第16話

レイシアは視線を地平線へと向ける。そこに既にリンデンの姿はない。小さい星だから、もうアウィーナ達の反対側に辿りついている頃だろうか。

「リンデンにはああ言いましたが」

レイシアが少し目を細める。よく見ると彼女は長く綺麗な睫毛をしているな、とアウィーナは思った。

「実際、私が天使達の中でも特異な存在であることは否定できませんよね」

薄く笑ったレイシアは、自分のことを卑下しているわけではない。むしろその声音は、どこか満足そうな色さえ含んでいた。

「天使に『研究』なんて必要ありませんし、動きにくい白衣をわざわざ好きで着るような天使なんて、きっとこの宇宙中探しても私しかいないでしょうね」

独り言のような、語りかけているような、その境界で。レイシアはまだまだ、言葉を続けた。

「でも、研究は楽しいです。魔法で一瞬で知るのではなく、長い時間をかけて、全て1に戻すんです。まだまだ解明したい仕組みが沢山あるんです、この宇宙に、御神によって隠されたあらゆること」

ここで、その大人しげな声音が一度止む。

「実は私、ある天使に頼んで限りなく幼体に近い背格好にしてもらったんです。本当の私はアウィーナさんと同じくらい身長もあるんですよ」

アウィーナにも、謎が一つ解けた。つまりレイシアの白衣は、実の姿にぴったりなサイズで作られているのだ。小さな白衣を用意しなかった理由を、アウィーナはレイシアに尋ねた。

「それは、好奇心と研究に対する熱意を同居させたかったからです」

背格好は子供のように何にでも疑問を覚えるその心。白衣は研究に真摯に向き合い、決して諦めない大人の気持ち。それを両立させるために、あえてこの姿でいるのが、自分なりの礼儀なのだとレイシアは言う。

「でも」

変わらず輝いたままの瞳が、刹那、陰りを見せた。すぐにまた、晴れやかな瞳に戻る。


「実は私、もうすぐかみさまになるんですよ」

唐突な、カミングアウト。アウィーナは目を見開いた。かみさまになるということ。それはつまり、

「それは、この星が」

「もうすぐ終わりを迎えます」

レイシアは立ち上がって、地平線の方を向いて、目一杯に腕を広げた。

「後輩を育てることもなく、ただただ自分の好きなことばかりやっていた私が、ちゃんとかみさまになれるというのもおかしな話ですが」

「研究は」

レイシアは、アウィーナの言葉を二度も遮った。

「勿論、できなくなります」

それからレイシアは、今度は驚くほど身軽に方向転換して、働き続ける機械にそっと右手を添わせた。

「ペーター君2世とも、もうすぐお別れです」

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