9個目
〇〇〇
おはよう、そういって目を覚ますあんに俺は毎回安心する。おはようと返して俺は彼女の部屋を去る。彼女はこの病院で栄養管理とリハビリをして過ごしている。家族とともに次第に回復してきている。俺はそろそろここにいられない。あんが目覚めたニュースは世界に知れ渡った。俺にとっても大ニュースだ。だけど俺は彼女に簡単に会うことは許されない。当たり前だ、被害者と加害者なんだから。ロボットたちにタイミングを見計らってもらってあいさつにきている。結界のようなものを作ってみようかなあ。あんにもこれまでのことやこれからのことは話してある。俺はそろそろ次の何かを考えなくてはいけないんだ。回復に向かう姿を見ながら病院と施設をうろうろする。ロボットは相変わらず働いている。多くの人が休憩しているからだ。とはいってもしだいに退院していく人たちも出てきた。がんばっている、みんな。俺はがんばっていない。いや人それぞれ自分を認めてあげないといけない。自分は所詮自分でしかなくて、他の誰とも本当に繋がることはできない。どんなに大切な人でも、親でも子でも恋人でも、なんでも。だからこそ人は人と関わりを持つ。自分1人では自分を認めてあげることすらできない。たった1人では何もできない。どれだけたくさんの人がいても、結局のところ自分のことは自分でなんとかするしかない。それでも多くの人は誰かのそばにいる。代わりにはなれないけど。世話を焼く、面倒を見る、怒るし泣くし騒ぐ、または何も言わずにそこにいる。
俺は嘘をつき続ける彼女を見て思った。自分を作っている得体の知れないものの正体を彼女も俺もみんな必死で探したり見つけたり手放したり諦めたりそうやって死ねずにいることを、生きていることを。
俺はその彼女からの連絡にはっとした。俺は彼女を止めなくてはいけない、何をしようとしてるのかわかっていない馬鹿な彼女を止めなくては。俺は彼女を探しに街に出た。彼女の口から、すぐに捕まえられるなんて聞きたくなかった。俺はそんな彼女を捕まえに行かなくては。
〇〇〇
京子
私は夕暮れ時に丘についた。ぐったりして坂道を歩く、足を使うのも疲れるけれど飛ぶのはもっと辛いことだったんだと今日知った。疲れてなんだかまた涙がこみ上げてきそうだった。涙もろくなったよなあと思いながら丘を登る。施設の中に入ると管理人ロボットが要件を聞いてきた。彼女の名前を伝えるがわからないと、代わりにここの責任者の1人という人が私を探しているという。私は会わなかったことと施設の中を探したいとお願いする。
「申し訳ありません。一度退院した方は施設内に入ることはできません。再入所なら別ですが」
別棟の病院でさえもダメだという、なんでそこまで、と粘るとロボットは丁寧に教えてくれた。
「預かっている入所者の方が安心して安らげる場所を作るのが私たちの仕事です。外出や外泊でなく退院した方のもたらす影響は大きく、創立者から命令されております。自分で動き出せるまで休む、考える必要があるとのことです」
私がそうしてここを出て行ったように。私は感謝の言葉を伝えて、探すのを諦めてまた丘を下りていく。あてがなくなってしまった。今は丘を下りきって少し歩くとある公園を目指している。そこも一応思い出の地ではある。ベンチに泣いている男の人がいた。何やら考え込んでいる様子で話しかけないほうがいいと思った。迷ったが遠くのもう1つあるベンチに座り、彼女の行きそうなところを考える。そのうちにお腹が空いてきて、コンビニに行くか迷いながらまた歩き出す。結局コンビニ弁当を中で食べてきた、ロボットたちが手の上でチンしてくれる。ほんのりぬくもりプラス。冷たい飲み物を飲みながらさっきの公園へ戻ると男の人はいなくなっていた。もうすぐ日が沈んで暗くなる、家に帰ったんだろうきっと。家に帰れるのはいいことだ。家族が待ってる。一人暮らしでも安らげる囲いがある。休めるところだ。公園から丘が見える、建物は伸びていて空に届きそうだ、眩しい夕日に照りつけられ光っている。あそこには体や心が疲れた人がたくさんいて休んでいる。ふと声が聞こえた気がした、聞き慣れた私の好きな歌手の声。幻聴なのかそうでないのかわからないくらい小さい声で、誰かの家のモニターの音かなと思いながら耳をすます。そのうちサビだけであること、アカペラであること、もう1人歌っていることに気づくそしてその声に聞き覚えがあった、私は声のする方に、丘に向かって走った。さっきから声が聞こえなくなって、少しずつあたりが暗くなっていく。声を探して上を向くと小さな影が落ちてきているのが見えた。私は飛んだ。何かも分からないその陰に向かって、でも落ちるのが早そうで懸命に飛ぶ、ぶつかってもいい、彼女を落としたくなくて、それだけで。
〇〇〇
なお
「バカやろう、そんなことするな」
彼は私を探し出した。私は彼女を探し出せなかった。それが良かった、彼は私をこうして何度も救ってくれている。私が彼女を実験台にするところだった、あんちゃんの二の舞にするところだった。彼女の友だちは私と同じ気持ちになるところだったのだ。なんでそんな簡単なことにすら気づかなかったんだろう。怖くて私はついに彼に言った。
「世界征服、怖くてできない。自分すら怖くて、私彼女に何をさせようとしてたんだろう、自分のやることが怖いよ。〇〇〇、自分のことなのに怖い」
泣きながら言うと、彼は私の泣き顔を笑った。
「いろんな顔するけどこの顔も好きだなあ」
笑いながら言わないでほしい。
「私はあんたのどんな顔も嫌い」
「そうかそうか」
私は何も好きになっちゃいけない。嫌わなくちゃいけない。だから私は怖くても考えなくては、どうしたらいいのか悩み続けなきゃ、怖くても。
施設に2人で戻ってくると少女の飛び降り事故があったらしい、男性1人が精神的にダメージを受け少女が2人怪我をしていてどちらも軽傷だそうだ。嫌な予感は当たるもので私が探していた2人だ。彼が向かったのは真っ先に施設の男のところだった。2人はお願いねと療養施設の個室へ入っていく。私は少し歩いて病院の2人部屋へ、ノックすると2人が声を揃えて返事をする。
「あ、お姉さん」
「優香も知ってるの?」
京子ちゃんには施設の中で優香ちゃんには道端で会ったことをお互いに伝えた。自分が施設の責任者の1人であること、怪我のこと施設のこと再入所することをすすめることを説明する。無邪気な笑い声は未進化の彼女優香ちゃん。
「やっぱりお姉さん不思議な人、なんで飛び降りたか聞かないんだね、私からお姉さんに聞いてもいい?」
「何かしら」
「お姉さんはなんで進化しないの?」
「それはチャージャーが合わないし、注射が怖いからですよね?」
「違うと思う、お姉さんは進化したくないんだ」
「あなたは進化したいの?」
「みんなが私を置いてけぼりにしていく、お姉さんも私と同じ理由で進化できないんだと思ったけどそうじゃない。世界で進化できないのは私だけ1人なんじゃないかって、そう思う」
私は彼女にもう一度聞いた。
「進化したいの?」
「したくない。だから私は生きていられない。私の体は進化できない、1人じゃ生きていられない」
はっきりと言った彼女を目の当たりにして、私はこの子に実験しようとしていた自分に腹がたつし嫌気がさすし、自己嫌悪に陥りながら話す。
「私が進化しない理由ね、まだ中毒性の高い頃のチャージャーの最初の被害者が私の友だちだったから。進化の注射は私の友だちを実験台にして作られた。私はだから進化しない、絶対にしない」
そして続ける。
「正直に言うとさっきまであなたを実験台にできないか考えてた。バカなことをするところだった、私と同じ思いをあなたにもさせるところだった」
京子ちゃんが私の肩を叩く。それでいつのまにか下を向いていたことに気づかされた。
「私はさっきはじめて進化してよかったと思いました、彼女が助かって今ここにいることが幸せです。そのための力になりました。ここのロボットにも言われましたが自分で悩んで考えて退院して、また彼女に再会できました。もう飛べそうにないけど、本当に会えてよかった」
「あなたが回復してくれて本当にうれしい」
私は2人にあんちゃんに再会した時ことを話した。今は順調に回復してる、だから大丈夫。私たちもあなたたちも死にそうなほどに生きなくてもいいから、生きたいのに死ななくてもいいから、私が生きやすいところを作るから。
「私も手伝いたいです。私が何かの役に立てるなら、前と同じここの人たちのお世話でも、実験でも」
「あ、私も!好きな歌手追いかけて中毒になった私に何ができるかわからないですけど」
「ありがとう、気持ちだけ受け取っておく」
私は決めていた、巻き込めないと思った、未来ある若者なんて言うと嫌がられそうだけど、この先私にとって大切な友だちでいたいから。優香ちゃんが立ち上がった私をを止める。この子はあれだ、熱血なんだろう、血が熱いんだろう。
「気持ちだけで何かが変わるならとっくに変わってます。それじゃどうにもならないからこんな気持ちなんです」
この子はきっと死のうとしていたんではなくて生まれ変わりたかったんだ。その術が今の時代になくなってしまったから。あんな方法をとったんだ。私は2人に押し負ける形で連絡先を交換してまた会う約束を取り付けられた。彼女たちは1週間だけの怪我の治療のみの入院することになる。
「せっかく知り合えたんだし人出がいるときとか声かけてください。今度ご飯食べましょうね」
すこし楽しみだとか、久しぶりだとか、気に入っているとか、思ってもいいのだろうか。だめだ思っちゃいけない、家に帰ろう猫に会いに行こう。
〇〇〇
俺は決めた。ロボット製造を中止した。もう数が増えないように作りかたもわからないようにした。働き者のロボットたちにある指示を出す、戸惑うロボットも多く、もう1つの指示を出すことにした。ロボットたちはそれぞれ動き出した。俺がするのはこれで最後にしよう、今後何も作らない生活を送ろう、次に何を作るか悩まない生活。進化が進んでもオリンピックはなくならなかったし、遠い国の戦争もなくならなかった。世界はすこし便利になっただけだった。それが良かった。俺はまた姿を消した、回復している人たちに俺は必要ない。いつだって完成した作品は俺の手を離れてどこかへ行ってしまう。あんなに気持ちを込めたのに好きになったのに、その気持ちはなおとすこし似ていた。あのバカに。好きなものに囲まれる生活を止めるなんてあまのじゃく。だけどそんな彼女を離したくなくなってしまったから。俺は離れることを決めた。
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