第29話 純情仮面

 ホテルの地下駐車場、高級外車にもたれるように男が失血死していた。

 矢で心臓を射貫かれ、そのせいで辺りは血の海だ。

 被害者は最近活躍が目立つ芸能人、鷲爪尖わしづめせん

 名からして攻撃的、それなのに無惨にも逝った。

 マスコミはここぞと食らい付き、報道合戦となっている。


 捜査においては防犯カメラ映像にある白帽子に白いマスクをした男が犯人だと推断した。

 だが物的証拠は鷲爪を射貫いた1本の矢だけ。

 1週間が経過したが真相は未だ藪の中だ。

 百目鬼刑事と部下の芹凛こと芹川凛子刑事、二人にも当然焦りが見え始める。

 そして遂に芹凛がぶつくさと呟く、「動機は、なに、なに、な~に?」と。

「ジャ凛子、ウッセイぞ!」、百目鬼が一喝したものだから、二人の間に冷えた沈黙が。


 そこからの回復に5分を要したが、やっと上司が低い声で「なぜ矢なんだ?」と部下に訊く。これに芹凛は「ピストルじゃ音が出ます」と即答。

 だがその後、「ナイフも音が……」と口籠もると、百目鬼が「洋弓、犯人には拘りがあるんだよ」と返す。

 それから一呼吸し、「もしお前にやっつけたいヤツがいて、音無しの武器限定ならば、何を使うか?」と部下の顔を覗き込む。


 この類いの面倒臭い問答、過去においてもよく繰り返してきた。そのせいか芹凛も手慣れたもの、「そうね」と頬に手を当て、「私の音無し凶器は――、生卵かな、それを嫌なヤツに投げ付けてやるわ」と迷答する。

 されども上司は珍しくホッホーと唸り、「その理屈で行くなら、ホーガンによる殺人は嫌なヤツへの最終形てことか、殺人事件の序章として世間では最近生卵投げ付け事件が一杯起こってる……、のかもな、まずその実態を調べてくれ」と指示を飛ばす。

 芹凛はこのへんちくりんな上司の勘所に「イエッサー」と返し、資料室へと消えて行った。


 2時間後、百目鬼のデスクの前に立った芹凛がニッと笑い、問う。「コーヒーでも入れましょうか?」と。

 わかってる、こんな調子の時はよほどのことを見付けてきたのだろう。

「今はコーヒーより生卵だ、さっ」と催促した百目鬼に、芹凛は思いきり背筋を伸ばし言い切る。

「犯人は――、純情仮面であります!」


 このぶっ飛んだ報告に、百目鬼は目をパチパチ、パッチン。

 それから魂を持って行かれたかのように、「へえ~、月光仮面じゃないんだ」と昭和臭一杯の独り言を、ボソッ。

 女鬼刑事はこんな発露を決して聞き逃しまへん、間髪入れずに「令和時代の正義の味方は純情仮面、どすえ」と。

 いずれにしても百目鬼はこの力強い主張を受け入れ、「で、その純情仮面て、具体的にどんなヤツだ?」と訊く。

 すると芹凛は滔々と。


 1.例えば、YはXから不条理な仕打ちを受ける。決して許容できない。切歯扼腕せっしやくわんの日々の果てに、Xの行為を世間に知ってもらうためSNSに動画を投稿する。

 2.これを目にしたどこにでもいる市民Zが突然白帽子に白いマスクをして純情仮面に変身する。そしてYに成り代わりXに仕返しをし、Yの怒りを晴らしてやる。もちろん見返りは要求しない。要は誰でも純情仮面になれる。

 3.ZのYのための仕返し方法は、Xに生卵を投げ付ける。

   これが一般的です。


 百戦錬磨の鬼刑事はここまでの芹凛の報告を充分理解したのか、「本件は生卵投げ付けでなく矢を放つ、どこかの市民Zに殺意を芽生えさせるほどのY発信の動画、一体どんなのだ」と口を尖らす。

 待ってました、ここぞと芹凛はスマホにあるYの投稿動画を、鬼の顔面へと押し出す。

 そこには高級外車でしつこく前や後ろと煽られ、最終的に停車させられ、車体を叩かれるY、その全容があった。

 もちろんこの乱暴者は芸能人、鷲爪だった。


「芹凛、よく見付けてくれた、お見事!」と珍しく百目鬼が褒める。

 だがここでギョロッと目を剥き、「今回の純情仮面は鷲爪に対し恨みを持つヤツの私憤晴らしだな」と洩らす。

 芹凛はその呟きを逃さず「その心は?」と突っ込むと、「純情は天女の衣には縫い目がまったくない天衣無縫、それに反しホーガンで人を殺めること自体が不道理な縫い目、つまり邪心の極みだ、よって本件は純情仮面に便乗した殺人と推察する」と言い切る。


 こんな鬼の直感を耳にした署きっての芸能通、芹凛はポンと手を叩き、「そういえば3年ほど前にロビンフッドの冒険というアニメがあったのですが、その声優の座を鷲爪に奪われた紺奴留こんどるがいました」と。

 この後静寂が、だが長くは続かず、百目鬼は鬼の形相に、いや純情過ぎる少年の面持ちで立ち上がり、「犯人のこだわりはロビンフッドの洋弓で処刑、これですべての辻褄が合った」と前置きし、あとは「我々こそ真の純情仮面だ、さっ、生卵持って、紺奴留の事情聴取に行くぞ」と声を張り上げ、外へと歩き出した。


 その後を芹凛が「生卵でなく、せめてワッパと言ってよね。オッサン」と口を尖らせながら、追い掛けるのだった。


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