第2話 その時、セバスは。

 「・・・・<メッセージ>! アルベド?」


「聞こえています、セバス。」


「定時報告です。

 現在、王都リ・エスティーゼよりエ・ランテルへ向かっています。

 このままのペースであれば・・あと半日程度で着くでしょう。

 今のところ物理的にも、魔法的にも、追尾や監視の兆しはありません。

 ・・その後、アインズ様からのご指示の変更はありましたか?」


陽が中空にかかる頃、仕立ての良い馬車が街道を走ってゆく。

セバスは御者台に座り、手綱を片手で握っていた。

今回はエ・ランテルの市場の調査と、こちらの魔術師組合で売られているであろう

新しい魔法スクロールの入手が目的であった。


だが、真の理由は別にある。

急遽、アインズ様から承ったご指示でもあるのだ。

「・・セバス、エ・ランテルに行け。ゆっくり・・っとな。」

彼が絶対的忠誠を果たすかの御方は、それ以上の言葉を発しなかったが・・。

語気に秘められた思いは十分に理解できた。


「いいえ、セバスは予定通り、そのまま人間の街での情報収集を続行して。

 今回は人目の少ない街道を走る事で、あえて誘いをかけようというアインズ様の作戦だったのに・・。

 シャルティアを精神支配し、アインズ様を悲しませた不埒者共がぁ~~っ。」


「次に狙われるとしたら、シャルティアと共に居た私・・。

 アインズ様はそうお考えの様子。

 このセバス、粉骨砕身、全身全霊をかけて『釣り針』の大任、果たしましょう。」


「ええ、もちろん・・アインズ様が死ねとお命じになるなら、死ぬのも我らが役目。

 けれどセバス、アインズ様は『釣り針に食いつかせるつもりはない』とも仰せよ。

 くれぐれも独断先行は控えてちょうだい。

 敵の尻尾さえ掴んだら、周囲の下僕を盾にしてでも無事に戻りなさい。」


「承知いたしました。 アインズ様の深き慈愛、感涙に耐えません・・。」


「・・・っ! アインズ様の愛、愛・・アインズ様のぉ~~愛、あっは~~ん・・・」


「アルベド? アルベド? ああ、いつものアレですか・・。

 しょうがありません、もう少し聞きたい事もあったのですが。

 切りますよ? 定時報告を終了します!」




 セバスが通信を終えると、それを計ったようなタイミングで

御者の後ろにある格子窓がスルスルと開いた。 


「セバス様、予定の変更はございますか?」


「いいえ、ソリュシャン。

 私達は当初のご指示通り、エ・ランテルに向かいます。」

まっすぐ前を向き、手綱を両手に持ち直しながらセバスは告げた。

「それより・・ソリュシャン、そちらの警戒網はその後どうですか?」


「わたくしの方は依然として反応はありません。

 道程の斥候に出した配下の下僕によれば・・、街道の近くに幾つか複数の人間の存在を認めたようですが、

 脅威とみなす程のモノではないとの事です。」


「そうですか・・、それは残念。」


「・・・残念?」


「ええ、残念です。 アインズ様は私に『釣り針』の役をお望みです。

 ならば、こちらに掛かってもらわなければ困ります。

 シャルティアの一件に関わった狼藉者達の尻尾、この私が掴みたいのです。」


「そういう事ですか・・。 わたくしもアインズ様に仇為す存在は許せません!」


「私はね・・・ソリュシャン、少し後悔をしているのですよ。

 シャルティアと同行して野盗を物色したあの時、もう少し行動を共にしていたら・・・このような事態になっていなかったのではないかと。」

「もちろん、アインズ様より承った情報収集という目的を優先した事は正しいと思います。

 ですが・・・シャルティアの『血の狂乱』の可能性を考えれば、

 野盗の根城まで行動を共にする、という提案を出来たのではないかとも思うのです。」


「それを言われるのであれば、わたくしも同様ですわ。

 でも、アインズ様のご命令は絶対。

 例えその可能性に考えが至ったとしても・・・わたくしには提案など恐れ多い・・・。」


「その気持、理解できますよ・・ソリュシャン。

 私もナザリックの執事として、至高の御方々・・アインズ様の命令を忠実に実行する事、それが与えられた役目だと自負してきましたからね。」

「しかし、このところアインズ様は折にふれて

 『お前達はどう思う? 異論・反論があれば・・許す、述べてみよ。』

 っそうおっしゃる事も多くあられる様子。

 そんな時に何も述べられないのは、かえって慈愛溢るる御方に失礼ではないのか?

 私はそうも考えているのです。」


セバスは揺れる馬のタテガミを見ながら思い返す。

シャルティアの謀反が発覚し、アインズ様が外にいる守護者をナザリックへ呼び戻したあの日。

自分は戻る事を許されず、ワールドアイテムを賜る事もなかった。

もちろん、それは『釣り針』役を下知される光栄でもあり、

アインズ様よりご命令を頂く至福でもある。

だが、胸の中に針が刺さったような痛みを覚えた日でもあっった。


彼自身も気付いてないところで・・・

執事としての矜持と、NPCとしての正義がせめぎ合いを始めていたのだ。

アインズ様のお言葉は絶対、捧げる忠誠は揺るぎない。

一方でアインズ様の望まれる自分のあり方とは一体・・・?


「・・・っ!! セバス様っ。」


軽く考えこんできたセバスはすぐに意識を切り替え、鋭い語気に注意を向けた。


「前方300メートル程、あの木立に入った辺りで道を囲み潜む者達がおります。

 斥候下僕が報告してきた集団の1つ・・・がコレですわね。

 ただの人間の追い剥ぎ・・脅威ではありませんが、どういたしましょう?」


「ふうむ、ここで街道を引き返しても・・ああいう輩は追って来そうですね。

 もとより挟撃に有利な谷の一本道、向こうも逃がすつもりで待ち伏せなどしないでしょう。

 掛からなくていい雑魚が『釣り針』に食いつくとは、いやはや。

 一応、いつもの如く交渉しつつ、敵の中に有用な者がいないか見定めましょう。

 武技や魔法詠唱者の珍種があの中にいるとは・・思えませんが。」


「了解しました。

 それで・・セバス様? あの・・・・」


「ふふ、分かってますよ。

 もうです、考えておきましょう。

 あとの者は実験に使いやすいよう、なるべく傷つけず・・・

 死という慈悲を与えなさい。」


「お心遣い、感謝いたします。 では・・そのように・・・・。」

言いながら金髪の中の顔は水風船のように波打ち歪む。

彼女は文字通り・・・期待に『身』を震わせた。




 「ミザル親分っ、来ましたぜっ! へへ・・昼間だって油断してやがる。

 護衛も見当たりやせん、御者が一人の馬車一台でさぁ。」


「おうっ、お前ら~っ、今日の飯にありつきたきゃ~しっかり働けよっ!!」


剣を振り上げ気勢を上げている男は『ミザル』という。

見るからに出処が異なると分かる革鎧のパーツに身を包み。

ヘッドギアの中の目はギラギラと欲望に素直な様子。

剣を持つ腕には苦労してきただろう(悪い意味で)傷があった。


周辺の村の食い詰め者を集め、街道筋で盗賊紛いの事をしている一団のリーダー。

彼の村もまた盗賊団により壊滅したが、結局はやられた事をやり返すしか生きる道はなかった。

最初はケチな追い剥ぎをしながら飯にありついていたが、

飢饉や凶作、重税に逃げ出した者などが集まり盗賊団の体を成してきた所だ。


もっとも・・・その多くが元農民なのだから、戦闘経験があるものは少ない。

矢面に立って戦うのはほんの数人。

あとは隠れてボウガンや投石で援護する者が殆どだ。

それでも、数の暴力と言うか、勝てそうな相手しか襲わないせいか・・・。

飯にありつけるという一点において、ミザル親分は頼りにされていた。


やがて馬車が視界に入ってくると、ミザル達、斬り込み三人組が道を塞いだ。

御者は慌てて手綱を引き馬を止める。

馬車が止まると別の三人組が現れ馬車後方の退路を塞ぐ。


「ほう、ほう、なかなかいい馬車じゃねえか・・ドナタサマが乗ってるんだい?」

ロングソードをこれ見よがしに肩に担いでゆっくり近づいてゆく。

「キッカー! 開けろっ!」

ミザルは右隣に居た男に顎をしゃくってうながす。

キッカーと呼ばれた男が馬車の扉に手をかけようとすると、慌てた様子で御者が口を開いた。


「お待ち下さいっ! そこには『』しか乗っておりません。

 もしお金が目的ならば、抵抗せず渡しますので、どうか見逃しては頂けませんか?」


「ほぉ~~、なかなか話の分かる御仁とみえる。」

ニヤニヤとした表情をにじませながら、ミザルはさらに近づく。

「だがー、その『お嬢様』とやらにご挨拶しないとなぁ~。

 キッカー! 引きずり出せっ!」


ミザルが声を張り上げると同時に、馬車の後ろに居た三人も加わり

強引に扉は開かれ、『お嬢様』が引っ張られて降りてくる。


「きゃぁ~~~~っ、セバス~~~~っ!」


「おっ、お嬢様っ! 何という事をっ・・やっ止めて下さいっ!」


降りようとする御者を遮るようにミザルが御者台の横に立ちはだかった。

そして左隣りに居た仲間に合図を送ると、その男も御者台の反対側を塞ぐ。


「へへへっ、こりゃあ・・使い道数多だなぁ・・・たっぷり可愛がってやるぜ~。

 こんな綺麗な『お嬢様』を護衛も無しで出歩かせるとはぁ~、

 おまえさんのご主人はどんだけ世間知らずの馬鹿だぁぁ~っ?」


「お金なら渡すと言ったでしょうっ? 

 どうしても『』もらえないのですかっ?」


ロングソードの腹で肩をポンポンと叩きながら、ミザルは断言する。

「当たり前だろう? 俺たちゃー盗賊だぜ??

 生きて帰られちゃー都合が悪いに決まってんだろっ!!

 世の中はなぁ~~~弱肉強食なんだよぉぉっ!!!」


言い終わらないうちにミザルは剣を持ち替え、中段からやや上を狙って横に振った。

御者に向かった剣は確実に首と胴を両断し・・・・・ったはずだが・・・。

宙を斬り、行き場の無くなった剣は馬の方まで振り切られ、勢い余って崖から落ちそうな格好で慌てて止める。


一瞬、ミザルは老人の首だから軽くふっとんだせいなのだろうと思ったが・・。

泳いだ視線の先、御者台の反対側に奴が立っているのを辛うじて認識し混乱した。


「<寸勁・崩泉掌>!!」


そこに立っていた仲間の男、イワンは目を見開き、鼻と口から赤いものを垂らしながら崩れ落ちてゆく。

「なっ、ななななっ、なにをしたっっ?」

『お嬢様』を抑えている連中には馬車の影になって何が起こっているかわからない。

ミザルの方を見ながらニヤニヤ顔をするばかり・・・。

彼は馬車に手をつき何とか姿勢を戻しながら叫んだ。


御者・・・は、ゆっくりミザルの方に向き直りながら言う。

「ふぅうう~、何って・・単なる発剄ですよ?

 魔法も気も使わない、身体能力だけでの軽いものです。

 もっとも・・・、体の中の水分が最も溜まってる場所『心臓』を破壊しますから、

 即死・・この彼も苦しまずに逝ったでしょう。」


「なななななっんあ~っ、なにをいっているっっ!!」


「私は二度、聞きましたよ? 『』あげるっと。

 あなたはそれを拒否したのですから、残る運命は決まっているでしょう?

 ・・・・・・・、っです。 あなたがおっしゃった事ですよ?」

「それに・・・、我が主人、至高の御方を馬鹿呼ばわりするなど・・・っ!

 あなたには慈悲ある死はもったいない!!」


「なっ、何を言ってやがる・・お、お前達っ! やっちま・・・・」


「ソリュシャン! どのみち・・この者達はハズレです。

 私はこっちに伏せてる者達から始末します。

 あなたはそちら側に伏せてる者達からお願いします。」


「了解しました・・セバス様。」


ミザルが道の両側に伏せていた者達に合図をしようとした刹那。

砂袋を幾つも殴ったような音が響き渡った。

合図の手が振り下ろされても矢も石も飛んでこない。

そして、それ以前に二人の姿が消えている。


道の両側の茂みから消えた二人が姿を現す。

黒い服に身を包み、白い髭を蓄えた老齢な男。

ピンク色のドレスにカールした金髪が映える少女。


「・・っ、何なんだようぅぅっっ!! お前らいったい何なんだよぅぅ!!」

ミザルの狼狽ぶりを見て馬車の横にいる者達も気が付いた。

押さえていた『お嬢様』がいつの間にか消え、茂みから歩いてくる。

剣を抜くべきか、それとも・・・・。

指示をもらいたくとも親分にはこっちが目に入ってない・・・。


そんな彼らを無視するように白い髭の男は口を開く。

「首を飛ばさないよう、力の加減が難しかったですが・・。

 ただの手刀で頚椎を破壊しました。

 これなら綺麗な死体が手に入るでしょう。

 そちらはどうです? ソリュシャン。」


「はい、触手を硬化させての殴打で首から背骨にかけてを粉砕。

 暗殺のスキルを使うまでもなかったですわ。

 そちらの方々はいかがなさいますか?」


「そうですね、こっちの威勢のいい男を残して・・お願いできますか?」


ミザルが目にしたのは・・、いや見たような気がしたのは・・。

少女の右手が伸びてヒュンという音と、何かが砕ける鈍い音がする光景。

馬車の横に居た四人は、あらぬ方向に首を向けて倒れていた。

目の前で起こった事が理解できず、彼はぼぅっと倒れた仲間の顔を見るだけだった。


「我が主人を愚弄した罪、その身で贖っていただきましょう。

 ・・・・ソリュシャン!」


少女はスルリとドレスの前をはだける。

この死に満ちた場所に似つかわしくない美しい肢体をさらす。

へたり込んだ男に近寄ると、優しくその胸に顔を導く。


「あ・・あっ・・・あっ・・えっ・・えふうぅ・・・。」


声にならない嗚咽をあげる男は、救いを求めるようにすがりつく。

そこが最後の逃げ場所のように。


「さあ・・『』あげるわ、じっくりと・・・。」


男の嗚咽はもう聞こえない。

白い肌の向こう側へと沈んでゆくばかり。

頭が、肩が、手が、足が。

・・・・そして、男の姿は消えた。


「さて・・、これはちょっと数が多いですね。

 私達の周辺警備についている下僕を動かすわけにもいきませんし・・。

 ナザリックに死体の回収を要請する事にしましょう。

 それまで、道にある死体をあちらの茂みに運んでおきましょうか。

 誰かが通りがからないとも知れませんし。」


「承知いたしました。」

ソリュシャンは倒れている男達をひょいと担ぎ上げると運んでいった。




 一連の後始末が済むと、再びセバス達は馬車を走らせた。

「・・まったく、手間を掛けさせられたものです。

 ソリュシャンは引き続き周囲探索を続けて下さい。」

御者の後ろにある小窓を通じて指示を伝える。


「了解いたしました。 ・・・・っあ・・。」


「どうしました? 何か反応がありましたか?」


「あっ、いえ、何でもございません。 ・・この男が元気よくって。」


「なるほど、そうですか。

 我が主を侮辱したその男にはたっぷり楽しんで頂かなくては。」


「セバス様? 聞いてもよろしいでしょうか?」


「何です?」


「わたくし・・、セバス様はわたくしやエントマの食事に関しては

 あまりよい印象をお持ちでないと思っておりましたが・・・。」


「んむ・・、いえ、そういう訳ではありませんよ。

 ナザリックの敵、至高の御方を愚弄する者に容赦など持ちあわせておりません。

 ただ・・、おそらく『人間』に対する考え方があなたとは少し違うという事です。」


「左様ですか・・、わたくしには『人間』など下等な食材にしか思えませんが・・。」


「無論、アインズ様のお言葉は絶対。

 その命令において『人間』を手にかけろと申されるのなら是非もありません。

 しかし、私を創造された『たっち・みー』様は正義を愛された御方。

 弱き者を助けよという思いもまた、『そうあれ』と創られた私の一部なのです。」


「なるほど、至高のお方の貴重なお話が聞けるとは感激でございます。

 そうですね、わたくしもまた『そうあれ』と創られた存在。

 セバス様のお心が少し理解できた気がいたします。」


そうは言ったものの、セバスの心には一抹の不安が居座っていた。

アインズ様のお考えは深く難解だ。

言葉通りの命令を聞くだけでは、その御心にそえない事も出てくるに違いない。

なればこそ、考えねばならない。

『たっち・みー』様に頂いた正義、アインズ様に捧げる忠誠。

いつか、どちらかを選択すべき時が来るのだろうか?


まもなく日も傾く、谷間は既に半分闇の中だ。

エ・ランテルに着いたらやらねばならない事を思い返しながら・・。

真っ直ぐ前を見つめ、セバスは馬車を走らせた。

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