第2話

「みず」

主語だけ言って彼女はそれを差し出した。コップに入っている。とりあえず受け取って一気に飲み干す。

「・・・・・・はぁ、ありがとう」

「ん」

コップが再び彼女の手の内に戻った。ヒイロはそこでずっと気になっていたことを問いかけた。

「君は・・・・・・?」

「・・・・・・?」

少女はコップの向こう側から傾いた瞳を見せる。

「名前とか、無いの」

言われて初めて気が付いたのだろうか。目を見開くと、小さく口を動かした。


「・・・・・・サヨ、だとおもう」

「サヨ、か。僕はヒイロ。よろしく」

ん、よろしく。彼女は可愛らしい声で言った。

「・・・・・・君は、サヨはこの星の人?」

「わから、ない」

わからない、とはどういうことだろうか。水のある場所が分かっていたし、コップだって、現に彼女の手の中にあるのだから、この星で生活しているのではないのか。

「きがついたら、ここにいた」

「記憶がないのか?」

「たぶん、そう」

曖昧な返事を返す。記憶喪失の人がこんなに落ち着いているのだろうか。ヒイロは記憶喪失ならもっと戸惑いや不安を感じ、自分と話をするどころではないと思っていた。

「ちょっとまえからここにいる。たべものものみものもすこしある」

淀みなく答えるサヨ。ヒイロはここで、大切なことに気が付いた。


「あれ・・・・・・サヨって日本人?」

大昔に人類は地球からいくつかの他の星へと移住した。移住は国単位で行われ、日本人という種族は最初にアズマという星に移り住んだ。その後の歴史の中で、日本人はアズマからさらにいくつかの星に分かれて住むことになる。ヒイロの生まれ星は、そのいくつかの星の一つである、アマテラスだった。歴史の教科書によれば、アマテラスという星の名前は太陽という恒星の神の名前から来ているらしい。それを聞いた時、ヒイロは他の星の神の名前をつけるなんて意味が分からない、と感じたのだが、それを知るものは誰もいなかった。

とにかく、ヒイロは日本人であり、日本語を使う人間だった。日本語を聞き、話せるサヨは、自分と同じ日本人なのでは、と思ったのである。

「にほんってなに?」

「その言葉、日本語だろ?」

サヨはまたも首をかしげてしまった。サヨは自分が喋っている言葉さえもよく分かっていなかったのだ。


「ヒイロ、どうしてここにおちてきたの」

サヨが話題を変えた。そういえば今までずっと自分がサヨに質問してばかりだったな、ヒイロは特にサヨを咎めたりはせずに応じた。

「地球を、目指してたんだ。でも、隕石の欠片とぶつかった」

「ちきゅう?」

「ヒトの生まれ星。青い星らしい。一度見てみたかったんだ。でもこれじゃあ当分無理かな」

「どうして?」

「ケガが酷いから」

サヨはやたらと問いかけをしてくる少女だった。もっと色々な知識があってもおかしくはないと思われる程には。


「ケガがなおれば、ちきゅうにいける?」

サヨはコップを置いて、歪みのない目線でヒイロを見つめた。

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