第27話 女刑事、正義に怒る

 古びたビルの屋上から男がぶらりと吊るされ死んでいた。第一発見者は向かいの高級ホテルの警備員、早朝の点検時にだ。

 そこから緊急連絡が入り、百目鬼刑事と部下の芹凛こと芹川凛子刑事が現場へと駆け付けた。

 その後すぐに鑑識班も到着し、衆目に晒された首吊り死体は引き上げられ、検死作業が行われた。

 結果、屋上で撲殺され、その後首にロープが巻かれ、闇へと放り投げられた、そんな殺人事件だと結論された。


 そして仰天。

 被害者は正義のカメラマンと勇名を馳せる神馬一騎かみうまいっきだった。

 事実この男の特ダネにより、名前通り孤軍奮闘で俗界の数々の悪事が暴かれてきた。

 昨夜も獲物を狙っていたのだろう。立ち入り禁止スペースに超望遠レンズ装着の高性能カメラが転がっていた。これは証拠品、もちろん内臓画像は詳細に解析された。

 そしてそこに映っていたもの、驚愕だった!

 それは飛ぶ鳥をも落とす勢いのある大物議員Fとトップ女優Kの密会現場だった。


「高級ホテルの一室で、著名人同士の男女の関係、いや、それ以上に腐れ金の授受の瞬間。確かに噂はあったわよね、女優Kは裏社会からの運び屋だと。これぞ凄いスクープだわ」

 色恋沙汰以上に金銭絡みが大好物の芹凛がスクリーンに映し出された画像を見て、浮ついたことを呟いてしまった。

「もっとクールになれ」、百目鬼から間髪入れずの一喝が。

 芹凛はハッと我に返り、絵の隅から隅までチェックしていく。それにつれ面玉から不気味な光を放ち始める。

 そして最後に女刑事が言い放つ。

「これ、フェイクだわ!」


 すぐさま百目鬼が「どこが偽物なのだ?」と問い質すと、「女優Kの身長は170センチ、この比で行くと、この議員Fは190センチとなります、この背丈はあり得ないわ」と言い切る。

「ということは、ここに映った男と女は変装した偽者ってことか」と百目鬼が再確認すると、芹凛は「正義のカメラマン、一騎が偽者たちを使いこの状況をでっち上げようとしたのか、それとも成り済ました男女にガセネタで嵌められたのか、そのどちらかと思います」と粗っぽく推理を述べる。

 この勢いに上司は「要は陰謀絡みの殺人だな」と頷き、「さっ芹凛、FとKの裏を取りに行くぞ」と本格捜査へとのめり込んで行った。


 1週間が経過した。

 大物議員Fと女優Kはその日共に温泉旅行、その足取りが確認された。

 これにより一騎が撮った写真、そこに映った男女は偽者だと判明した。

 だがFとKは悪金わるがねで繋がった不倫仲、噂は真実だったと知れ渡ることとなり、最終的に世間を仰天させるスキャンダルと相成ってしまったのだ。

 されどもなぜ一騎は殺されなければならなかったのか?

 捜査に大きな進展はなく、二人の刑事は腕を組んだまま身動き一つしない。そんな静寂を破って、百目鬼が芹凛に訊く。「人間の欲、何があると思うか?」と。

 こんな禅問答のような質問、まことに鬱陶しい。

 だが一応上司、芹凛は「財欲、食欲、性欲、名誉欲、睡眠欲の5つでしょ。ひょっとして6つ目もあるかも……」とボソボソと返事する。

 するとオヤジが「じゃ、その6つ目の欲は何だ?」としつこい。


 されども、6つ目の欲ね……?

 芹凛はしばらく沈思黙考。

 その果てに「正義欲です」と。

 すると上司は御名答と拍手し、「正義を貫きたい、そんな純真過ぎる欲、もし高ずれば殺人事件もあり得ると思わぬか」と語る。

 こんな屁理屈、だが考えてみれば、一理ありそう。芹凛は何かに気付き資料室へと消えて行った。


「コーヒーでも如何ですか?」

 突然現れた芹凛が上司に尋ねる。百目鬼はわかってる、芹凛が推理を組み立て終えたのだと。話してみろと目で合図を飛ばすと、芹凛は堰を切ったように。

「カメラマンの神馬一騎は悪を暴くため、正義のため偽写真も公表していました。しかしその嘘写真で犠牲となり、崩壊した家族が過去に3例ほどありました。その子供たちが今は成長し、ネット内で正義第一軍団という組織を運営しています。今回はこの軍団が変装し、おとりとなって、正義を食い物にしてきた一騎をビル屋上へと誘き寄せたのではと思います」

「それで、議員Fと女優Kは?」

 百目鬼は芹凛の詰めを確認する。


「FとKは自分たちの悪行を暴こうとする一騎が気に食わなかった。そこへ軍団からの一騎おびき寄せ計画を知らされ、これに便乗し、殺し屋を送り込み、見せしめのように殺害した。軍団は正義第一の名の下、一騎への恨みを晴らし、さらにFとKの関係を公にし、追放できた。要は一網打尽に成敗を果たしたのです。こんな思い上がった正義、絶対に許せないわ」

 女刑事の怒りが熱い。


 だが百目鬼は「大きな正義の背後には大きな憎しみがあるんだよ」と淡々と吐く。

 あとは女鬼と化した部下を思ってのことなのだろう、「芹凛の正義、その怒りこそが真のジャスティス、さっ、芹凛の仮説の証明に出掛けるぞ」と鬼の目をギョロッと剥き、席を立ったのだった。


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