第3話 その時、ナーベラルは。

 「こっ、こら~っ シズ! いきなりそれは止めてもらえるかしらっ!」


「・・・え? 対地殲滅用広域魔導ナパーム砲・・・・ダメ?」


ナーベラルは慌ててシズを抑えこみ、ユリの方に助けてくれと言わんばかりの視線を向けた。

今回のアインズ様よりご指示いただいた件、失敗する訳にはいかない!!

村はできるだけ破壊するな、おびき出してから殲滅せよとの仰せだったのに・・。




 時を少し遡り・・・昨日。

ナザリック地下大墳墓の戦闘メイド<プレアデス>が1人、

『ナーベラル・ガンマ』はエ・ランテルの宿屋黄金の輝き亭の部屋に居た。

仕える主人、アイ・・モモンさーん、っは冒険者組合からの呼び出しを受けて不在。

予定ならば街での用事を済ませた後に、すぐトロールの討伐に向かうはずだったのだが・・。


ああ・・もぅっ! なぜ私も冒険者組合まで同行させて下さらなかったのか・・。

アインズ様のお側に居られる時間が減るなんてもったいない。

それに、街の中といえど・・お付の者が居ないなど、絶対たる支配者の御身に相応しくない。

(もっとも、街の中には非実体化。不可視化できる下僕が多数配置されているが。)

そんな不満顔をしながら、頭の上に生えた感覚器<ラビッツ・イヤー/兎の耳>を

ピコピコと動かした。


もちろん、自分がこの宿屋に残された意味は理解しているつもりだ。

モモンという最高位のアダマンタイト級冒険者がこの街にいるのだという喧伝。

それを目当てに会いに来る依頼者の選別と情報収集。

さらに・・・シャルティア様、吸血鬼<ホノペニョコ>を倒した・・、

っとされている英雄モモンに注目するだろう、憎っくきワールドアイテムを使った敵をおびき出すためのセッティングの1つである事を!!


自分がこの役、冒険者モモンの相棒に選ばれた時。

<プレアデス>の面々だけでなく、一般メイドからも大層羨ましがられた。

至高にして絶対たる御方、恐悦にして滅私を捧げる御方・・・。

アインズ様のお側で直にお言葉を賜り、盾となって戦える機会があるなど、

メイドだけではなく守護者の方々にも顰蹙ひんしゅくに近い視線を受けたものだ。

アインズ様を愛するアルベド様など・・すごい剣幕で反対されてたし・・・。


なればこそ、この身、この生命に変えても御身に尽くさねば。

あ・・アルベド様には逐一、ご報告差し上げよう・・アインズ様のご様子。


守護者の間で、っというより、アルベド様とシャルティア様の間でと言ったほうが正確か・・、

アインズ様の正妻の座を巡って壮絶な火花が散っていることは承知している。

ナーベラルとしてはアルベド様がそうであるのが自然だと考えていた。

ナザリックが主人、至高の御方をまとめしアインズ様をお慕いするよう、

『そうあれ』と創られているのならば、それが自然な事だろう。


無論、シャルティア様にあっても『そうあれ』と創られたことは同じだけども。

その趣味趣向の範囲において、ナーベラルには理解し難いものが多い。

とある方向への性的趣向は最たるものだ。

また、『人間』を下等で下劣で塵芥と考えている点には同意するが、

能動的に加虐し、悦楽を得るという辺りも理解できない。

ナザリックの・・アインズ様の妨げとなるなら効率的に排除するだけである。


「ふぅぅぅぅ~~~っ。」

ナーベラルは思わずひとり言のように大きなため息をつくと・・。

ピンと背を伸ばし、ガタガタと椅子に腰掛け直しながら気を取り直す。

いけない、いけない、ご命令通り周囲の警戒を怠ってはいけないぞと。


・・・・・・・・・・。

しばらくして<ラビッツ・イヤー / 兎の耳>が近づく音を捉えた。

階段を上がってくる足音。鎧の擦れる金属音。床板の軋む音。

部屋の扉の前に到達する頃には、それが誰だか既に理解していた。

素早く椅子から降り、床に片膝をついて迎える準備をするナーベラルだった。


「戻ったぞ、ナーベ!」

勢い良く、美麗な装飾が施された扉を開けると、

漆黒のフルプレートに身を包んだ人物が大股で入ってきた。

彼女の主人、そして今は冒険者『モモン』である。


「おおっと・・」

彼女が足元に居たので躓きそうになり、彼は慌てて立ち止まる。

「ナ、ナーベ、この部屋の中でそれは止めてくれ。

 私が誰かを同行してたらマズいだろう? モモンの印象も変な事になる。」


「ッハ! 申し訳ありません。 今回はお1人だと判明しておりましたので。」


「う・・うむ、まあいい。」

彼女の主人は向かいの椅子に座るよう促した。

即座に素早く移動すると、まっすぐ彼の方を見ながらお言葉を待つ。


「予定変更だ、ナーベ。

 面白そうな依頼が入ったのでな、トロール討伐にはひとまずお前1人で行ってもらう事にした。」


「はいっ! 畏まりました。

 で、モモンさーん、っはどちらへ?」


「うむ、トブの大森林へ薬草探しだ。」


「薬草・・・ですか?」


「もちろん、ただの薬草ではない。 どんな病も治すという代物らしい。

 前にこの依頼があったのは30年前というから、これを果たせば・・。

 モモンの名にもさらに箔が付くというものだろう。」


「それは大変、慶ばしい事かと存じます!

 しかし・・モモンさーん、お1人で向かわれるというのは・・・。」


「ああ、すまない。 それは言葉のアヤというものだ。

 冒険者組合には、私とお前が別々に行動する、そう届けてあるという建前だ。

 ふむ、順を追って話そう。」


そう言うと彼女の主人は立ち上がり、窓の格子戸を閉めに行った。

部屋の中は暗くなったが、2人はもとより<ダーク・ヴィジョン / 闇視>を持っている、苦にはならない。

ふうっ、やはりこっちのほうが落ち着くなと言い放つと、彼の鎧は掻き消えた。

髑髏の顔と簡易なローブ姿になり、再び椅子に座る。


「今回の依頼、面白いと言ったのは・・。

 かねてより思案していた『餌』に使えると思っての事だ。

 シャルティアにワールドアイテムを使った輩をあぶり出す・・・っな。」


「なるほど、ご深遠なお考えに気づかないとは紅顔の至り・・。」


「かまわん、ナーベ。

 シャルティア、いや・・<ホニョペニョコ>の洗脳支配が半端だったのは、

 術者に何らかのトラブルがあったためと思われる。

 <ホニョペニョコ>があそこに放置されたのも、あの自動反撃に抗う術がなかったため。」

「だが・・・そんな強敵を倒した者が出てきた。

 冒険者組合に探りを入れればすぐにその名が分かる、アダマンタイト級の『モモン』だとな。

 ワールドアイテムを持つほどの集団、あるいは勢力ならば関心か警戒を抱かぬはずがない。」


髑髏の眼窩に灯る、鋭く赤い光を瞬かせながら主人は語る。

その言葉の端々には強い思いが込められているのが伺えた。

ああ、私はなんと素晴らしい御方に仕えているのだろうか。

私のようなものに、こうして深いお考えを語ってくれるなんて!

命令さえしていただけば、理由など無くとも何でも致しますのにっ。

感涙したいのをぐっとこらえ、ナーベラルは傾聴する。


「ならば『モモン』に接触してくる者の中に『尻尾』が見えるかと思っていたのだが・・。

 残念ながら未だその影は見えぬ。

 お前を宿に滞在させていたのはそのためでもあったのだがな。」


「ハッ! 私が至らぬばかりに申し訳ありませんっ!!」


「い・・いや、お前は何も悪くないぞ、ナーベよ。

 で・・っだ、そこで今回の依頼だ。

 冒険者組合には『モモン』と『ナーベ』が別行動であると思わせてある。

 しかも・・・・・それぞれ1人でな。

 その状態で街から離れた場所へ行くというのだ、『釣り針』としてはもってこいだろう?」


「何という計略・・・承知いたしました。

 この命に代えて囮の大任、果たす所存です。」


「まっ、待て待て、そう気負うな。

 お前だけではない、明日は3つの『釣り針』を用意するつもりなのだ。

 『セバス』『モモン』『ナーベ』のどれかに引っかかってくれればいいのだが・・。」


「なるほど、複数地点での同時挑発・・委細承知、お任せ下さい。

 それで・・・・、モモンさーん、は誰をお連れに?」


「薬草、そして森とくればアウラが最適だろう。 

 かねてよりトブの大森林を探索させている、心当たりぐらいはあるに違いない。

 まぁ・・・、オマケで森に住んでいたハムスケも居るしな。

 ああ、お前の方にも<プレアデス>から何人か支援に行かせるつもりだ。

 他に動ける守護者達には、3箇所の内のどこに反応があっても出撃できるように備えさせる。」


「承知いたしました。

 私達の中ですと、ソリュシャンはセバス様のところに、ルプスレギナはカルネ村に行っておりますから、

 ユリ、エントマ、シズ、の3人ですね。」


「うむ、そのへんの調整はこれからナザリックに戻って手配するつもりだ、追って指示する。」

「・・・それから他に何か大事な事を・・、っあ。

 ナーベ、トロール討伐の件で幾つか注意点を伝えておかねばな。」


敬愛すべき主人はトロールというモンスターについて語った。

種として非常に変化に富んだ存在である事。 強力な再生能力を持つ敵との戦い方。

開拓村は再び入植する可能性を考え、建物の損壊を極力避ける事。

事後調査の時に不審に思われないような戦闘痕跡に止める事。

ナーベラルは必死に頭に叩き込んでいった。




 「ハムスケ~っ! 出立しますよ、すぐに出てきなさいっ。」

宿屋裏の厩舎に近づくと、ナーベは鋭く言い放った。

「出て来ないと片側のヒゲを焼き切りますよっ?」


「ま、ま、ま、ま、待つでござるよナーベラル殿ぉ~。」

「隣の馬殿と話し込んでたでござる。 

 いやぁ~彼の出自は聞くも涙、語るも涙でござってなぁ・・・・。」


「す・ぐ・にっ、宿屋前に行かないと・・・ヒゲが無くなりますよ?」


「ひぃぃぃぃぃ~っ、行くでござる、行くでござるっっ!」


宿の正面には既にモモンが待っていた。

ハムスケは主人の前に滑りこむように止まると、背に乗りやすいよう身をかがめる。


「お待たせして申し訳ないでござるよ、殿ぉ。」


すると通りを行く人波にざわめきが起こった。

ああ・・あれが、・・賢王、英雄だ・・、モモン様よ・・・。

ハムスケはフフンと鼻を鳴らすと得意げな顔になる。

背に2人を乗せると優雅に(そのつもりで)歩き出した。


「殿ぉ、このまま門に向かえばいいでござるか?」


「ああ、それでいい。

 街を出たら人目の無い場所へ行け、テレポートで一旦ナザリックに戻る。

 少しばかり準備をしたら、ハムスケにもひと働きしてもらうからな。」


「了解したでござるよ~ 殿ぉっ!」


ハムスケの背でアイ・・モモンさーんと密着していたナーべは、夢心地の中に居た。

これはアルベド様には報告できないな・・、そんな事を考えながら。




 「こっ、こら~っ シズ! いきなりそれは止めてもらえるかしらっ!」


「・・・え? 対地殲滅用広域魔導ナパーム砲・・・・ダメ?」


すべてを丸焼きされては目も当てられない・・・・。

アインズ様の、いや、モモンさーんの名声に傷を付けることになってしまう。


ここは、リ・エスティーゼ王国の南端にある開拓村タナグラ。

山脈から流れる川によって農業や放牧に適した平地のある地域だ。

しかし、国境を隔て亜人達の集団がひしめき合う原野がある。

東西に横たわる山岳地帯によって、なんとか王国への影響は軽減されているが・・。

とはいえ、時折そこを越えてやってくる集団もある。


一週間ほど前、タナグラ村が襲われたという報せがエ・ペスペルに届いた。

王都とエ・ランテルのほぼ中間にある、この街の冒険者組合から先遣調査隊が出され、周囲へ散り散りに避難していた村人の保護と、街までの収容をしたものの・・。

村は30匹から40匹近いトロールの群れに占拠されている事が判明。

行方不明の村人や、襲撃時に犠牲になった被害も甚大であったため、

エ・ペスペル単独での解決は不可能と判断、そこから周辺都市に緊急要請が出された。


そして、エ・ランテルに居たモモンさーん、っがこれを受けたのだ。

難度としてはミスリル級の依頼だが、それは大規模なチームでという前提でだ。

支援チームを用意すると言う冒険者組合を説き伏せ、まずは2人で向かう事とした。


だが、さらに緊急の高難易度依頼の指名をモモンさーんが受けたため、

ひとまずトロール討伐はナーベ1人で向かえとの指示を承ったのである。


しかしてそれは冒険者組合に情報を撒く建前。

ワールドアイテムを使用した敵に対する『釣り針』だ。

こちらには戦闘メイド<プレアデス>より3人の支援が派遣されていた。


さらに、ナーベラルは知らない事だが・・。

ナザリックではパンドラズ・アクターが至高の御方のスキルを使い、

ナーベラルの魔法的監視と警戒にあたっていた。

探知・監視魔法に優れたニグレドはアインズの方を担当していたためだ。


「まったく・・、エントマの虫が斥候に行ってますから、帰ってくるまでおとなしくしてなさい。」

タナグラ村から約250メートル程度、村が望める木立の中に身を潜める4人。

その1人、黒髪を夜会巻きにした透き通るような白い肌の女性、<ユリ・アルファ>がメガネを人差し指でクイッと上げながらたしなめる。


「・・だって、・・私・・出番少ないから・・ここは派手に・・」

何やら危険な匂いのする魔導兵器を突き出した少女が言った。

赤みがかったブロンドの髪、翡翠の輝きを持つ眼の片方は大きなアイパッチに隠れている。

機械の体を持つ<シーゼットニイチニハチ・デルタ(CZ2128-Δ)>だ。


「うひゃあぁ、シーちゃんが自己主張してるぅ~珍しいですわぁ。」

表情を変えず甘ったるい語尾で言ったのは<エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ>。

蟲使いであり符術使い、自身も<アラクノイド・蜘蛛人>である。

今は彼女の蟲が村の様子を探りに行っている。


「そうね、私もシズの喋るのを久しぶりに聞いたわ。」

ナーベラルは、ここしばらくエ・ランテルに居たから会ってないしと思い返す。

アイ・・モモンさーん、はナザリックに戻っても、彼女とハムスケは宿屋に残る必要があったし。


「あら? 出番が無い・・っという事なら、わたくしもそうですわよ?」

ユリはメガネを押さえながら、少し遠い目をして言い放つ。

「ボク・・・わたくしは<プレアデス>の副リーダーとして、そうそうナザリックを出れませんもの。

 もちろん、それは大役を仰せつかる身に余る光栄ですが~。

 戦闘メイドとして創られた以上、戦う事でも奉仕したいと・・不遜ながら思ってしまいます。」

村の方に向き直り、両手に装備している無骨なガントレットを軽くぶつけて鳴らす。

「それを思うと・・、ナーベラル。 

 アインズ様のお側で、そして、こうして忠義を果たせる機会を直にご命令いただけるなんて・・・・・・羨ましすぎですわっ!」


「・・・・・ウラヤマーーーーー。」


「ナーちゃん、ずぅるいですわぁ~。」


3人の視線がナーベラルに向けられる。

(っそ、っそんな事言われても・・・・。) くすぐったい嬉しさと困惑の間で微妙な顔をするしかない。

アインズ様がお決めになられた事なのだから、私がどうこう出来る訳でもないのに。

「ちょっ、ちょっとみんなっ、今はこっちの仕事に集中してちょうだいっ。」


「・・・・・了解。 空対地次元振動砲サテライトモジュール射出準備・・・・・」


「っっだ、だからそういうのはヤメテと言ったでしょう~~~っ!!」


「シーちゃん、はりきってるねぇー。」


「ですわね。」


「ユリ姉! 見てないで止めて下さいってば。」


もし・・・、この近くを通りがかった男がいたならば。

かしましい乙女のじゃれ合う声に目尻を下げたかもしれない。

だが、付近数キロに渡り進入する者の気配は存在していなかった。

不可視化・非実体化して警戒にあたるナザリックの下僕を除いては。




「ん~ぅ、あの子達が戻ってきますわぁ。」

村の方を一瞥すると、エントマはナーベラルの背を叩く。

視線の先、上空には20センチ程のイモムシが十数匹飛んで・・・・。

いや、よく見ると蝶のような羽が広がっている。

ヒラヒラと舞う羽は透けるように空を見せているため、まるでイモムシが飛んでいるかのようだった。

「<ハゴロモアゲハ / 羽衣揚羽>っていうのぉ。この子達はぁ~、羽音を立てないから偵察には最適なのですよぅ。」


押さえていたシズをユリ姉の方へ預け、ナーベラルは体を向き直す。

「ふう、ふう、・・・それで、報告して下さいエントマ。」


蝶たちはエントマの頭や肩に止まると、触覚を垂らした。

まるで髪飾りやブローチのようだ。

「はぁ~い。 ふむ、ふむ~~~。

 えっとぉ、村の東の放牧地と家畜小屋付近に8匹。

 南の畑で食事してるのが10匹。

 中央の広場辺りでごろ寝してるのが9匹。

 あとは北の穀物倉庫に5匹。

 強さはピンキリだけどぉ~、いっても30レベル前半くらいかなぁ。」


「なるほど、総勢33匹ですか。 けっこうバラけてるようですから、おびき出し作戦にはもってこいですね。

 そうそう、何かやっかいな魔法武器やアイテムは持ってましたか?」


「うーん、無さそうだったよぅ? 棍棒とか石斧とか鍬とか釜とかぁ・・・。」


「・・・前半は理解できますが、カマってどのカマです? 手鎌ですか、長柄鎌ですか?」


「ご飯を炊くカマですよぅ、頭にかぶるとちょうどいい。」


「はぁ・・・、そうですか・・・。」


「ナーベラル、ボク・・わたくしが思うに・・。

 あそこに居るトロール共はハグレモノといった所ではないでしょうか。

 南の荒野での勢力争いに負け、わざわざ山を越えて落ちのびてきた類の。」


「ユリ姉、それはどういう?」


「つまり、まともな装備も持ってなく、トロールの基準からしても弱い。

 っと言う事です、警戒するに値しないならさっさと殲滅しましょう。」

「っとはいえ、いつもならボク・・わたくしが指揮をとるところですが・・。

 命令を受けたのはナーベラル、あなたなのですから、判断は任せます。」


そうだ・・、ナーベラルはアインズ様より賜ったお言葉を思い出す。

トロールは同じ種族間でもタイプが異なるモノが多い。

もし珍しそうな能力を持つものが居たら捕獲も検討しろとおっしゃられた。

この点においては考慮に値すると思える相手ではない。

建物や村の施設の倒壊を防ぐ、っという点もエントマの報告では誘導は容易そうだ。

あとは・・・。


「そうね、ユリ姉。 小集団に分けておびき出して、村から離れた所で始末するわ。

 その方法について、アインズ様からのご指示を伝えます。」


彼女たちは至高にして絶対である御名を聞くと、背筋を伸ばして備えた。

今回、『冒険者』として事態を解決するにあたり、ナーベラルはいくつかのアドバイスを受けていた。

恐らくは再入植を念頭に事後調査隊が確認のために派遣されるだろう。

その時に不可解な印象を与えてはいけない。

魔法詠唱者マジックキャスターナーベ>が1人で解決した、そういう事にするのだと。


だからこそ村の内部や建物に、彼らにとって理解不能な痕跡を残してはならない。

シズを押し留めたのはそういう事情があるからだ。

現地の冒険者に理解できる範囲の痕跡にするよう3人に告げた。


さらに、再生能力を持つモンスターに対しては手数を少なく仕留めるよう指示する。

ミンチにしても再生する相手だ、肉片や体液を際限なくぶちまけていたら現場の後始末に困る。


また、アインズ様は今回の件にはあまり関係ないがと前置きをしながら、

幾つかのお考えを述べられている。

冒険者組合でのトロール討伐と言うのは、複数チーム前提の依頼なのであえて難度は下げてあるという。

トロール自体、力はあっても知能は低い。 2~3体ならばプラチナ級冒険者でも大丈夫と思われている。

しかし、その再生能力故に魔法詠唱者は必須ではあるが・・・。 

前衛がダメージを与え動けなくした後、再生を果たす前に炎系や酸系の魔法で焼きつくすのが常套手段。


・・・っが、ここに1つの問題が起きてくる。

モンスター討伐には倒した相手の『証拠パーツ』の提出が必要となっていた。

ゴブリンやオーガなどの亜人系ならば耳を、ウルフなどの動物系なら耳や尻尾を、

体の1部を以って依頼の達成を確認し、報酬の算出に色がつく事もある。

ならば焼きつくした場合はどうなるのか?

消し炭の1部を持ち帰っても、個体数の判別には厳しい。


冒険者と組合の信頼関係という曖昧な基準にする訳にもいかない。

だからこその複数チーム前提なのだ。

早い話、当事者と他チームを目撃者とした『隣組』のようなシステムと言える。


今回、ナーべが受けたミスリル級依頼に、組合長が支援チームを出すと食い下がってきたのは、そういった理由もあったのだ。

もちろん・・アインザック組合長にしてみれば、将来有望な冒険者達にアダマンタイト級の仕事ぶりを見せたいという・・親心もあったのかもしれないが。

それはモモンにもナーベにもいい迷惑というものだった。

なので、報酬は一括請負として、敵の数に関わらず支払われるようにしていた。




 さて、ナーベラルはひと通りのレクチャーを終え作戦開始を告げた。

まずは現在の場所から近い、村の東にある放牧地の1団から取り掛かる手はずだ。

初手の囮役は本人の熱烈な希望によりシズに決定。


「では、シズ。 あの辺りまで誘導して下さい。 くれぐれも・・いいですね?」


「・・・・ハーイ、・・ガッテンショウチノスケ・・・・。」

「フッフッフ・・・ついにこの眼帯を取る時ガキタカ・・獄炎のハメツを見せテやろウ・・・」


「・・だからっ、それは止めなさいとあれ程・・はぁ、どっかぶつけたのかしら? この子。」


「シーちゃん、ノってるぅ~。」


「まあ、あんな言葉、どこで覚えたのかしら。」


シズはスタスタと木立から出て、すぐに滑るような速さに加速して駆けて行った。

(目標まで200、個体識別開始。)

深い緑色の瞳にターゲッティングマークが光る。

剣のように腰に下げた白く長い棒状の武器に手をかけると、まもなく放牧地の柵が目前に近づいた。

速度を落とし柵を飛び越えると、目の前30メートル先にうずくまっているトロールが4体、引き裂いた家畜を食べているようだ。

その向こう、家畜小屋の前にはさらに4体が地面に寝転がっている。


(αグループ4、βグループ4、ターゲット認識完了。)

手前のトロールの1体がシズの姿に気づいた時、

彼女は既に棒状の武器<魔銃>を構えていた。

(誘導マグネティックシールド展開、陽電子力場発生、チャージ・・・<ポジトロンビーム / 陽電子荷電粒子砲>発射。)

その魔銃は弾丸を発射するだけではない、今回は痕跡を残さないようビーム兵器として使用していた。

シズの体内には特殊な魔導エネルギー炉オーバーテクノロジーがあり、逐次、対象に合わせて魔銃の部品を<クリエイト / 道具創造>し、

様々な機能の兵器に換装できる構造になっている。


シズの姿に気が付いた個体が、傍らにあった肉片のこびりついたナタに手を伸ばそうとした時・・。

既に肩は陽電子の対消滅効果により無くなっていた。

そして、他の7体も腕、肩、胸、腰、ことごとく体の1部にぽっかりと穴が開いていた。

無論、すぐに肉は盛り上がり再生を始めるが・・・痛く無い訳ではない。

自分が攻撃された事に気づき、痛みと怒りの咆哮を上げながら立ち上がる。


そうだ、そうでなくてはいけない。

最小出力で極小に収束させたのは、付近に消失痕跡を残さないため。

上半身だけを狙ったのは、すぐにあいつらが動けるように。

頭を撃たなかったのは、すぐにこちらを見れるように。


「・・・・・ヤーイ、オタンコナスのノロマー・・・・」

「・・オマエノカーチャン・・デベ・・ソ?」

シズは表情を変えず、思いついた罵倒の言葉を何とか並べて挑発してみた。

意味は分からないがシズのメモリーの中で悪口に分類される知識だ。

かつて至高の41人、我が身を創造された御方々が使っていたお言葉。




 「はぁ・・、困ったなあ、確かここだと思ったんだけど。」

宝物庫の1角にある部屋の扉の前で<ヘロヘロ>はまいっていた。

いつの間にかパスコードが変わっており、しかも間違うと変なテキストが浮かぶ。


《パスコードが更新されました。やり直して下さいオタンコナス。》

《パスコードが更新されました。やり直して下さいオマエノカーチャンデベソ。》

《パスコードが更新されました。やり直して下さいデクノボウ。》


うへぇ・・・何なんだよコレ?


「お待たせしました。ヘロヘロさん。」

どこか嬉しそうな様子でやって来る者が居る。

「あぁ、わざわざ来てもらって申し訳ない、るし★ふぁーさん。

 チャットでパス教えてもらえば済んだのに。 (つД`)」


「いいですよ( ^ω^) ちょうどこの子のテストをしてたところですから。」


なるほど・・、これは確信犯だ、しかもテストじゃない・・イタズラの仕込みだっ。

っなどと思ったヘロヘロだが言葉にはしなかった。

<るし★ふぁー>の後ろにいるのは、大型アップデート『ヴァルキュリアの失墜』を機会に作ったメイドの1人。

ナザリック地下大墳墓の『キーツール』としての機能を持つメイドだ。


「設定は後で戻しておきますから、とりあえずマスターキーで開けましょうか?」

「シズ、管理者権限で命令。 11-B/105号扉を<解錠せよ>。」

そのメイドはスッと歩み出て、扉の前に居るヘロヘロの隣に並ぶ。


「フッフッフ・・・ついにこの眼帯を取る時ガキタカ・・獄炎のハメツを見せテやろウ・・・」

そう音声が流れだすと、左目の眼帯がカパリと開く・・。

鳩時計のように小さなマジックハンドが左目から飛び出てきて、そこに金色の鍵がぶら下がっていた。


「うわぁ・・!」

もとより不定形な体を、さらに水滴が風に飛ばされたような形にしてヘロヘロは仰け反る。


「はっはっは、どうです? 面白いでしょう? (゚∀゚ ) 」


「え、ええ・・まあ・・・。 (;゚д゚)」

ホントにもう・・、タブラさんといい、この人といい・・理解できない趣味してるなあ。

けっこう引いているものの、ヘロヘロは黙っている事にした。

「そっ、それで、新しいパスはどうするんです?」


「そうだなあ~、『汝、この門をくぐる者、一切の希望を捨て、社畜となれ!!』 ってのはどうです? (=´ω`=)」


「またまたぁ・・、今度はピンポイントでボクのHP削りに来てるじゃないですかぁ・・。ヽ(`Д´)ノ」


「冗談ですよ、冗談。 そんなひどい事しませんよ~。」


いや・・ きっとやるに違いない。

モモンガさんに相談して、パスコードの1部変更を今度の議題に提案してみようかな・・・。

波打つ体をさらに震わせながら、ヘロヘロは無い口と肩で大きくため息を付いた。




 「・・・デクノボウ・・・このシャチクがー・・・・」

それが亜人に通じたかどうかは分からないが、敵のヘイトは十分に取れたようだ。

シズは元来た方向、柵の方に向って身を翻し駆け出す。


実のところ、スナイパーのターゲットスキルを使えば瞬時に出来たのだが、

至高の御方々が使う<ヘイト・ワード / 罵倒呪言>の方が効果がありそうだとシズは思いついたのだった。


「おぉ~、シーちゃん走ってますねぇ~。」


「うまく引きつけたようですね、ボクも・・わたくしも配置に着くとしましょうか。」


「ユリ姉、エントマ、そちらはお願いします。」


シズが木立に囲まれた草地に駆け込むと、正面にナーベラルが待ち構えていた。

8体のトロールが後を追って入るのを見計らい、ユリとエントマが退路を塞ぐ。


なるほど・・、アインズ様がおっしゃられた通りですわ。

ナーベラルは眼前のトロールを値踏みするように下から上へと見る。

身長は2メートル弱、巨人と称されるトロール種にしては小ぶりだ。

その代わりガッシリとした四肢と大きな耳を持っている。

平原で活動するよう適応したと見ていい体つきだ。

さしずめ・・・<ワイルド・トロール / 平原妖巨人>といった所か・・・。


アインズ様にご報告するべき情報はこれで十分だろう。

数歩踏み出し、ナーベラルはすぐに攻撃態勢に入った。


「<トリプレットマジック / 魔法3重化><ボールライトニング・エンクローズ / 球電封撃>」


先頭に居たトロール3体、それぞれのみぞおち辺りにボッとまばゆい光が灯る。

すぐにそれは大きくなり、頭と足首まで覆う光の玉に成長した。

球状の力場の中に球電、1万度を軽く超えるプラズマを封入する第八位階の雷魔法である。


エネルギーを外側へ放射する<エレクトロ・スフィア / 電撃球>とは逆で、

内側へエネルギーが収束するこの雷撃なら、周囲への痕跡も心配はないだろう。

現に光の玉となったトロール達の足元は草すら焦げてはいない。


まもなく青白い光は中心へと収縮し、何もなかったように消え去る。

時間にしてほんの数秒、超高熱で焼ける間もなく対象は蒸発していた。

だが、痕跡を残さぬよう発生点を少し上にしたためか、3対の煙を上げる足首が鎮座する有様。

切断面には焼失に抗いながらも、ブクブクと再生しようとしている肉塊が・・。

大した根性(?)だ。

この場合、いったい左右どちらから本体が再生されるのだろう?


「・・っち、焼けクマムシがっ。 エントマ、掃除を頼みます。」


「はぁーい、大顎斑蟻軍団っしゅっぱ~っつぅ。」

鎮座する足首の周囲、草の間から赤い体に白い斑点を持つ蟻達がワラワラと湧き出す。

瞬く間にブーツのように足首を包むと、カショカショという音と共に骨も残さず食い尽くしてしまった。




ナーベラルが魔法を放ったその時、ユリもまた即座に動いていた。

後方集団のトロールの中へ素早いステップで踏み込むと、デュラハンのスキルを発動させる。

「<デス・スナッチ / 死の撫手>」

軽くジャンプしながら右裏拳で1体目の頭部を粉砕。

そのままの回転に乗せて左ラリアートで2体目の頭部を爆砕。

勢いはそのままに1回転して右裏ジャブで3体目の頭部を蒸散。

最後に左ストレートで4体目の頸部を殴断。


さながら竜巻のような風が巻き起こった。

ユリが着地した後、しばらくユラユラと立っていた4つの体は、勢いを失ったコマのようにやがて草地に転がる。


メガネをくいと押し上げながらユリが見下ろす。

「ああ・・無理ですわよ? 再生はいたしません。

 ボク・・わたくしの攻撃に乗せた<追加効果・即死>にあなた方程度では抵抗すら無駄ですから。」


これも、あらかじめナーベラルを通じて、アインズ様の助言を頂いたおかげだ。

脅威の再生能力を持ってはいるが、即死耐性がある訳ではない、っという。

何という慧眼、何という知識、さすがはボクたちの絶対たるご主人。

ユリはもう1度クイクイと両手でメガネを据え直すと、お役に立てた感動を反芻した。




 これで7体を始末した。

しかし幸運(?)にも双方の攻撃範囲から逃れた1体が森へ向って走りだす。

だが、すぐに目の前をエントマが塞いだ。

いつの間に装備したのか、両手の鈍い黒光りする剣が煌めくと、

トロールの体は事も無げに分断された。


「どうしました? 蟲に食わせないのですか?」


「再生しちゃうわよ?」


「うぅ~ん・・」

エントマは何か考えながら泡立つ肉のトロールを見ていた。

「えいっ、味見~~~。」

ひょいと転がっているトロールの腕を拾うと、顎の下に押し付ける。

「うへぇ・・・まっずーい!」


「何やってるのっ、エントマ。

 今はアインズ様から承った依頼中、おやつなら全部終わってからにしなさい。」


「・・・再生するって事はぁ~、無限肉団子にできるかな~って思ったのにぃ・・・ざんね~ん。

 いらなーい、臭くて、苦くて、不味すぎぃ~~っ。

 蟻さん達ぃ、よくこんなの食べられますねぇ~。」


奇しくもエントマが感じた不味さは生存競争の理に叶っている事でもあった。

彼女が想像したように、捕食側にとって無限再生する肉なんて願ってもない食料だ。

もし美味しい肉だったならば、トロールという種は生態ヒエラルキーの底辺にいただろう。

常に狙われ、旺盛な繁殖力を持っていないかぎり絶滅していたに違いない。

あるいは特定捕食者種族による家畜化という道もあるかもしれないが・・・。


ところが実際には様々な環境に適応した、非常に多様な種族形態を獲得している。

他種族の捕食側に回り、自らは『不味く』する事で襲われにくくする。

動植物が棘や毒で身を守るのと同等の意味が、この『不味さ』にはあるのだ。

エントマにそう感じてもらったという事態は、トロールという種にとって幸運な事である。

以降・・・、彼らが食料として狙われる可能性は低くなったのだから。


エントマが持っていた腕を蟻の方へ投げると、それを合図に腕と散らばった肉片に再び蟻がワラワラと群がってゆく。

大きな肉片には符を取り出し投げつける。

「符術<狐火招来>」

再生しようと泡立つ肉片から青白い炎が吹き出し焼きつくしてゆく、しかし周囲の草には焦げ跡ひとつ残らなかった。

これで第一陣の追い込み漁は終わった。




 軽く周囲を窺ってから4人は素早く移動を始めた。

ナーベラルが「今度はあの辺りで」と告げると、全員がさっと茂みに身を隠す。


「さて、2番手の囮役はこのボク・・わたくしで異論はありませんね?」


「・・・ガンバレー・・・・。」


「ユリ姉ぇ、ガンバですぅ~。」


「ええ、お願いします。 次は南の畑の奴らを頼みますわ。」


バビューンという効果音が聞こえそうに走ってゆくユリ姉を見ながら、

ナーベラルは心の中で長い溜息をつく。

はぁ・・・この調子なら問題なく依頼を達成できそうだと。


アインズ様は今頃何をやっておいでだろうか?

ハムスケが無礼を働いてなければいいのだけど・・・。

まったく、あの獣にはもっと躾が必要ね。

電撃による条件刷り込みがいいかもしれないわね。

・・・などと考えていると・・・。


「ナーちゃん、ユリ姉戻ってきたよぉ~。」


「それでは皆、配置についてっ!」


とにかく今はこちらの依頼を遂行するのが最優先。

この、ナーベラル・ガンマ きっとお褒め頂ける結果を持ち帰りましょう。


彼女の1日はまだまだ終らない。

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