。


お、俺、何かしたっけ!?!?

……ってゆうか、由香の反応が可愛い。今すぐ、こう抱きしめたい…。


俺の洗い流された煩悩は、一瞬にして帰ってきた。おかえり、俺の煩悩。

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