第7話 ほほぅ。……ほほぉ。ふぅん。……へぇ。


「あ゛ぁ゛?」




柚香ゆかの名前呼んでたから、柚香の友達に間違いねぇんだろうけどよ? 柚香の名前を気安く呼ぶんじゃねぇ!!




「え、あ…一帆かずほ!? え、聞いてたの?」




聞かれて恥ずかしかったのだろう、柚香は耳まで真っ赤にしている。


え。…え?

待って待って。……え???

これって、もしかしてソーユーコトですか??? 柚香の好きなやつ登場ってか??? いや、ふざけろ。そんなの俺が許さねぇ。




「あ、ごめん。聞くつもりなかったんだけど、聞こえてきたから気になって……つい」




「一帆」と呼ばれたそいつは、相手の反応を伺うように柚香に返す。


何が「つい」だ!! 聞くつもりもなくて聞こえるわけ……ないわけでもねぇけどよ! 俺らの声、デカかったけどよ!? 話しかけてこなくて良いじゃねぇか!! ……ん? そういやこの声どっかで…。




「あ、いや……さっき聞こえたの全部嘘だから! 違うから!」


「何が?」




柚香の言葉にすかさずこいつは聞き返す。その顔は意地悪だった。何か好きな人に、分かっている答えを直接言わせる…みたいな?


分かる。大いに分かる。分かるぞ。柚香の反応が可愛くて、意地悪しちゃうんだよなぁー。分かるわぁー。ほら顔真っ赤にしてるじゃん、ほんと可愛すぎ。




「えと……す、好きな人、いる…とか……?」




いや、さすが柚香。嘘下手すぎ。 顔で「好きな人います」って言ってんじゃん。 そんな可愛い顔でチラチラこっち見んなよ……照れるわ。まぁ、柚香の言いたいことは何となく想像がつく。どうせ「何かフォロー入れてよ! 香樹のせいでバレちゃうじゃん!」とか思ってんだろうな。




「ん? 佐久元さくもとくんが好きなんだ?」


「ふぁ!?」




思わぬ返答に俺も驚く。いや、今のどこからそう思うんだよ!? 明らかにお前のこと好きじゃんか!?


……まぁ? そう見えるなら俺は嬉しいけど? …やべ、ニヤニヤが止まんねぇ。


視界の隅で宗介そうすけが引いた顔をしている。何か文句あっかよ!!




「ちがっ! 全然違うよ! 香樹は…えと…仲のいい友達?」




その柚香の何気ない一言に、俺は一気に冷める。


ほほぅ。友達、ねぇ。……ほほぉ。ふぅん。……へぇ。友達、ねぇ。


「柚香、香樹がすっごい顔になったよ。横見て、横! その人睨んでるから!」とか思ってそうな宗介を少し睨みつける。


そんな会話のないやりとりの中、そいつは平然と口を開いた。




「名前に同じ漢字使われてるしな。何か、特別な感じじゃない?」




そいつの言葉にその場の空気が凍った。いや、正確には宗介と柚香の周りの空気が凍った。俺の周りは凍ってねぇ。




「っつか、何でお前、俺の名前の漢字知ってんの?」


「……あ、そう言えば」




宗介は驚きのあまりといった表情でようやく口を開いた。心の中で色々言ってたんだろうなぁ。全く、あとでお仕置きだな。


そんな余裕ぶっこいていた俺に、鋭い一撃が飛んでくる。




「え、俺って覚えられてない? 同じクラスなんだけど。てゆうか、隣の席?」


「…おい、こら香樹」




さすがの宗介も「お前、それは無いわ」って顔になる。…いや、ほんと。俺も思った。




菅原すがわら一帆、改めてよろしく」


「……香樹、お前はもう少し周りに関心を持った方がいいと思うぞ?」


「……ほんと、これは無いわ」




自分でも反省しつつ、そいつの顔と名前を覚えた。まぁ、もはや忘れる気がしねぇけど。




「…」




柚香が何か呟いた気がして、そっちに目を向ける。俺の位置からはよく聞こえないが、宗介には聞こえたらしい。驚いた顔をしている…ってか、変な顔? 「俺、どうしたら良いんだろう」みたいな感じの顔してる。


まぁ、そんなことどうでも良くて、俺の視界に入った柚香は、頬を赤らめて少し拗ねたように菅原を見ていた。


…やっぱり、柚香はこいつが好きなんだ。




「…お、俺、ちょっとトイレ行ってくる!」




場違いだとでも思ったのか、声を裏返しながらそう宣言するとトイレの方へと向かっていった。




「俺もそろそろ教室に帰るよ。佐久元くんは?」


「俺も戻るわ。…あー。何か、ごめんな? その……名前とか」




俺の言葉に、菅原は失礼にも驚いた顔をしていた。ほんと、どいつもこいつも!!


俺はそのイラつきを、トイレの前で女と喋っている宗介にぶつける。




「おい、宗介! 早くしろ! いつまでそこで ちんたらやってるつもりだ! そんなに女とイチャイチャしたいなら、三毛猫の群れの中にでも放り込んでやろうか?」


「え、ちょ!? 俺を殺す気なのか!? 俺が猫アレルギーだと知ってのことだよな!?!? そんな怒んなよ〜。あ、もしかして嫉妬ですか?」




相変わらずのポジティブさに、俺の怒りはオーバーする。火に油って言葉、知ってるか?


俺は一度無表情を作り、思いっきりニコッと笑顔を見せると、何も言わず1組へと踵を返した。




「え! ま、待って!? 香樹くん!? そ、そんな呆れないで!? と言うか怒ってる? 激おこ?」




宗介は女に「じゃあね」と手を振ると俺の後を追ってくる。女なんかに鼻の下なんか伸ばしやがって。


俺に追いついた宗介は隣を歩きながら顔を近づけてきた。聞かれたくない話でもあるのだろうか。




「さっきの子が教えてくれたんだけど………怒るなよ?」




おいおい、何上目遣いしてんの。お前の顔でそれは柚香並みに反則なんだけど。
























篠原しのはらくん、ごめんね、突然! や、やっぱり佐久元くんには伝えておかなきゃって思って…で、でも…」


「あー。うん、怖いよな」


「…ごめんなさい」


「いや、こっちこそ、ありがとね。…勇気出して、教えてくれて」


「い、いや! べ、別に…その……」


「ゔぉい!」


「やべ。オニが怒ってる。俺、行くね」


「あ……うん…」

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