第19話 女鬼(おんなおに)の罠

『台風直撃下、社長・桐坂一郎きりさかいちろう氏、公園で刺殺される!』

 夕刊にこんな見出しが躍る。

 そして記事には……。

 昨夜都心を襲った大型台風、その暴風雨の中、桐坂氏は自宅から3キロメーター離れた公園で、鋭利な刃物により刺し殺された。

 第1発見者は公園の管理人。

 台風が去り、朝方見回ったところ、倒木の脇でうちぶせる男を発見。救急車を呼ぶが、すでに心肺停止していた。

 男性は大企業の社長・桐坂一郎氏で、午前2時頃に殺害されたと判明する。

 また身辺に、現金300万円入りのバッグと高価な人形が放置されていた。

 この状態からして、金銭目的でなく、怨恨による犯行とも考えられる。

〈台風直下社長刺し殺され事件〉として捜査本部が立ち上げられ、現在犯人を追っている。


 急遽この事件に駆り出された百目鬼刑事と部下の芹凛こと芹川凛子刑事は急ぎ現場へと入った。

 そこにはいくつもの大きな水たまりが残り、木は倒れ、フェンスが四五度に傾いている。まさに昨晩いかに風雨が強かったかを物語ってる。

 しかし一方で、この状況を解釈し直すと、血痕も足跡もすべては洗い流されたということになる。そんな状況下で、現場検証を終えた芹凛がブツブツと口を動かす。

「雨風により、犯行の痕跡はすべて消されてしまったわ。それを目論んでのこんなり方、そう、裏になにか汚い陰謀が隠されてそうで……、犯人はきっとプロの狩人だわ。凄腕だもの」


 こんな呟きを耳にした百目鬼、「殺人者を賞賛するな!」とたしなめてはみたが、考えてみれば、芹凛が感ずるところは当たってる気もする。そこで一つ突っ込む。

「大企業の社長はセキュリティの観点で絶対に単独行動しない。だがこのケース、一人で出掛けて行った、しかも台風の夜に。それは――、なぜだ?」

 芹凛は、犯人を凄腕の狩人と主張した以上、答えを持っていた。

 ここは動じず、「罠ですよ。それが何かはわかりませんが、桐坂は一人でどうしてもこの公園に行く必要があったのです」と言い切った。


 百目鬼はこれに女刑事の鋭い嗅覚を感じたが、まだ核心を突いていない。

「ヨッシャー、桐坂は犯人が仕掛けた罠に嵌められた、そしてここで殺されたとする。ならば、その罠は一体何なのだ? もしこれがわかれば、捜査はぐんと前進するぞ」

「百目鬼刑事、その通りです」

 こうして捜査方針は決まり、二人はとにかくその仮定の下で没頭した。

 しかし、暴風雨の中の殺人事件、目撃者はいない、凶器は見つからない、犯人の足取りはつかめない。まさにないない尽くめ。進展はなく1週間が経過した。


 聞き込みから戻った芹凛、デスクでボーと天井を見詰める百目鬼に「今日も成果なしです」と報告する。

「ああ、ご苦労さん」

 百目鬼は一言だけ返す。

 この無愛想なレスにムカッときた芹凛、だがその心情を無視して百目鬼が……。

「現場に現金と高価な人形が残されていたな。これらを軸に、社長が公園に出掛けなければならなかった理由、それをもう一度推理してくれないか」

 疲れてるのに、追い打ちを掛ける要求、芹凛はこのくそオヤジがと思ったが……、それにしても人形?


 あらためて考えてみれば可笑しな話しだ。芹凛は今までの思考を整理し直す。そして15分後、「コーヒーでも如何ですか?」と芹凛が訊く。

 百目鬼はわかってる、芹凛が今までの捜査で判明した事項をシャッフルし、そして新たに繋ぎ合わせ、ストーリーを組み立て終えたのだと。

 間もなくマグカップが差し出され、「さっ、話してくれ」と百目鬼が目で合図を飛ばすと、芹凛がとうとうと語り始める。その要点とは――。


 桐坂の孫娘、藍月あいづきは誘拐された。

 まず警察に通報すると孫を殺すぞと脅された。そして犯人の要求は、藍月との引き替えに祖父の桐坂一人で、台風の夜に身代金を持って来いというものだった。

 桐坂はその指図通り、つまり金と、孫が喜ぶであろう人形を持って公園へと出掛けて行った。


 しかし、誘拐は藍月の母、紫月しづきの狂言。

 その深意は暴風雨の中桐坂を一人にさせるため。

 桐坂はこの罠にまんまと嵌まり、計画通り刺し殺された。

 桐坂家の嫁、紫月は御狩場みかりばの女一族の娘。

 血肉けつにくに母の朱月しゅづきと妹の幽月ゆうづきがいる。

 目的は女一族による桐坂家の乗っ取り。そのために嫁の紫月が計画し、その母の朱月が孫を預かり、嫁の妹の幽月が桐坂を刺す。

 このような御狩場の血の結託よる犯行のようだ。

 もちろん次に狙われるのは桐坂一郎の息子、すなわち紫月の夫となる。


 こんなおどろおどろしい仮説を立てた芹凛、疲れたのかフーと一息吐く。

 それに百目鬼は「事実は小説より奇なり、ってことか。イヨッ! そこで女鬼さん、芹凛の出番だぞ。極悪狩人の連中に必殺の罠を仕掛けてみろ」とニッと笑う。

 こんな焚き付けに芹凛はしばしの黙考、その後ギラギラと目を輝かせ、鬼神のごとく発す。

「桐坂が持参した隠しビデオとICレコーダー、そこには犯行の一部始終が記録されている。それらは現在、持ち帰ったことがバレて、厄介なことになることを恐れた第1発見者の手元にある。早急に捜査本部が押収する予定。こんなウソ情報を流しましょう。きっと紫月、朱月、幽月は慌て、何らか動き出すでしょう、その尻尾を捕まえましょう」

 これに親指を立てた百目鬼、あとは狩人より恐い鬼の目をぎらつかせ、吠えるのだった。

「罠は漠然ではダメだ。もっと具体的に! に内蔵された隠しビデオとICレコーダーとせよ。さっ芹凛、御狩場一族の陰謀、俺たち鬼が絶滅させてやろうぞ!」


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