第21話

「あたしね、兄さんのことが心配なのよ」

エルベがいなくなった途端、スニェジカはそう言った。ほのかに花の甘い香りがしている。

「兄さん、いつも自分がやらなきゃって思ってばっかりで、それに相談するのは天使さまばかり。あたしたちにはちっとも話してくれない」

下を向き、そこに咲く一輪の白い花と戯れながら、スニェジカは薄暗い表情をして続ける。

「父さんもそれは同じなんだけどね。一族の長となる者はみんなそうだわ。天使さまがいるからこそ、あまりあたしたちに相談せずにいつの間にか何もかも終わっているの」

天使。言葉の響きだけなら良いものかもしれない。しかしそれが皆に良い存在であるとは言えないのである。実際スニェジカにとっては、天使は兄や父の心を盗み出した存在であるわけで、彼女自身も天使の存在は必要であると理解できているが、それはそれ、これはこれ。


「あたしは兄さんと父さんを守るって言うまで、ほとんど口をきく事はなかったわ。兄さんとも、父さんともよ」

ヒイロはただただ黙って、スニェジカと同じように下を向きつつその話を聞いている。故郷の星の知り合いと、その妹が、どうもエルベとスニェジカに似ているように思えて仕方がなかった。

「それに、兄さんは一族を率いる者として大切に育てられてきて、なかなか年の近い話相手がいなかったの。だからあたし、実はヒイロが来てくれたこと、感謝してるわ」


「僕はそんな人間じゃないよ」

ヒイロはここで初めて口を開く。実際、エルベに協力しているのは星図の入手との交換条件な訳だから、ヒイロのやっていることは自分のためのことであるとも言える。

しかし、エルベとこの緑を、これでもかというほどにかき乱した時のあの、いやにすっきりとした気持ちは、故郷の知り合いと遊んでいた時とは違う感覚は、自分のためというくくりの外にあると信じたい。そう考えるヒイロ自身がいた。


「それでも、あたしあなたに感謝するわ。ありがとう。もちろんサヨが来てくれたこともとても嬉しいの。サヨみたいなかわいい女の子に会ったのは初めてよ」

スニェジカはサヨの頭をわしゃわしゃと撫でてから、おもむろに立ち上がると、今まで隠されていた、耳先から伸びた第二の手を風にたなびかせた。そろそろ、兄さんが帰ってくるわ。風の流れが変わったもの。さも当たり前のようにスニェジカは言ってのけた。


・・・・・・誰も知らない。サヨが、漂う香りを巡らせて、一人怪訝な顔をしていたことなど、知るはずもない。

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