森の一日②

昼間の魔境の森。

昼間とはいえ森には殆ど明るさは無く。生い茂る木々の葉の微かな隙間から漏れ出るくらいだ。

とはいえ、湿気の混じるこの時期ではせっかくの日陰もあまり意味をなさず、蒸し風呂のように森を暖める。

日のない夜とは真逆だ。

 少年は歩く。

「暑い・・・・・・君は暑くないの?」

 にょろにょろと動く物に少年は聞いてみる。

それは少年の問いをまったく意に介しない。

ただ少年の後についてくるだけだ。

「なんか大丈夫そうだね」

 のはぁ。と、深いため息をつきながら少年は項垂れ、返事の無い問いを先ほどから続けている。

答えはあっても無くてもどうでもいいようだ。

「こんなに外を歩いたのって、実は初めてなんだ。あ、これ、食べれそう」

 そう言いながら、目に留まった木の実を見つけ、袋の代用品の服の中に押し込む。

とはいっても少年にとっては見たことのない実ばかりで、そもそも食べれるかも疑問だったのでとりあえず食べれそうなものを片っ端から採取していた。

「実はさ、外へ出る時はいっつも誰かが一緒にいてね。あ、外って言っても中庭なんだけどね!とにかく僕が先頭で歩いた事なんて無かったんだよね」

 少年が立ち止まると触手の方に振り返る。

にょろにょろとしていた触手もピタっと止まる。

目や耳があるわけでもないのに、一応彼の動きを探知しているようだ。

少年は両手に力を籠めて触手に話し始めた。 

「僕が住んでたところってすっごく厳しいところでね。食事の時なんかもマナーマナーってそればっかりでちょっと窮屈だったんだ」

 それは彼の故郷の話───。

まだそう日もたってもいないのに、何処か遠い話のように彼は話す。

話し方、勉学、振る舞いだのと、余程厳格な教育を受けてきたようだ。

だがその子供らしい怒ったそぶりや話し方は、その形とは裏腹に本当に不満であったわけではないようだ。

いわゆる大人のふり。

要約すれば、辛かったが、それなりに楽しかったのだ。


 触手はその話を聞いているのかいないのか、どちらともとらずににょろにょろと蠢くだけだ。

 何故このような事になっているかというと、話は昼前に戻る───。




───何処に行くの?

 

少女は首を小さく傾げて問いかけた。

その相手は、彼女のすぐ近くにある水溜りのような池の水を、両手で掬いながら飲む少年だ。 


「探検、君も来る?あ、でもその体じゃ無理だよね・・・・・・」

 もちろん少女の体調不良を心配しているわけではない。

少年の見つめる先は文字通り彼女の根元。

大地に頑丈に根をはっている姿はさながら球根だ。

その状態で動けるとは少年も流石に考えられなかった。

「・・・・・・行ける」

「え?」


予想外の返しに驚く少年。

彼女にも移動方法があるというのか。


「動けるの?」

「……」


少年の疑問に彼女は答える。

グググッ…と、身を構える少女


「ええっ」

「……」


 土がモリモリともりあがる。球根が土から這い出ようとしているのだ。

ゴゴゴ……と地が鳴り響く。何が起きるのかと少年は息を飲み込み見守っている

次の瞬間───。


「グハッ…!!」

「うわああああああ?!」


 球根に切れ目が出来て少女が吐血した。


「大丈夫?!大丈夫なの?」

「ダメみたい」

「あー、びっくりした。やっぱり無理だよね?」

「………」


 少年の問いに彼女は答えない。

「それじゃあ、行ってくるね。」

「………」

「えっと…なに?」

 まるで行くなというように、1本の蔦がくるくると少年に巻きつく。


「………じゃあ」

 といって少女は再び身構える

「え?」

地面から蔦3本分の太さの触手が出てきた。

蔦とは違い先端が太くなっていて、汚れた土のような色をしている。

これは、二本しかない彼女の奥の手だ。

実際、ここ最近出没する空からの獲物はこの触手が役に立っていた。

強いだけでなく感覚に優れ、音などの振動にも敏感に察知できる。




───こうした経緯で今に至る。


少年は食料を探すために。

触手は彼を観察する為に。

一人と一本は小さな冒険に繰り出したというわけだ。

 少年は、答えの無い問いから、兄弟の愚痴話に花を咲かせていた。

「それに次兄様が僕に意地悪ばかりするの。一兄様は優しくてなんでもかっこいいのに・・・・・・。次兄様はちょっと嫌いだな。あ、僕たち三人兄弟なんだ。僕が一番歳下」

触手といえば、やはり先ほどと同じようににょろにょろとついてくるだけだ。

「他にもね!一兄様の剣技の鍛錬に羨ましくて、次兄様ってば僕に木の棒持たせて剣の鍛錬だー!って叩いてくるの。本当に乱暴だよね!それでいっつも泣かされちゃうんだ」

 目の前の花を摘1輪摘みながらシュンとする少年。だがすぐにその顔は優しさを含み話を続ける。

「でも泣いてるとね、母様がぎゅってしてくれてね、頭を撫ででくれるの。次兄様にもしちゃうのがなんでー?って思うんだけど。次兄様嫌がるし、やんなくてもいーと思うんだけどなぁ」

 見えない空を見ながら少年は言う。

その顔は、先ほどと同じように何処か遠くを見ているようだ。

「君は?」

 そして触手に問いかける。

 触手に振り向き少年は聞きたかったことを口にした。

「君の日常はどんななの?」

 触手は動きを止めた。

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