第30話 鬼嬉々山
そして満月の夜には時折裾野に広がる竹藪に下りてきて、エッサ、オッサ、ホッタラカーネーと変ちくりんな掛け声を上げ、踊るらしい。
一体何のために?
村人の噂では、多分タケノコでも掘り起こして喜んでるのだろう、と。
そんな気味悪い竹藪の一部が、宅地造成のため最近掘り返されてる。
今日もショベルカーが暗くて湿った奥地まで侵入し、ガーガーと唸ってる。
昼下がり、作業は真っ只中、そんな時に、何かが出てきた。
世間はその騒ぎを、ネットニュースにより知ることとなる。
―― 鬼嬉々山の竹藪で、
重機のオペレーターがショベルで、
白骨遺体を掘り起こしたのだ。
鑑識によると、
遺体の主は80歳を超える男性。
これは殺人事件か?
だが骨には殺害に繋がる痕跡はなかった。
ならば自殺か?
されど遺書等は見つからなかった。
ならば竹藪に迷い込んでの事故死?
いや、違うだろう。
やっぱり鬼嬉々山に棲む鬼の仕業だ。
こう地元では囁かれてる。
なぜなら、鬼は人から福を奪い取る。
それで気分は上々、
つまりルンルンになるのだ。
いずれにしても真相は藪の中。
今後の捜査を見守りたい。
「何よ、この報道! 他人の不幸を、茶化すんじゃないよ!」
現場検証から署に戻って来た芹凛こと
「おっと、お嬢さん、頭から湯気が……、水蒸気爆発してるのか? まあ気持ちはわかるぜ、だけど俺に向かって、そのスマホだけは投げ付けないで、チョンマゲ」
こんな上司のたしなめに、まだ腹の虫が収まらないのか、「絶対、仏さんの無念を晴らしてやるわ」と拳をぐっと握る。
これに百目鬼がすぐに問う、「で、どっから手を付けるんだ?」と。
この切り返しにウッと声を詰まらせた凛子刑事、思考を脳内で一度シャッフルし、背筋をビシッと伸ばす。
そして低い声だが、明確に。
「最優先は身元確認です」と。
この部下の解答に、百目鬼は「異議なし!」と握り拳を前へと突き出す。芹凛はスマホを持ち替え、己の拳をそこへコツンと合わせるのだった。
1週間が経過した。
頭蓋骨の歯形から仏さんは竹藪近くの住宅に息子夫婦と同居していた
されども行方不明届けが出ていない。
百目鬼と芹川は早速息子を訪ね、どんな事情があるのかと問い質した。
しかれども返答は……。
「オヤジはちょっとボケが来てまして、最近山裾にある延命老人ホームでお世話になってます。1週間に一度はお泊まり帰宅しますから。要は、今も生きてますよ」
これは意外。
そのため刑事二人はそのホームへと直行する。
するとホーム長は涼しい顔で「坂巻雄三さんですね、あそこで皆さんとお遊戯されてる方です、お呼びしましょう」と答え、立ち上がった。
しばらくして老人が連れて来られ、芹凛刑事が「おじいちゃん、お名前を教えてください」と早速声を掛ける。
すると老人は眼光鋭くし、「私は坂巻雄三であります」と明確に答えた。
一体これはどういう事なのだろうか?
すっきりしない百目鬼と芹凜、すぐに坂巻の自宅付近に戻り、聞き込みを行った。
その結果、「坂巻さんちのおじいちゃんですね、長年会社勤めをされてたとか。その晩年はのんびりさせてやりたいとかで、1年ほど前に息子さん夫婦と一緒に引っ越して来られましたわ。今はホームから時々戻って来られますが……、そのおじいちゃんの事ですよね」と。
現場から署に戻ったベテラン刑事の百目鬼も、白骨遺体の仏さんが今も生きてるというこの不可思議にデスクで頭を抱えてしまう。
しかし幾つもの修羅場をくぐり、百戦錬磨の鬼刑事、突然目を大きく開き、部下に訊く。
「この謎を解くための、次に着目すべきポイントは何だ?」
そんなのわかってるくせに。
芹凛はホントに面倒臭いオヤジだなと思ったが、上司のプライドを傷つけないように、「こんな事態になってしまうべき、誰かの動機であります」と答える。
百目鬼は無言で顎を引き、「よし、それに繋がる情報を集めてくれ」と。
「合点承知の助で、ありま~す」
こうして芹凜はパソコンでの検索にのめり込んでいったのだった。
1時間が経過した。
芹凛が突然立ち上がり、百目鬼の前へと大巾で歩み寄る。
「刑事、お疲れでしょ、コーヒーでも入れましょうか?」
部下のいつものパターンだ。
百目鬼刑事はわかってる。情報をまとめ、一応完結の声掛けだと。
上司はカッと目を見開き、「1杯の香りよりも、まずは貴職の推理を聞こう」と。
この言葉に芹凛はニコッとし、プリントアウトした延命老人ホーム案内を手渡す。
そこには……。
あなたのそばに、
もし経験豊かなお年寄りがいれば、
価値ある助言を受け、
あなたの人生救われるでしょう。
もしご要望があれば、派遣致します。
素敵なシニアを。
「なるほどな、あのホームは老人派遣業をやってんだ」
百目鬼が確認すると、芹凛は明言する。
「そうです、だから息子夫婦宅に1週間に一度来る老人は坂巻雄三の……、つまり成りすましAです」と。
さらに口から泡を飛ばしながら言い切る。
「坂巻雄三は多分病死した。その後息子はホームと契約し、父親を竹藪に遺棄した。そう推察出来ます」
これに百目鬼は「わかった、だが、その動機は?」と突っ込む。
芹凛は若干自信なさそうに、「多分、私の勘ですが……、年金かな」と。
こんな推し量りを受け、百目鬼はデスクをドンと叩き、「それしかないだろ、とにかく老人が生きてる限り入金されるからな」と言い切る。
されども芹凛は「今派遣されて来るおじちゃんA、明日死ぬかも知れないし、息子にとって果たして安定的な収入源になるのかしら」と口ごもる。
ここはベテラン刑事、上司として部下の迷いに決着を付けてやらねばならない。
「いいか、今の成りすまし爺さんAが死んだら、Aとして葬式するか、もしくはまた竹藪に埋めて、いずれにしても今度は坂巻雄三の行方不明届けを出せばよいんだよ」
この助言にハッと閃いた芹凛、「あっ、そうでしたね、行方不明者の死亡が確定するのは、7年後。たとえAさんが亡くなり、来週から派遣が来なくとも、父はホームを抜け出し、行方不明になった。これで坂巻雄三の息子夫婦は少なくともあと7年間、親父の年金を手にすることが出来る、ってことだわ。――、damn it!」と、怒りで血が滲むほど唇を噛む。
一方百目鬼刑事は天を睨み付け、腹の底から絞り出すのだった。
「鬼嬉々山にはルンルン気分の鬼がいる、そんな謂われが確かあったな、あいつらこそがその鬼畜ルンルン、クソ野郎だな。こっちは誠の鬼だ。さっ、そこの――、正義の女鬼刑事さん、やつらを成敗しに行くぞ!」
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