森の一日①
「………」
次の日の朝、少女は横たわる少年をずっと見ていた。
自分とそっくりなこの生き物は一体なんだろうか。
それが不思議で仕方なかった。
「うっ、」
初めて見るものに戸惑うことはあってもここまで不思議に感じた事は今までにない。
まず纏っている物からして違う。
「ううう…」
彼女の蔦には僅かだが触覚があり痛覚もある。
本体(人の手)で直接触れるほどではないにしろ、情報は本能に伝わる。
「………」
スルスルと、衣服を脱がして行く。
薄暗いが、それでも昨夜よりも明るくなった事で自分と違う点を見つけやすくなった。
初めて会った同族だ。
興味はあれど敵意は無く、警戒心も昨夜のうちには興味に負けてこうしてつつき回している。
「ふぁあ………!」
最初の疑問は少年の衣服だ。
布地は彼女にとっては初めての感触。
毛皮でも肌でも葉でもない、柔らかい感触が気に入ったようだ。
次の疑問は髪。
長さは似ているのに色が違う。
彼女は若葉よりもさらに淡い緑色に対し、少年は金髪だ。
視線は下へと移り、胸元に。
━━これも違う。
デコボコに大きな差がある。
更に下へと移り、腹部へと。
━━これも違う。
まず自分には穴がない。
更に下へと移り、下半身。
━━━━━━………
自分とは決定的に違っていた。
「………?」
不思議に思うことは幾つかあれど、今の興味はこの布だ。
葉よりも温かく毛皮よりも軽い。
確かこの生き物はこのように身に付けていた。
「━━━━。」
服を着た瞬間、
全身で感じる肌触りに、彼女は感動を覚えたのだった。
「………?」
ズボンを見つめる━━━。
到底自分にははけそうにないのは見てわかるのだが、それでも彼女は着衣を試みる。
自分なりにこの生き物の足に当たる部分を探す。
自分の腹部より下は蕾のようになっていて、周りには花弁が、その更に周りには葉に包まれている。
その下はどうだろうか。
蔦がグルグルと絡むだけでこれは駄目だ。
━━━蔦?
あ、っと。
声が漏れて蔦の先端を入れる。
入り口は狭く、30本も入らない。
途中で枝分かれしていて、それらを適当に別けて出口からでる。
━━━━。
これは動きにくくてあまり良くない。
モゾモゾと蔦が蠢き脱ごうとするが、ピッタリと収まったズボンは脱げない。
仕方ないのでビリビリと破って元の鞘に納める。
「ううっ………」
「………!」
不意に、少年の目が覚める。
蔦と同じくモゾモゾと動く少年に、 彼女はビクッと反応する。
着ていた服を急いで脱いで少年の近くに置く。
「ここ…どこだろう?あ!」
「………」
キョロキョロと見回した少年が森の主に気がついた。
少女はじっと見つめている。
「君は…誰?」
「………」
少年は不安げに聞いてみた。
ここで逃げるという選択肢もあったのだろうが、幼さのせいなのか、それとも彼女がとても可愛くて、綺麗だと思ったのか。
とにかく正しい選択をした。
もし逃げていれば彼女の蔦は本能的に攻撃をしていたことだろう。
一方の彼女は少年の質問に答えられずにいた。
自分に初めて向けられる言葉に戸惑いはしたが、意味はちゃんと通じていた。
生まれながらに成体の彼女は、言葉も生まれつきに備わっていたのだ。
答えられずにいたのは自分が何者かわからなかったからだ。
以後、わからないことは黙ってしまう癖が出来たのはここからになる。
「君が僕を連れてきたの?」
「違う」
「ここはどこ?」
「………」
「僕をどうする気?」
「………」
「あれ、僕裸………、何で脱げてるの?」
「………」
「ズボンがない………」
先ほど破いた物の事だろうか。
きょろきょろと回りを探す少年は近くに落ちていた服を手に取り、着ようとする。
「あ………」
「………」
少年が手に取った服を蔦で器用に取りあげる。
これは少女自身反射的にとった行動で、彼女も一瞬どうしてそんな事をしたのかわからなかったが、すぐに『羨ましさ』から出た行動だった事に気づいた。
「それ、僕の………」
「………」
「ありがとう」
少年は返してもらった服を着ながら考える。
自分が何故このような状況になっているのかを。
それから彼は森から出ることも少女に話しかける事もなくその場で足を抱えて座り込んでいた。
何を考えているのか少女には知る由も無かったが、彼女も黙って観察を続ける。
同属、なのだろうか。
先ほどは少年が身に纏っていた物に気をとられてしまったが、再び考える。
似ている所半分、違うところ半分。
これはもはや………。
っと、そこで彼女は別のことを考える。
それは意識的にか無意識か。
まるで深く考えないように、寂しげな表情をする少年の観察をはじめるのだった。
───そして2日目の夜がきた。
本日も晴れ、月の光は直接届かないが、それでも優しく森を照らす。
「寒い…」
「寒い?」
「うん、そっちいってもいい?」
「大丈夫」
唐突の再開された会話。
大丈夫と口にしたのは特に拒む理由も無く、反射的に出た言葉だった。
「柔らかいね」
「そうなの?」
「うん」
「これのが柔らかい」
「そうかな?」
決して暖かいわけではない少女に近づきもたれかかる少年に、少女は直接手で布地に触れる。
「君、もしかして服を見るのは初めて?そう、これの事」
「初めて」
「まぁそうだよね。裸だもんね。寒くないの?」
「寒くない」
きょとんとした目をしながら傾げていた顔は、そういって上を向く。
日常の再開だ。
一心不乱に空を見つめる。
その姿を、少年はとても美しいと思った。
「………空を見てるの?」
「そう」
「星、綺麗だね」
「星?」
「あれ、知らないの?光ってるやつがそうだよ」
「星………」
少年は欠伸をかきながら、少女が見つめる物への名前を教え、彼女に寄りかかったまま眠りについた。
少女はとっても不思議な気持ちになった。
だがそれは決して悪くない。
心地のよい感情であった。
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