第4話 俺の何知ってんの?


教室の席に着いたは良いものの、特に仲の良いやつがいるわけでもなく。ただ時間だけが過ぎていた。




「お前、部活何にする?」


「やっぱりサッカーかな。モテそうじゃね?」


「素晴らしい偏見だな。じゃあ俺は帰宅部のエースでも目指すかなー」


「どーゆー基準でエースなれんの?」


「一番早く帰れたやつがなれる」


「それお前の優勝じゃん。家、目の前なんだし」


「これは優勝もらったな。エースの名は俺のもんだ」




……とか、馬鹿そうな会話が聞こえてくる。

頭悪りぃな、こいつら。知らない顔だから柚香ゆかと同じ学校なのだろう。いや、同じ学校だとしても分かんねぇ。


俺は机に突っ伏し、そんなクラスの声に耳を傾けた。馬鹿みたいな内容の話や、如何にも「頭のいいやつ」って感じの内容だったりと、少し楽しかったりする。


そんな中、ある会話を耳にした。




「なぁ、やっぱりサッカー部?」


「俺はそうだな」


「いや、俺もサッカーしかないわ。……で?」


「…? で、って何がだよ」


「いやぁ? 一帆は良いのかなぁ〜って」


「何がだよ…」


「またまたぁ、惚けちゃって。…柚香のことだよ。告白、しないわけ?」


「……別に」


「絶対、告白増えるけど。良いの? 望みがどんどん薄くなってくよ??」


「……うるさいな」




“柚香” “告白”という単語に反応した俺の耳はピクピク動く。ゆっくりと首を動かし、声の主を確認しようとした。が、次が移動教室だったらしく、生徒が次々と教室から出て行く。おかげで声の主は誰だか分からなかった。




移動教室の授業は美術。先生はハゲていて、怒りっぽい人だった。寝ようと突っ伏すと、丸めた教科書で頭を叩かれた。結構痛いから、今度、宗介にやってやろうと思う。


何度も怒られる趣味はないってことで、途中から真面目に授業を受けた。プリントを後ろに回せと言われ、回そうと振り向くと後ろには3人いた。が、手元には残り2枚しか残っていない。


俺が取った分の紙も回して、教卓の前にいるハゲた先生へと声をかけた。




「せんせー、紙がたりませーん」


「あ゛ぁ!?」




ハゲた先生は何を勘違いしたのか、俺はまた怒られた。訳がわかんねー。



と、まぁイライラしながら移動教室から帰ってくる。少し癒されようと、帰り道にある4組へと足を踏み入れた。


通常授業が始まったばかりで、時間割が安定しておらず、本当は2時間だった美術が3時間になったのだ。ということで、次は給食だから廊下や教室も賑わっていた。


……はずだった。


賑やかだった廊下とは打って変わって、踏み入れた4組は俺を見て静まり返っていた。




「んーと……俺、何かした?」




俺の言葉で我に返ったかのように、数人の女達が俺のそばへ駆け寄ってきた。その表情は鬼のよう。




「この子、佐久元さくもとくんのこと馬鹿にしたのよ!」


「ほんと、何様なの、この子!?」


「そーだよ!!」




【この子】と指を指された方に目を向ける。柚香と目が合い、愛想笑いで返された。


まぁ、それだけで何となく想像がつく。何か原因があって、柚香自身が墓穴を掘ってこうなったんだろう。


それでも、俺は無意識のうちに拳の力が入っていた。なんでこんな覚えてもねぇやつらに柚香を悪く言われなきゃならねーんだよ。




「ぁ…お、おい止めとけって。香樹こうき、お前 女子は殴らないよ…な?」




今の俺の顔が物凄いのだろう。近づいて来ていた女達が後ずさっている。隣であたふたしていた宗介そうすけへ八つ当たりで笑顔を向ける。




「これ、どぉーいうことか き・ち・ん・と 説明してもらおうか? …そして、宗介くん? 俺の言葉、覚えてるよな? なら覚悟は出来てるはずだよな、もちろん」


「……は、はぃ…………」




宗介の消え入りそうな声が聞こえるほど、4組の中は静まり返っていた。












「ふーん。つまり、俺に頼まれてた声かけをしてたら、クラスの男がからかってきて、それを僻んだ女達が柚香の悪口を言って、それに対抗して言ったつもりの言葉が 女達を煽ってしまっていた…と?」


「…はい」



事情を聞くために俺は中へと入っていた。

4組の教卓の前で正座をしている宗介は、目に涙を浮かべている。その光景は、職員室から戻ってきた先生が入り口で立ち尽くすほど。




「アホか! 柚香にこんな思いさせるとか死刑に値する。マジで。それぐらい俺はキレてる」




キレてるのは宗介だけにじゃない。教室の端で邪魔な固まりを作っている女達にもだ。


俺はいつの間にか教室の隅へ移動していた女達に目を向けた。




「なぁ……そこの女達よぉ……お前ら、柚香に何か色々と言ってくれたみたいだけど? 俺の何なの? 俺の何知ってんの? 俺のこと知った風な口をきいて良いのは宗介と柚香だけだ。こいつら以外、俺のことは全然知らないし、知って欲しくもねぇ」




俺の言葉は そんなにも迫力があるのだろうか? まぁ、イカつい見た目ってのはあるだろうけど。


女達が震えているのが遠目でも分かる。そんな緊張感の漂う教室に、笑い声が響き渡った。




「……ぷぷ」


「…何で笑うんだよ、柚香」


「だ、だってさ……っぷぷ……宗介と同じこと言ってるんだもん……2人とも仲良すぎ」




はぁ〜、とお腹をさすっている。お腹が痛くなるほど笑えることだったらしい。


一気に場の緊張感が緩む。どこからか息をつく音がする気がした。


……ん?

宗介と同じこと??


正座のままの宗介に目を落とすと、顔を下げプルプルと震えていた。どうやら、こいつも笑っているようだ。




「……おい、宗介?」


「はい!」




宗介はすぐさま顔を上げ、背筋を伸ばした。正座をしている宗介に目線を合わせるため、しゃがみこむ。




「お前、俺のこと知ってるって言っても 柚香ほどじゃあないからな?」


「……は?」




間抜けた顔をしている宗介をそのままに、俺は立ち上がった。




「はい、柚香に質問です。俺の誕生日は?」




突然の質問に驚いたらしい柚香は、最初、目を見開いて固まったが、すぐに答えをくれた。




「4月15日」


「身長は?」


「175cm」


「体重は?」




足元から「そこも!?」なんて声が聞こえたが、幻聴と思っておこう。




「61kg」


「えっ」




何で分かるの? とでも言いたげな声が、またも足元から聞こえてくる。




「チェスト・ウエスト・ヒップは?」


「えっと、上から…」




答えようとしている柚香の言葉を遮る声が、足元から飛んでくる。




「いやいやいやいや!? そこまで答えなくていいよ!? つか、何でそこまで知ってんの!?」




うるせぇな、こいつは。


そんな宗介の質問に、柚香は少し…多分照れながら答えた。




「え、だって香樹が毎日のように言ってくるから……耳にタコって言うの? 覚えちゃった」




ほら、聞いた!?

「覚えちゃった」って!!

可愛くね!?

俺の柚香は、ほんっっっと可愛いわ!


どうやらニヤニヤしていたらしく、またも足元のやつから声が漏れる。




「ぅ、ぅゎぁ………」


「ん?」




顔を引きつらせている宗介に笑顔を向けた。




「……いえ、ナンデモナイデス」




宗介は引き攣った笑顔で片言の言葉を返した。


この、たまに片言になる宗介の言葉は どうにかならないのか? てか、こいつ日本人だったよな? 何で片言になるんだ? 本気で心配になってきた。




「あ、そうだ。柚香、薬飲まないと」




再び宗介が思い出してくれるまで俺も忘れていた。俺は柚香の方を見る。柚香は俺と目が合うと、コクンと頷いた。




「うん。じゃ、行ってくる」




柚香は水筒と薬ケースを持って、小走りで何処かへ行ってしまった。
















「あ…あの、君、別のクラスの子だよね? 給食の時間だから早く教室に…」


「あ゛ぁ?? …んだよ、センセーかよ」


「ひっ」


「…おい、香樹、先生にガンつけんなよ」


「あ゛ぁ??」


「すまん、何でもないわ……」

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