第21話 失恋は時に
高台にある公園の桜が朝の鋭角に射し来る光に、淡いピンクの輪郭をぼんやりと浮き上がらせてる。そんな逆光の先で、女が一人フェンスに指を絡ませて、血みどろになり息絶えていた。
第1発見者は近所のご老人、いや愛犬だ。毎朝のこと、爺さんはこの公園まで散歩に来て、犬と戯れる。
しかし、今朝は違っていた。リードから解き放たれた犬が一目散にフェンスに向かって駈けて行く。それからこちらに来てくれと激しく吠え立てたのだ。
殺人事件、だが犯人の痕跡は何も残されていない。また被害者、婦人の夫は海外出張中であり、この背景がつかみ切れない。
このような事情で、モーニングニュースでは……。
『花咲き狂う
東の空が紅く染まり始める早朝に、桜花を愛でる時間でもないのに……。
なんのために夫人は、そんな時間に、この場所に出向き、
背後から刺されなければならなかったのだろうか?
なぜ?
まことにミステリアスな事件だ!
こんな報道に世間は大騒ぎとなった。
そしてその興味に呼応するかのように、百目鬼刑事と部下の芹凛こと芹川凛子刑事は急ぎ現場へと入った。
だが、つまるところスマホだけが被害者のそばに転がっていただけだ。他に犯人に繋がる手掛かりは何もない。
そのためかいつになく百目鬼刑事が「うーん、すべては藪の中だな」と手応えなく吐く。
しかれども芹凛にはピーンと来るものがあった。
「これはきっと写真投稿のSNS絡みだわ」
第六感だけの芹凛の言葉に、「何じゃ、それ?」と百目鬼が顔を覗き込む。
というのも百目鬼は未だガラパゴス・ケータイを愛用し、ラインやインスタなどに馴染みがない。要はちんぷんかんぷんなのだ。
されどもこのコンビはうまく組み合わされている。百目鬼の古典的な知識や思考を部下が充分補完してくれるのだ。
「今流行ってますよ。だから、このスマホの中に、犯人に繋がる手掛かりがありそうだわ」
芹凛の目がキラリと光る。
百目鬼は、まだ若いが、この女鬼の勘に一目置いている。
「よっしゃ、そのSNSとやらを、とことん調べてくれ」
百目鬼は現場でこう指示を発し、そそくさと署へと引き上げたのだった。
3日の時が流れた。百目鬼が聞き込みから戻ると芹凛が天井を見上げてる。
「おい、お前の言う仏さんの写真投稿から目星は付いたのか?」
百目鬼が訊くと、芹凛は赤く腫らした目で、「殺害された夫人はhappysachikoと名乗っていて、毎月の月初に、多分好みだったのでしょうね、あの公園のフェンスの隙間から御来光を撮って載せてるのですよね、だけど……」と、もう一つ進展がなさそうだ。
「ほー、いい趣味じゃないか、それが未明に公園に行った理由なんだな。それで?」
百目鬼が突っ込むと、「それが、あとはダンナとの仲睦まじい写真ばかりで、フォロワー数が1000を超える人気者ですが、犯人に繋がるような写真はまだ見付かってません」と芹凛が唇を噛み締める。
ここは上司の出番、「ちょっと写真を見せてみろよ」と百目鬼は要求し、さあっとチェックしてみる。そして突拍子もない質問を投げ付ける。
「おい、芹凛、3対6対1の法則って知ってるか?」
芹凛はこれにキョトン。
この反応を確認した百目鬼、あとは先輩らしくオヤジの講釈を一節。
「いいねが一杯付いているけど、こんな幸せそうな写真ばっかり見せ付けられたら堪ったものじゃないよな。だから本当にいいね、素晴らしいと思うヤツが3、どうでもいいねが6、こん畜生、殺してやりたいと思うヤツが1、いわゆるこれらの写真の裏には3対6対1の割合で閲覧者がいるってことだよ」
「そうなんだ」
芹凛は思わず目から鱗が落ちるがごとく漏らしてしまった。
こんな意外にも
それでも1時間後に、芹凛が熱いコーヒーが入ったマグカップを百目鬼のデスクの上にどんと置いた。
こんな
そこですかさず話してみろと目配せすると、芹凛は頬を染めて、とうとうと語り出す。
「happysachikoのフォロワーの中に、ダンナと道ならぬ恋に破れた女がいます。もちろん部長夫人はそれに気付いていて、これでもかこれでもかとダンナとの幸せフォトを載せ、当て付けしてたようです。これに失恋女は我慢出来なくなり、月初めにhappysachikoが御来光に願を掛けに行くのを過去の投稿写真で知り、ここぞと犯行に及んだのではないでしょうか。犯人は、happysachikoに最近『Good bye my love in deepest sympathy.』とコメントした女です」
こう言い切った芹凛が、断崖に立ち、自撮りされた犯人とおぼしき女性の写真を示す。
百目鬼はその画面を見て、鬼の目をギョロッと剥いて天に向かって吠えるのだった。
「これは
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