第16話 え、このまま遊園地!? ー柚香sideー
時間というのはあっという間に過ぎ、明日は待ちに待った遊園地だった。
「……何着て行こう……」
クローゼットの前で洋服を合わせては悩み、合わせては悩みを繰り返して かれこれ4時間は経っていた。
だって、着て行った服が可愛くないと思われたら? 似合っていないと思われたら? 気合を入れすぎと思われたら?
………そんなことを考えると、何を選んでも駄目だと思えてしまうのだ。
「
「あ、うん」
そう言ってお父さんが入ってきた。まぁ、入ってくるなり入り口で固まってしまったが。
「……ど、どうしたんだ? この有様は」
驚くのもそのはず。約10畳もの広さの部屋は、床のほとんどが見えなくなるほど洋服で埋め尽くされていたのだから。
「あ、えと……明日、遊園地に行くのだけれど、洋服をどれにしようか……と。中々決まらなくて」
私は洋服を拾い集めながら説明した。
「何だ、好きなやつとデートか」
「なっ!? や、や、や、ヤダナァー。ソンナワケナイジャン」
……驚きのあまり、カタコトになってしまった気がする。
そんな私の驚く姿を見て、お父さんは意外にも笑った。
「…っはは。そうか、そうだよな。柚香も、もう中学生だもんな」
少しの間、何かを思い出しているように どこかを見つめていたかと思うと、再び口を開いた。
「遊園地なら、動きやすい服がいいと思うぞ。思いっきり遊ばなきゃだろ? 下はズボン、ショートパンツ、キュロットなんかが良いだろうな。それに合わせて上を決めれば良い。あ、それともう一つ。そうやって近くの場所じゃないところに遊びに行くときは、上は何か脱げるものを1枚程 着ておきなさい。そうすれば暑かったら脱げば良いし、寒くなったら着直せば良いだろう? 後は、ハンカチとちり紙に、救急セットに……」
「わわわ!! も、もういいよ! ありがとう!」
まだまだ出てきそうなお父さんの言葉を遮り、無理やり笑顔を見せる。
「すまん。つい、心配になって……」
お母さんがいない分、お父さんがたくさん心配してくれる。私は、そんなお父さんが大好きだ。過保護すぎるくらい心配性で、優しくて、手先が器用で、料理も上手で、私のために頑張ってくれる。それが分かる度、自然と笑顔になれる。
「…ふふ。ううん、ありがとう」
「2人とも、晩ご飯ができましたよ」
そんな優しいお父さんに気がつかれないように、私を虐めるこの人……お婆ちゃんの存在は恐怖でしかない。いつ殺されるか……そんな想像をしてしまうほど陰湿で、悪質なもの。学校の虐めなんて比べものにならないほどの……。
そんな嫌いな人の顔を見たくなくて、自然と顔が下を向いた。
「あぁ、今行く。準備は後でだな」
「…………うん」
私の雰囲気が変わったことにも気がつかないほど鈍感な所は、お父さんの唯一嫌いな所である。
微妙な空気の中で食べるご飯は、味という言葉を忘れるほどに美味しくなかった。
明日は
「……はぁ」
ご飯を食べ終わるとすぐに部屋のベッドへとダイブした。こうすると、気持ちが少し楽になる気がするのだ。
そんなとき、ふと あの時のことが頭に過ぎった。
『そう、なんだ。……何かあったらいつでも俺に言っていいからね』
一帆が私に優しく言葉をかけてくれた後、
『……うん。でも…香樹がいるから大丈夫だよ』
そう言って私は香樹の服の袖を掴んでいた。あれは ほぼ無意識だった。だが無意識にでも、香樹のことを頼ろうとしていたのだと気がつくと、今考えると恥ずかしい。でも、これ以上一帆に迷惑をかけるわけにはいかないと思っている。だからと言って、香樹なら大丈夫なわけでもないが……でも、香樹の方が私のことを知ってくれているから。
「知ってる……か……」
私は頭を上げ、机の上に飾っている写真に目をやった。そこには、私とお父さんが写っているものと、笑顔のお母さんが赤ちゃんの香樹を抱えているものがある。2枚目のは香樹に頼んで貰ったものだ。
お母さんの顔を知らない私にとって、最初、香樹は羨ましい存在だった。だって、お母さんがいるから。でも、そのお母さんは香樹の本当のお母さんじゃないと知って、私は何故か涙を流した。本当に何故だか、今でも分からない。
ただ、この日から香樹の性格は変わっていった。
少しずつだが、確実に変わっていった。そして、今の「過保護なシスコン」になったのだ。
私には、あの日が原因としか分からない。でも、その理由までは見つからなかった。
そんな、私のことを幼いときから想ってくれている香樹を、一番に頼りたいと思えた。……いや、思っていた。学校が違った今までは、それも中々出来なかったのだ。
私は拳を握りしめた。
「でも、今は違う……」
これ以上、
そう私は決心し、再び洋服選びに戻った。
そして迎えた当日。
いつもより無口の一帆、少し不機嫌そうな香樹、そんな2人をチラチラと交互に見ている
………え、何この空気!?
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