1-1 契約の力

もうすぐ春だ。

といってもまだまだ寒く、あたたかい格好は手放せない。マフラーや手袋とまではいかなくても、厚手の上着は必要だった。セーラーの上に羽織ったコートをぎゅっと掴んで冷気を追いやる。

「さむ…」

風が強く吹くと、心まで冷えてしまいそうだ。ユスラはぶるりと体を震わせて、まだ蕾が見えてきただけの桜をしたから見上げる。学校から家に帰るまでの道のりには、非常に桜が多く、このあたりでは桜並木のある有名なお花見スポットとして人気だ。

風に煽られる黒髪を手で抑えながら見上げていると、突然背中になにかがぶつかった。

「おい百鬼(キナリ)!」

野卑な大声と共にぶつかったそれは、男の肩だ。バランスを崩しかけながら一歩二歩進み、くるりと振り返る。そうして見えた顔は、予想通りで。深いため息をついた。

「…なにかしら、醜男」

その男は、思わず目を背けたくなるほど醜悪な顔をしていた。性格にお似合いだわ、とユスラは心の中で思う。大きな体躯にがたがたとした輪郭を持つ顔。鼻は異常に大きく、真ん中から歪んでいた。目はそれに対して小さく細い針のよう。明らかに醜い顔をしている。

彼女が醜男と呼ぶ男は、その言葉を聞いてかおを赤く怒らせた。

「てめぇ、無能のくせして相変わらず態度だけは立派だなぁ?」

「ええ、そうね。あなたの様に馬鹿じゃないから、相手の底がわかるもの」

「…俺がてめぇより下ってか!!!」

ユスラは、少なくともこうして無駄につかかってくるのは無能の示しよ、と鼻で笑いながら言う。

この―名前は覚えるのが無駄すぎてわからないが―男はいつもこうしてユスラにいちゃもんをつけてくる。鼻息を荒くして、俺より弱いものをいじめてやるぜと言わんばかりに。いじめることでしか自らの立場を保てない貧相な思考の持ち主だ。こういうのは相手にしないのが一番だと、ユスラが無視して歩き始めるとまた男が走りよってきた。

「ほんとムカつくやつだな…!!!」

振り返ると大きく拳を振り上げている。避けようとその起動を見つめ、構えた。そのユスラをみて、男はにやりとわらう。

「てめぇみたいな花契もできねぇ女と違って、俺は力が使えるんだよ!!!」

そういった瞬間、突然男の拳が白くひかり、視界か真っ白に染まった。

―――いけない、殴られる!

目を潰されては避けられるものもよけられない。ぱちぱちと瞬きをしても一切視界は戻らず、ただ拳が空をきる音だけがやけにゆっくりと聞こえていた。頭を手で覆ってすこしでもダメージを軽減しようと構える。

その瞬間、おおきな音が鳴った。


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