第26話 え、え、待って。ー宗介sideー
「……なぁ、もしかしなくても、霰って “あーちゃん”?」
俺はまだ目の前に立っている雹牙に聞いた。
「うん? ……え、知らなかったの?」
「………嘘だろ、ぉぃ」
俺は両手で顔を覆った。
全然気が付かなかった。だって、あの あーちゃんがだよ? あんな大人しくなって、可愛くなって、おまけに何か色々女の子になってるし! そんなの すぐに分かるわけないじゃん!
「だって……え? ん?? あーちゃんと そーちゃんって双子だったの!?」
「え、あ、うん。うん? そこから? 公園で遊んでたときに気が付かなかった?」
俺は呆れて開いた口が塞がらなかった。
え?? 何? 俺ってそんなに鈍感なわけ? 馬鹿なわけ?? 嘘でしょ……!? 香樹のこと言えないじゃん!!
俺は自分自身に呆れて足の力が抜ける。突然しゃがみこんだ俺を心配して、少し離れたところにいた雹牙が駆け寄ってきた。
「あ、そーくん!? だ、大丈夫?? どうしたの? お腹、痛い?」
「んや……その、自分に呆れた………あのさ、1つ、聞いてもいい?」
「??」
俺の言葉に雹牙は、女の子のように首を傾げた。
ほら、やっぱり ひょーちゃんは可愛いよ。あーちゃんなんかより、ずっと。…………だけど、たぶん俺が好きだったのは ひょーちゃんじゃない。
「あの時………外出禁止予告の最終日、覚えてる?」
「…えと…そーくんが次の日から来られなくなる日、だったよね? うん、覚えてるよ」
「あの時のってさ、公園に来たの雹牙じゃないよね?」
雹牙は何も言わない。
「あの日も、お前ら入れ替わってたんだろ?」
結局、雹牙は答えてくれなかった。ただただ微笑むだけ。でも、あの顔は「本当だよ」って言ってた。きっと、あーちゃんが口止めでもしてるんだろ。
思い出した。
さっき、あいつが「何でもない」と去るときに見せたあの横顔を、俺は知ってる。
昔、俺は あーちゃんにも同じ顔をさせたことがある。いや、正確にはひょーちゃんの格好をした あーちゃんを、だ。
あーちゃんと気がつく前に、後ろ姿だけで「ひょーちゃん」と呼んでしまった、あの時。あーちゃんの見せた顔は寂しそうで、悲しそうだった。
「………何で…」
俺は自然と声が漏れる。
何で忘れていたんだろうと。こんなにも大切なことを、何で……。
『……追いかけたら? 多分、あーちゃんは教室に戻ってないよ。あの顔した後は、いつも1人になるから。だから、行ってあげてよ』
雹牙の言葉が再び頭の中に蘇る。その言葉に背中を押され、俺は今 別棟の校舎に来ている。どうやらこの時間はどのクラスも使っていないらしく、やけに静かだ。普段なら音楽室や第二理科室、技術室などが使用され騒がしい。
何ともまぁ…うん、あれだな。あーちゃんをおびき寄せてるよな、この静けさは。あーちゃんホイホイ……的な?
気を紛らわすためにそんな馬鹿げたことを考えていると、廊下に足音が響く。その走って逃げる足音を俺は追いかけた。
きっと、これはあーちゃんだから。これで逃したら、きっと…後悔するから…。
「あーちゃん、待ってよ! 俺の話、聞いて!?」
「やだっ!! もぉ、追いかけて来ないで!!!!」
あーちゃんは振り返らずに階段を駆け上がる。……意外と足が速い。
俺も負けじと後を追う。このままいけば、屋上前の階段で追いつける。
静まり返った校舎に、2人分の足音だけが響く。
ついに1つの足音が止まった。
「あっ! 嘘っ!! 行き止まり!? このドア、開かないの!?」
「…はぁはぁ。やっと、追いついた……。屋上へは出られないよ。漫画とかみたいなのは、めったにないから……って、あーちゃんなら知らないと思ってた」
まだ あーちゃんの体はドアの方に向けられている。
「………なんで、来たの…? 来ないでって、言った…のに……」
「あーちゃんに、話したいことがあったから。霰とあーちゃん、一緒って分かってなくて……俺、馬鹿だからさ。ごめん。いや、馬鹿って言葉で済ましちゃ駄目なんだろうけど。でも、ごめん」
あーちゃんは俺の話を聞こうとしてか、顔だけこちらに向けてくれた。
「……分かって、なかったの??」
その困ったような顔に、ドキッとする。
そんな顔…反則、だよ………。
俺はあーちゃんを抱きしめたい衝動を抑え……抑えて、平然を装って言った。
「うん。それでね、思い出した。あーちゃんと喧嘩したこととか、最後の日にあーちゃんが来たこととか。……俺の好きな人が、ひょーちゃんじゃなかったこととか」
俺の話を聞いたあーちゃんの驚いた顔は、たぶん、一生忘れないと思う。
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