第28話 笑般若島
尖った白波のてっぺんを粉雪が驚きの速さでかすめていく。
そんな冬の到来を充分知覚させてくれるある日、1立方メートルの木箱が浜に打ち上げられた。
きっと荒波に揺さぶられた船から落下し、その後漂流してきた積み荷に違いない。途中岩に叩かれたのだろう、ぽっかりと穴が開いている。
高波を求めて遊びに来たサーファーが中を覗くと、激切に白い生物、いや白面の人間がカッと瞳孔を開いていた。
結果、百目鬼刑事と部下の芹凛こと芹川凛子刑事は急遽現場へと駆け付けることとなった。
まず二人は青シート上の遺体に手を合わせる。その後雪混じりの北風に百目鬼はすり切れたコートの襟を立て、芹凛は顔にマフラーを巻き付け、あとは黙りこくったまま現場検証に入る。
身体は芯まで冷えたが、貪欲に作業を遂行し、そして署へと引き上げた。
「今日の現場検証や他の情報も入れて、今わかってることを整理してくれ」
百目鬼が芹凛に指示すると、「すでにまとめてあります」とどや顔で資料1枚を差し出してきた。
「お主、やるなあ」と鬼の頬を緩ませて目を通す。
死亡原因 : 絞殺
死亡推定時刻: 2日前未明
被害者情報 :
46歳 金融会社 社長
あくどい商法で、
多くの顧客から恨まれていた。
「うーん、これだけでは仮説も立てられないなあ」
ボソボソと漏らした百目鬼、あとは真顔で「本件解決のための最初の一歩、まず何を捜査すれば良いか、貴職の考えを聞かせてくれ」と芹凛に迫る。
だが女鬼刑事はこれに動じず、「死体が入った木箱の行き先です」と言い切る。
百目鬼はこの意見に大きく頷き、「よっしゃー、漁師たちに聞き込みをしよう」と拳を握った。そして3日後には新たな情報が集まった。
木箱は近くの港で積まれて、10キロメーター沖の
島民は10人ほどの女性たちだけ。
そのせいか、生業は漁師ではなく、意外にも島の洞窟を使った倉庫業。
そしてこの地域では考えが及ばぬほど裕福だという。
されども噂では、島名通り、般若がイヒヒと笑ったような女たちばかりで、かつ深夜にはゾンビが松明を持ってぞろぞろと歩くとか。
こんなホラーな島に、漁師たちさえも近付かないし、誰も訪ねて行かない。
これらの情報を一つ一つ租借していた芹凛が尖った顎をゆっくりと摘まみ、呟く。
「梱包物を永久に隠してしまいたいと思ってる客がいたとして、それを受け、たとえ中身が死体であっても、まっすぐ洞窟倉庫に運び込む。この生業、保管料がずっと担保された、お金に絶対困らない結構なご商売だわ。転職しちゃおうかな」と。
百目鬼は「馬鹿もん! 俺らの天職は刑事だぞ」と活を入れ、「真実は何か、今から笑般若島に行くぞ」と正確に垂直に立ち上がった。
嫌がる漁師を説得し、荒波を乗り越え、上陸。
しかしまことに驚きだ。海に向かってまさに豪邸が建つ。そして
笑般若どころではない。刑事は折り目高に挨拶し、いくつかの質問をする。
これにより、中身不問の倉庫業を営んでること、夜な夜な怨霊が現れるため家の周辺に高い塀を築き、防御していることなど、噂通りであった。
そして最後に、芹凛が鋭く「海人太郎さまは奥さまと離れ、どちらで、何を?」と詰問する。
これにマダムは女同士だけが感じる棘が刺さったのか、サッと血を引かせ、「男たちは島を囲む結界を超え、俗世界の本土で世直しをしてます。そして女だけのこの聖地には時々戻ってきます」と答えた。
それから一拍置いて、「あんさんは海人の敵ね」とイヒヒと口元を歪ませる。
こんなぶつかり合いもあったが、海人家は事件に絡んでると、その自信を得て二人は署に戻ってきた。そして翌日、さらに調べ上げる。
「コーヒーでも?」と芹凛が声を掛けてきた。
百目鬼にはわかってる、お嬢の推理がまとまったのだ。話してみろと目で指示を飛ばすと、芹凛が語り始める。
「春祭光一の絞殺事件はほんの一部です。島の男衆は殺し屋集団、依頼人から多額の金をもらって殺人、その上に木箱に詰めて、島に送る。つまり殺人料と保管料がメシの種なのです。そうでなければシチリア島にあるような別荘暮らしは出来ません」
百目鬼がこれに親指を立てる。
しかし芹凛は「多くの行方不明者がいます。きっと海人グループに殺され、遺体は洞窟で木箱に入ったまま保管。この無念さの証がゾンビたちです」と唇を噛む。
そして百目鬼は「戸籍調査では、島の住民は太郎と花子の二人だけ、他は無戸籍だからなあ、実態がない」と腕を組む。
こんな歯切れの悪い百目鬼を見たことがない。
「海人太郎と花子は人間に似た海の妖怪、特にあんな嫁、いやメスには負けられないわ」と芹凛がドンと机を叩く。
これに百目鬼は本来の鬼刑事に戻ったのか、目をぎらつかせ吠えるのだった。
「さっ、行くぞ! 洞窟倉庫を全部暴きに。これこそが大事件解決への、次の一手だ!」
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