「魔王と勇者のはんぶんこ」
TAITAN
「魔王と勇者のはんぶんこ」
【勇者は言いました。
とある世界に魔王が統べる暗黒の大陸がありました。
勿論、勇者が魔王の部下をやたらめったら弱い順に倒しながら旅をし、いつの間にかレベルマックス裏ボスだって倒せる不思議フラグが立ちまくりです。
何故か多勢に無勢な物量作戦を展開しない可哀想な魔物達は勇者のレベルの餌食となりました。
やがて、勇者が魔王の城に辿り着くと一番上の階で魔王が大仰な椅子に座って待っていました。
これはそんな勇者と魔王が世界を「はんぶんこ」にしたお話です。
「む、むむ。お前は勇者だな! よく来た勇者!! お前に世界の半分をやろう。その代わりお前は我の部下となって働くのだ!!!」
勇者は椅子に座っている小さな魔王、女の子を前にしてコクリと頷きました。
「いいのか!?」
魔王が慌てて勇者に問い直します。
「お前!? こういう時は『魔王よ。それは出来ない!!』とかっこよく言うシーンではないのか?!」
魔王が力説すると勇者が少しだけ考えてから魔王に自分の結論を聞かせました。
「『別に世界なんて救わない』だと?! なら、何故お前は我の前まで多くの困難を乗り越えてきたのだ?!」
魔王の問いに勇者が答えます。
「『勇者は可愛い女の子を愛するように出来ている。宿屋の主人に昨日はお楽しみでしたねと言われてみたい』だと!? 貴様、正気なのか!? 魔王を倒さないと世界は闇の者に支配されたままなんだぞ!?」
魔王の慌てぶりに勇者が逆に魔王に問います。
そんなに倒して欲しいのかと。
「そ、それは……で、でも魔王とは勇者と戦うもの、ではないのか?」
魔王のテンプレなお約束を信じて疑わない純真な心に勇者はちょっとホロリときました。
その純真さ、間違いなくレッドデータブック入りです。
「え? 『別に誰かの為に旅をしてきたわけじゃない』だって?! そ、そんな?! お前は勇者ではないのか?!」
魔王の狼狽した声に勇者が続けます。
「『たまたま戦い続けていたら勇者と呼ばれるようになってしまった』?! そんな馬鹿な話があるものか!?」
魔王の言葉に勇者はやれやれと肩を竦めました。
「お前は我を倒して世界を人間を支配から救おうとしてきたのではないのか!?」
勇者は首を横に振って、ちょっとだけ鋭く魔王に話しかけました。
「『まるで早く倒して欲しいような言い草だな』だと?! そ、そんな事があるわけないだろう!!」
動揺する魔王に勇者が巧みな話術で畳み掛けます。
「『人間を支配する事に疲れたんじゃないのか?』 わ、笑わせるな!? 我は魔王ぞ!?」
魔王が立ち上がるとその力に見合う膨大な魔力が立ち上りました。
「き、貴様のような輩は殺して灰にして埋めてやってもよいのだぞ!?」
勇者が溜息を吐き、剣をポイッと城の上から投げ捨ててしまいます。
「な、何をしている!?」
魔王が驚愕し唖然としました。
勇者はそのままスタスタ魔王の目の前まで歩いてくるとポンと頭に手を置きます。
「な?! 何をする!?」
勇者が魔王の頭を撫で撫でしながら旅の噂を口にしました。
それは魔王が代替わりしてからの話。
魔王の力が弱まり、人間達の勢いが強まりつつあるという噂が世界中に広まっていたのでした。
噂の殆どは人間達にとっては良いものばかりで、魔物達はジリジリと勢力を失っているのが誰の目にも明らかだと、そう囁かれているという話を魔王は始めて聞いたのです。
それから勇者が今までの旅の話をし始めると魔王は大人しく聞き入りました。
「………」
人間が過去に行った身勝手な振る舞いや戦争。
多くの種族を滅ぼし栄華を誇った時代。
資源を食い潰し、荒野ばかりとなった世界。
暗黒に沈み太陽が消えた理由。
話されるのはどれもコレも勇者が世界を回って知った真実でした。
魔物がいるから人間は慎ましやかに暮らしていられる。
そんな勇者の結論を魔王はジッと聞いていました。
やがて、魔王が玉座に戻るとポツポツと語り始めます。
「父上は言っていたのだ。人間は魔物に比べればとても弱く脆い。けれど、だからこそ狡賢く用心深く策を弄し知恵を駆使するのだと。人間を支配するのは難しい………お前が言う通りだ。数百年もすれば魔物はこの世から消えているかもしれない。人間はどんなに弾圧してもどんなに数を減らしても絶対に滅びない。お前のように強い者や強大な指導力を発揮する人間が必ず出てくる。追い詰め過ぎれば過去のような惨劇を再び起こすかもしれない。生かさず、殺さず、されど決して覇権だけは握らせぬよう。父上はそう人間を支配する鉄則を語っていた」
勇者は魔王の独白にポリポリと頬を掻いて沈黙しました。
人間が行ってきた数々の所業は事実であり、人間が魔物の支配から脱するとは人間以外の殆どの種族にとって星の危機と同義なのだと再認識したからです。
「だが、我は……人間の赤子を殺せとは言えなかったのだ。生まれてきた命に罪はない。魔物の赤子も人間の赤子も同じ赤子だった……人間が増えれば世界の天秤は崩れてしまう。そう、父上に聞いていたのにな」
勇者が単刀直入に聞きます。
もう支配に疲れたのかと。
「我は……人間を減らせと部下に命じた。部下達が減らす光景はただの虐殺だった。赤子や子供だけを殺さず大人だけが死ねば、子供はやがて復讐の刃を研ぐようになる。赤子の内に数を減らすのが妥当と部下は言ったが我には……出来なかった」
まるで老人のように疲れた笑みで魔王が勇者に笑い掛けました。
「我は魔王。我は常闇を統べる者。故に我は言わなければならなかった。人間を殺せ、赤子を殺せ、数を減らせと。それが出来ない支配者などお笑い種だ。だが、我が血と力は魔物の中で比類無きもの。誰も我の代わりにはなれない」
魔王の結論がどういう答えを出させたのか勇者にはもう解っていました。
「お前は我を殺して覇者になるといい。我はもう殺すのも殺されるのも厭いた。人は奢れば弱くなる。魔物が奢った人間に滅ぼされる事は無いだろう。今一度、覇権を人の世に返そう。それが我の結論だ」
魔王が幼く細い首筋を勇者の前に曝け出します。
「今の我ならば腕力だけで事足りよう」
勇者には瞳を閉じた魔王がまるで接吻を待つ姫のようにも見えました。
だから、勇者は魔王にデコピンをかましてニヤリとしてやりたくなり、その思いを忠実に実行しました。
「はぅ?! な、なな、何をする!? 今の話を聞いて!? え? 『どうやら魔王に手傷を負わせて和解したら封印されていた亡国の姫君を発見してしまったようだ。魔王に世界の半分を貰った証を手に入れて、さっさと権力者達に売り払いに行こう!!』?!!!!」
魔王の角をまるで在り得ない鋭さの手刀でスパンと切り落とした勇者は気絶した魔王の頭に治癒魔法を掛けてから、マントに包みスタコラサッサと逃げ出します。
古城を出た辺りで意識を取り戻した魔王が勇者をポカポカと殴り文句を言い始めました。
「は、放せ?! 貴様は何を考えて?! え? 『脱出ルートは1びしょ濡れになって肌で温め合う。2雪山のビバーク中に全裸の肌で温め合う。3ちょっと怪しげな夜の洞窟の寒さを互いの肌で温め合う。どれがいいか?』 ば!?!! な、ななな、は、はれ、破廉恥なッッ!??」
顔を真っ赤にして魔法を放とうとした魔王がまったく魔力が使えない事に気付いて吃驚しました。
「ど、どうして魔法が使えないのだ!? 『角が無いからじゃないか?』 はぅあ?! そ、そそそ、それは我の角!!!」
もはや驚天動地の連続で魔王の頭はオーバーヒート気味です。
そんな一杯一杯な魔王の耳元に勇者はサラッと重要な事を囁きます。
「ふぇ?! 『これから僕らの世界は何だってはんぶんこさ(キラ☆)』とか!? なな、何を戯けた事を!? この星や多くの種族の運命をそんな軽い調子で扱えるか!!!」
勇者はフッと不敵な笑みで答えました。
それはそれ。
これはこれ。
茫然自失の
これは昔々、まだ魔物が存在していた神代の時代。
世界を「はんぶんこ」にした魔王と勇者のお話です。
【おしまい】
人形劇の幕が下りる。
道端の子供達が歓声を上げて走り去っていく。
夫婦が語る物語に誰もが微笑み銅貨を投げた。
道端の“人間の顔に魔物の角を持った人々”が惜しみない拍手と口笛を送る。
夫婦は今日も下らない人形劇で日銭を稼いで旅をする。
【で?】
妻が訊ねた。
【次は何処に行くのだ?】
夫が答え、妻が驚く。
【『今日はさっさと宿に帰って君との愛を分かち合う予定さ☆』だと!?】
妻が真っ赤になって反論しようとすると夫がそっとその口を塞いだ。
それは昔。
とても昔に決めた通り。
―――魔王と勇者のはんぶんこ。
そんな馬鹿げた
【この大馬鹿者め!!?】
すべて世は事も無く。
空にもう暗黒は無い。
何処までも世界は………そう、晴れ上がっていた。
「魔王と勇者のはんぶんこ」 TAITAN @TAITAN
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