森の少女
@kakerusugiyama
プロローグ
五つの山の向こう側の深い森の中、木々が生い茂るこの地では日の光は届かない。
植物や虫はこの場を楽園と称し、精一杯に己が使命を全うしている。
もっとも、人にとってはここは魔境と置き換えることになるのだが・・・。
彼女は今日もそこに存在している。
空を見て考える。
今日は良い天気だ。
こんな日には何をしようか。
といっても、この身でやれる事など風に靡かれるだけなのだけれど。
彼女は人ではない。
ここの森の住人、姫、或いは主にあたる存在だ。
その身は花弁に包まれ、さらに葉で守られる姿はさながら緑のドレスを着ているようだ。
彼女は人の面と植物の面がある。
それは外見だけでなく中身の事ではない。
こんな山奥の更に奥の深森で人に出くわす事もなく、性格や常識などは測りがたいからだ。
生きる上で、彼女は植物の面と人の面がある。
植物としての彼女はひたすらに想像通りだ。
森のなかで唯一、光が射し込むこの場所で光合成をしている。
同族がいないのも、この僅かなスペースを彼女が使用しているだからだろうか。
人としての彼女は、食事が必要であること。それにつきる。
というのは、返事のない木に話しかけたり、たまに近くによってくる蝶と戯れたり、夜に輝く星々をじっと見つめたり。
おおよそ、この森に相応しくない行動が目立つからだ。
獲物を捕る時の彼女は天然の狩人だ。
魔物が近づけばとりあえずその蔦で縛り上げる。
美しい見た目と裏腹に、その力は凄まじく、象程の大きさはあるであろう魔物でも引きずる事もできる。
補食の仕方はとても慎ましい。
その身まで引き寄せ、花弁でもろとも包み込み、更に葉で包み込む。
その中で何が起きるかはわからない。
ただ閉じてから六時間ほどで再び開き、獲物は影も形も残さない。
肉や骨はもちろん、血の一滴さえも。
彼女の日常とはこれの繰り返しだ。
こんな日々を幾度過ごしたのか。
いつから存在していたのかは興味もなかったので彼女ですらも覚えていない。
ただ初めからこの姿であったのだけは覚えている。
そんないつもの日々にもたまには異変が起こる。
今がそうだ。
彼女の視線は上にある。
彼女が覗くのは、満天ではないけれど確かに輝く星々のある空。
さながら小窓から願いを呟く少女にでも見えるかもしれない。
が、見つめる先は星では無かった。
彼女の目の先には大きな鳥がいた。
それもまた巨体、先ほど補食した魔物と、同等かそれ以上と言ったぐらいの。
彼女は本能でそれを獲物と判断する。
上空と言えど彼女の範囲であれば蔦は伸びる。
こうして、いつもの日々に戻る。
小さな異変も彼女にとって変わりの無い日々である。
━━━しかしこの物語はここからはじまる。━━━
ふいに、少女は下を見る。
そこには、いつの日か雨の振った後の水溜りに映し出された自分にそっくりな形をした生き物だった。
それは、きらめく星の下で、少女が少年と初めて出逢った日の事だった。
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