第22話

「よう、跡取りサマよ。妹サマもいないようだが、今日はお出かけか?」

避けていた存在が、一瞬の隙に話しかけてきた。エルベは、その美しい緑の触手に薄く力を込めながら、しかしその微笑を絶やさず答える。

「今日は妹の友人の元へ行っていましたよ」

「はっ、跡取りサマも随分と暇なもんだな」

別に叔父の嫌味で感情的になるほど、エルベは頭も悪くなければ、短気なわけでもなかった。逆に叔父は、そんな彼の言葉一つ一つに腹を立てる、感情的なタイプだ。付き合えば付き合うほど長くなる。エルベはやや強引にその場を去った。


叔父は、一族のことを恨んでいると聞いた。何故か「知」の力を持たずに生まれてきた叔父。一族は叔父の事を幼子でも容赦なく罵った。父はそれに関わってはいなかったらしいが、助けてくれなかった父の存在もまた、叔父は恨めしかったようだ。父も、自分と同じように、幼い頃からリンデンの元に入り浸っていたという。

目まぐるしく変わる風景を気にもせず、エルベは一度頭を振って、もしや、の考えをかき消した。それより、今は自分の身を守ることを考えなくては。もしかしたら、よりも、絶対、に比重をかけねばいけないのだ。


「お帰り、兄さん」

なんとなく、妹から見た兄の姿に不安を感じた。それで、そっと妹のその短い髪を梳いてみた。妹はびくりと、体を揺らす。その目は、ひどく大きく開かれていた。自覚した。やはり自分も、叔父に対する父と同じような態度を、妹にとっていたのだ。

今からでも、取り戻せるだろうか。それは、そんな態度を取った側だからこそ考えられる、甘えの気持ち。一人葛藤するエルベをよそに、先程の事などなかったかのようにスニェジカは明るく振舞った。

「さあ、兄さんも戻ってきたことだし、作戦会議を始めましょ」


わいわいと顔を寄せて話す皆の中で、サヨだけが相変わらず口を開かずに一人違う場所を見つめていた。

「それで、どうするつもり?」

「ええと、とりあえずまず、取ってこれそうな植物とか、鉱物とか、その特徴を教えてほしいかな」

「それなら、一度どこかに整理したほうがいいな?」

「あ、でも僕らは君たちの字が読めないから、話を聞きながら自分で記録するよ」


-いつ、ヒイロに伝えたら良いだろう?

伝えたところで確信があるわけでもない。信じてもらえるとも限らない。だから、この疑いを伝えるべき時は今ではない。その違和感の裏を取るため、サヨもまた、一人相手と戦う決心をしたのだ。

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