第3話 『Happiness 幸福というもの』 加筆修正2021.9.5

3.

" Choice 選択 "



政恵は言った。


 「私はあなた方の結婚には反対ですよ。」


 『賛成していただけるよう頑張って参ります』


と、それを受けたあかねは健気にも返事した。


 情けないことに、父も竜司も当たり障りのない言葉を発しただけで

政恵の言動に、そしてあかねの返事に対しても、何のフォローも

出来なかった。



 その後、食事を済ませたあかねが洗面所に行く為席を立つと

政恵も同じく洗面所に向かった。


 洗面所から戻って来たふたりの様子が対照的だった。

 あかねは心なしか元気を失くしたように見え、母親の政恵は

すこぶる機嫌が良かった。



 また何か辛辣なことをあかねに言ったのかもしれないと心配する

一方で、竜司はあの辛辣な政恵の質問に涼しい顔で

認められるよう頑張りますと返していたあかねのことだから

心のどこかで大丈夫だろうと高を括っていた部分があった。



 あかねがどれ程の痛手を受けていたのか、推し量れるほど

大人になりきれていない竜司は、決して母親の言動を良しと

しているわけではなかったけれど、母親の気持ちが変わるまで

あかねとふたり、認めて貰える日を待つつもりでいた。



 あんなに頑なに会わないと言ってた政恵が今回あかねに会う

と言ったのだ。


 時間と共に人の気持ちも変わる、変われると思っていた。


3-2.


 顔合わせをした翌日、政恵は息子の竜司に言った。


 「あなたはまだ一度もお見合いしたことがなかったわよね?

お見合いを何度かしてみて、相応しいお相手が見つかれば

その方と、そしてどうしても良いお相手が見つけられなか

ったら、その時はあかねさんとのことを考えればいいと思うわ」


 数回の見合いであかねとの結婚を認めてもらえるのなら、と

竜司は深く考えることもなく政恵にOKの返事をした。


 もちろん決して良い女性がいたらその相手と、などとは微塵

も考えているわけではない。


 ただそれで政恵の気が済むのならそしてあかねのことを認めて

貰えるのならと、見合いすることに同意したのだ。


 それを聞いた兄の稔は、


 「竜司、いいのか?そんな事引き受けて。母さんは

  本気だぞ。もしお前に釣り合いのとれた相手が現

  れたりしたら、あかねさんを泣かすことになって

  しまうんだぞ」と、弟の安易な返事を諌めた。



 「大丈夫だって、あかねさん以上に好きになれる相手

 なんてこの先現れたりしないし、あかねさんに対する

 気持ちには自信ある。彼女を泣かせたりなんかしない。

 俺が望まない限り見合いはまとまらないンだしね。

 見合いをして母さんが気が済むのならお安いもんさ」



3-3.


 「竜司、お前なぁ・・・。 その見合い何回するのか知ら

 ないがあかねさんには内緒にしとけ」


 「えっ?そうなの? 俺は黙って見合いするより事情を話し

 て見合いの件は知らせておいたほうがいいかと思ってたン

 だけど」



 「そうだな、母さんがいっちょかみしてるンじゃ知らせるも

 知らせないも大差ないかもしれんな。

 あまり母さんばかりに気を取られているとあかねさんに逃げられるぞ!


 上手くやれっ、あまり気の利く相談相手になれなくてスマン。

 俺もあの人にはお手上げだからな。竜司、あかねさん良い

 人みたいじゃないか。父さんが竜司にしては良いお相手を

 見つけてきたって褒めてたぞ!」


「ありがと、兄さん」


 兄貴の心配してくれる気持ちがうれしかった。




 竜司は結婚を認めて貰いたい余り、目先のことしか見えて

いないのだろう。


 お前がしようとしていることは、時にあかねさんに対して諸刃の剣にも

成り得ることだと気付いているだろうか。



 人生の先輩として先を歩く兄は、その自分の心配が杞憂に

終わることを祈るばかりだった。


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