花契~ハナチギリ~
かぐら祭
プロローグ
これは、こことは違うどこか遠くで、少女が世界を救ったお話。
彼女の決意を、悲しみを、あなたは本当に知りたいか?
びゅう、と強い風が吹いた。風はさらうように花びらを巻き上げ、空高く散らす。桜の花は、満開だった。
「ねぇ、アナタ…私と契らない?」
丘の上にポツンとたたずむ桜の木の枝。そこに彼女は柔らかく笑いながら座っていた。長い黒髪が風にはためき、花弁と絡んでいる。
一体誰なのだろう。自分の村では、みかけない顔だった。不思議に思うものの、その思考すら奪われるほど木の上の彼女は美しい人だった。
大きな瞳に線の細い輪郭。小さな鼻は薄く桃色に見えて、まるで桜のように美しい人。それから、桜と同じ鮮やかな色をした着物も彼女の美しさをよく際立たせている。想次は思わずその情景に立ち止まってしまった。
自分のその様子に彼女は不思議そうな顔をして、首をかしげている。
「あら、この桜に用があったのではないの?…ああ、此方に驚いているのね?」
さあ、こちらへいらっしゃいとか細い手でちょいちょいと誘われる。ふらふらとそこに近づきながら、ああ俺は何故ここに来たんだっけと遠い意識で考えた。朝起きて、相変わらず誰かが殺されたという訃報は絶えなくて。未だあちこちで人が惨殺されている。それを、どうにかしたくて…。
そうだ、祈りに来たんだ。この古い桜に。
思い出した時には、木の下、つまり彼女の足元へとたどり着いていた。
「アナタ、名前は?」
「想次だ」
「…そう、想次ね」
自分の名前を聞くと、微かに懐かしそうな響きをにじませて彼女が呟く。彼女が自分の名前を呼ぶと、想次もどこか温かい様な、悲しい様な思いがした。もしかしたらどこかであったことがあるのかもしれない。逆に名前を問うと、桜と返ってきた。
実に分かり易い名前だ、桜の木の上にいる桜。
「あなたは何故そんなところにいるんだ?」
「何故?ここが私の居場所だから。」
何故桜の木が居場所なのか。それは明らかにおかしい。そんなところに人は住めないのだと、普通なら思うのに何故か納得してしまう自分がいた。
ねぇ、想次。
その時。凛とした声が自分を呼んだ。
「私と、契りましょう」
先ほども放たれた問い。それが再度自分を穿った。その声に合わせるかのように、周囲の花弁もざわざわと動き出す。
空も、丘も、木も、自分と彼女以外が桜色に染められたとき、彼女は降りて想次の頬に手を添えた。
「想次、私とアナタで…永遠の愛を。」
―――契りましょう
その言葉を聞いたときには、想次の意識はただ桜色に染められていた。
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