10個目
秋
責任者権限で外泊届は取り消され、俺はユキチともう一度会うことができた。ひどく心配していたので彼女が落ちていく姿も落ちる瞬間も見ていないことを伝えた。落ちた先に2人で倒れている姿を見た。しばらくなにも言葉がでなかった、1人が起き出して、もう1人を揺すり起こしていて、遠くて見えないはずなのにそれがあの子だとわかって、俺は叫び声をあげながら助けを求めた。助けに行くのは止められたから。俺は聞かれたことに答えていく。彼女たちとの関係やなぜそこにいたか、歌った彼女が自殺しようとしているとなぜ思わなかったのかとか。俺は彼に聞きたかったことがあった、彼の質問が途切れるのを待つ。
「そういえば君のチャージャーは何かな?」
「俺のはストラップで、」
「何でそれを選んだんだい?」
お金がなかったこと、ギター型のは色が好みでなかったこと、消去法で選んだこと。彼はひくほどに興味津々の様子で俺の話を聞く。
「どうしてお金がないのに買おうと思ったんだ?」
「それは、みんな持ってたから」
「そうかそうか。君とゆかりのある彼女はお金がなくて進化できない友だちとチャージャーを試して遊んでいたんだ。面白い。ありがとう、いろんな話に付き合ってくれて」
「行くのか?」
「行くよ、君も好きにするといい」
訳が分からず彼を引き止める。俺は聞こうと思っていたこととは別のことを聞いた。
「俺はなにか間違っていたのか?」
「みんなまちがっている。基準は自分の中にあるから他人のものさしで測ればたいていは間違っているよ。そんな中で誰しも不思議なつながりがある。価値観の違うものが集まってお互いを知っていたり知らなかったり許したり拒絶したり諦めたり喜んだりする。世界は意外とてきとうなんだ。みんな合っているし会っているんだよ、きっとどこかで誰かと、わからないだけで。だから俺も君もこうやって質問をしあう」
「…聞きたいことがあるんだ。あんたはなんでこんなものを作ったんだ?」
「消耗していくエネルギーを充電するためさ、人の充電器を作りたかった。でもそれは羽をつけて飛んで進化に移り変わっていった。結果君たちをこんな目に合わせている」
「あんたは悪くない。悪いのが誰かわからないがもっと人がしっかりしなきゃだめだ。俺も含めてみんな、あんたの作ったチャージャーにもロボットにも頼りきりだ」
ありがとね、と短くお礼を言われる。変わらず細身のその彼に俺は聞く。
「俺は歌っていいのか」
「歌いたいの?」
「ずっと悩んでいる。ロボットに相談したりスポーツ野郎に相談したけど、あんたならもっといいアドバイスもらえるんじゃないかって」
「歌いたいの?」
威圧的でもなく、ゆっくりと聞かれて俺は頷く。俺は歌を聞いてくれ、と声をかけて歌う。いつもの4人部屋でなく今日は個室だから、音も漏れにくくて静かだ。いつしか泣きながら歌っていることに気づいて、彼も一緒に歌っていたことに気づいて、それがまた嬉しくて。俺は彼に言った。
「ありがとう、今もあの時も。実は俺あんたのことをあの時の一万円札からとってユキチと呼んでいる。まあもうお札はなくなったが。俺にはやることができた、それには名前が必要なんだ。ユキチならいいか?」
「いいよ。俺も君の歌を聞いて昔を思い出した。あの日は特別好きな曲で気分もよかったから、記憶に残ってる」
俺は彼に自分の計画を伝えた。目を閉じて聞いている、彼は突然立ち上がって言った。
「好きにしなよ」
「本当にそればっかだな、ありがとう」
「好きなことして生きていて、ほんの少しでもいいから自分をいかして」
そして去っていく、彼も何かを決めたようで足音は早足になっていった。もしかしたら危険分子として責任者である彼に殺されるのかもしれない、なんで考えたがそんなことはなかった。
のちに俺はユキチ隊の音楽隊長となる。
〇〇〇
優香
私は飛び降りた、死んだ、と思った。落ちながら何かにぶつかってそこで記憶がない。目覚めると私は誰かの背中の上に覆い被さっていた。嘘だ、そんなはずない、だって
「京ちゃん!なんで!?目を覚ましてよ」
男の人が上で叫んでて、それで目を覚ます。いたたと腰を押さえて、にっこり笑う。
「久しぶり、会いたかった、会えてよかった」
私はあっけにとられて彼女を見つめる。連絡が取れなくて、ヤキモキしていた思いも吹き飛んだ。
「ぎゃ、血出てる。血」
「大丈夫、私も出てるけど死んでないもん」
近づいてくる救急車の大きな音を聞きながら2人でぐったりと寝そべる。星空がキレイでいつか見た日と変わらなかった。
「助けてくれてありがとう」
「…優香のお母さんに会ったよ、私も飛び出してきちゃった。すこし前の私も似たようなもんだったから、お母さんもここでよくなるよ」
「別にお母さんのことだけじゃないんだ、私注射しても進化しないの、だから落ちようと思って」
「そっか。私はあんたが進化してなくて心の底から嬉しいよ、こうしてまた会えて本当に嬉しい」
ロボットと看護師さんと手伝って私たちを手当てしてくれる。優しくて頼もしくてあったかかった。2人部屋だから、進化害で大変だった話と歌手の人の話をたくさん聞けた。あの頃に戻ったみたいで楽しかった。もし夕暮れ時あの人と歌っていなかったら気づかなかったと言われて、そこで私は彼女にプレゼントがあることを思い出した。ロボットたちが回収してくれた遺品になるはずだったもの。
「これ受け取って」
〇〇〇〇〇〇
人類とロボットたちとの共存社会が始まってから早5年、今では彼らにはロボットや番号ではなく名前が付けられています。
施設出身の人たちが団結し旧政府を乗っ取った『ユキチの乱』では、そのまま内戦になる恐れがあった。しかし国の自衛隊も中身のない存在となっており、文字通りの戦争となることはなくあっさりと新政府が始まった。進化の注射を廃止し、それに携わった科学者たちを逮捕した。進化害の被害者たちは施設や病院へ行き、子どもたちへも幼稚園や学校で療養の時間を取り入れはじめた。改めて統計や調査を始めると進化したくない人、進化ができない耐性のある人は一定数いることがわかった。協力者により精密に調査するが、特別な抗体もなくどうして効きにくいのかわからないという結果になった。しかしロボットたちと、その人たちがいたおかげで世界はかろうじて保っていたとも言える。
〇〇〇
俺は彼女に見つかった。そしてそれがよかったと思う。息を切らしてなおは俺に嫌いだと、だからいなくならないでと言った。ロボットごしに。実はこの家は目に見えないロボットたちが周りを取り囲んでいるのだ。つまりこの別荘では普通の人の目から見えない結界で覆われていることになる。即席だったとはいえ研究者の俺にとって悔しい。彼女はどうやってここにたどり着いたのか、気になる。正直彼女のまぎれもない告白より気になる。彼女を家の中に入れ、開発中のソファに座った。どのタイミングでこの家を見つけたのか聞こうかと思っていると怒られた。
「なんであんたは笑ってんのよ、急にいなくなってどれだけあんたを探したと思ってんの!」
いや怒りながら泣いている。そんな器用な彼女に俺は聞く。
「嫌いなのにいなくならないで欲しいのか?」
「う…その、他の男に告白されたの、君はバカやろうだからそのうち本当に好きなものに嫌われるって。そのあとでその人に好きだと言われたけど頭によぎるのはあんたばっかりでその人のことは嫌いでも好きでもなかった」
「俺が君を嫌いになったと思ったのか?」
そこで彼女がさらにポロポロと雫をこぼす。
「思った、そしたらすごく嫌で、いやで、嫌われたくなくて、あんたが好きだって気付いたの」
その時の気持ちを俺は未だに言葉にできない、幸せという表現でよかったのか。
「俺をこんなに幸せにしていいのか」
「いいよ、私のせいで幸せになるなら」
そうして俺は今も彼女のそばにいる。彼女のおかげで後かたづけで消耗する俺のエネルギーも充電される。彼女は新政府の仕事の合間に俺のところに来ては、いろいろ愚痴って騒いでまた仕事にいく。俺は後かたづけをして生きていくことを決めた、俺の作ったロボットはもうじき動かなくなる、それまで彼らには好きなことをするように伝えた。好きなことがわからないと混乱した彼らには今の仕事を続けるように伝えた。危険な思想をもたないようにインプットしたがこの数年間そんなことはなかった。彼らは好きなことをできたんだろうか。俺は彼らを止めることにした。理由は俺の作ったものを消したいから、それだけ。だけどわかっている、たぶんこの命令信号を受け取らないやつもいるだろう。チャージャーだってその前だってなんだって違う何かになってしまう。俺はそれでもいいと思う。変化するものも変わらないものも、全部ひっくるめてそれでいいんだと、それがいいんだとわかったから。
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