第20話 妖怪祭り

 季節は秋、ヤマボウシが赤い実をつける頃、町を貫く川の上流へと足を踏み入れてみよう。最初に水しぶき立つ滝に行き至る。

 そこで耳を澄ましてごらん。ケラケラと、水音がまるで女の笑い声のように聞こえてくるから。

 どうやら口紅をべっとりと塗った朱唇しゅしんの大女、淫婦の霊の倩兮女、いわゆるが水浴びしてるようだ。

 ボケッと眺めてると、遊んでくんなましと滝壺に引きずり込まれるから気を付けよう。


 それを無視し、脇道からさらに登って行くと、古い社がある。

「トン、トン、トンカラ、トン」

 寂れた神苑から珍奇な歌声が。目を遣ると、全身包帯巻きの、日本刀を持った男が年代物の自転車に乗って歌ってるではないか。

 へたくそと横を向くと、「お前も歌え」と要求してくる。

 ここは適当に節を付けて、♪ ト~ントン、トンカ~ラ、トン ♪ と歌ってやれ。さもなくば斬られてしまうぞ。

 あとは知らんぷりして先へと進む。


 すると「こっちだよ」と目が皿のようながピョンピョン跳ねながら手招きしてくれる。

 だが一本足のため、跳躍は百回が関の山。

 中途半端で仕方なく「またな」と別れ、沢沿いに進むと、「おい、水飲め、茶を飲め」と背後から声が掛かる。振り返ると、おかっぱ頭のが突っ立ってる。

 こいつはムジナの化け物、ちょっと危ないから返事せず前進せよ。

 すると洞穴の前へと辿り着く。


 中を覗いてみよう、医者二人が「どうも」「こうも」と言い合い、首を順番に取り替え合ってる。

 これは摩訶不思議だ。

 そこで質問を、「先生、どっちの首がお気に入りなんですか」と。すると医者はうーんと唸り、二人同時に首を外してしまう。

 とどのつまり、どうもこうもならなくなる。

 そう、この医者たちは幽鬼、なのだ。


 さらに奥へと入って行くと、紅い木の下でが囲碁を打ち、横で琵琶牧々・が変ちくりんな音楽を奏でてる。

 頭上の枝では怪鳥の以津真天・が「いつまでいつまで」と鳴いている。


 この山は一服山いっぷくやまと呼ばれ、秋の一時、全国各地からやって来た化け物たちで大賑わいとなる。

 なぜなら山姥やまんばの主催で妖怪祭りが執り行われるからだ。

 とにかく年に一度の祭り、魑魅魍魎につつがなく楽しんでもらわなければならない。

 さもなくば不機嫌となり、人間に八つ当たりすることとなる。つまり各地で災いがてんこ盛りとなるのだ。

 この事態を避けるため中腹に、人間界からの世話役、魔寿屋ますやが屋敷を構える。

 当然中立を保つため、人間界とのお付き合いは遠慮がち。

 巷の噂によれば、透き通る肌を持つ三人のお嬢がいるとか、いないとか、……てなてな具合だ。


 こんな謂われ因縁がある町で、町長の一声「妖怪祭りで町興しをしよう」と、本年より大々的に開催する運びとなった。

 企画は、妖怪に仮装した人たちが滝へと百鬼夜行し、滝壺にかんざしを投げ入れ、祈願するというもの。

 そして、その夜がやってきた。

 三日月は鋭い鎌のよう、闇空をグサリと突き刺す。

 その下の滝では、松明たいまつ紅蓮ぐれんの炎が立ち上がり、倩兮女けらけらおんながケラケラと笑う。

 どうもこちらを窺ってるような、そんな非日常的な世界を味わってみたいと、一つ目小僧、お岩さんなどに扮装した人たちがぞろぞろと登り来る。


 しかし、どう見ても人間っぽい。

 それでも次から次へと簪を滝壺へと投げ入れて行く。これは願いが叶うよう、簪を生娘に見立て、天地万物の神に犠牲いけにえとして捧げるという意味。

 もちろん町長のアイデアで、入山時に1本1000円で買わされる。

 つまるところ妖怪たちが棲む幽玄なる世界は壊れ、はしたない浮き世がそこに現出したのだ。


 夜は明け、白装束の女が滝壺に浮かんだ。

 急遽現場に入った百目鬼刑事と部下の芹凛こと芹川凛子刑事、幻妖な空気を感じながら検証を終えた。

 仏は魔寿屋の三女の姿月しづき、滝の上で絞殺され、落とされたものと判明した。

「この事件は、どうも妖怪祭りを世俗的に推進しようとする町長と、一服山の妖怪たちを守ろうとする魔寿屋との確執、それが原因では」


 百目鬼のこの呟きに、芹凛が「刑事は魔物と親戚なんでしょ、きっと勘は当たってるわ」と頷き、あとをボソボソと続ける。

「姿月は町長主催の下等な妖怪祭りを阻止するため、言い争って、誰かに己を殺させる。つまり推進派を殺人者に仕立て上げることを目論んだのよ。もしそうなら、その不名誉が一番効くのは町長一族よ、だから町長の息子あたりが、罠に嵌められたかもね」


 この推理を聞いた百目鬼、「姿月は綺麗な身体を犠牲として捧げた。ならば彼女からの最後の伝言、すなわち殺害される時の携帯動画とか、ICレコーダーとかを……」と鬼の目をギロリと剥いた。

「きっとどこかに残してるはずね」

 怒髪天を衝く、芹凛はすぐさま「その証拠となるブツ、絶対見付けてやるわ!」と、滝の上へと飛ぶように登る。

 その姿はまるで女天狗のようだった。


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