第18話 男の嫉妬に、女の嫉妬が絡む時

 朝一番、エレベーターが開けば、男性が血みどろに。そして女性は首を絞められていた!

 なんとこれは地獄絵図的な見出しか。

 昼食時、サラリーマンたちはこのニュースに縮み上がる。


 さらに詳しくその内容とは……。

 優良企業がこぞってオフィスを構える某ビルディング、そこには六本のエレベーターがある。

 その内の3本、A~C号機は地下から20階までの各階停止、残りの3本のD~F号機は1階から20階へ直行し、20階~40階間での使用となる。

 朝6時に出勤した28階の社員が1階でエレベーターを待っていた。すぐにF機が到着し、ドアが開いた。

 そして社員がそこで見たものは、心臓が止まるかと思うほどの、あまりにも凄惨な光景だった。

 7平米の狭いカゴ内の床に一組の男女が……。

 女はナイフを手にしたまま倒れ、男は血みどろで女の首に手をあてがい、二人は絶命していた。


 緊急通報により初動捜査が行われ、現段階で判明したことは――。

 男性は花形断然はながただんぜん、15階の某一流企業の、将来を有望視された超エリート社員。

 一方女性は同社社員で、ミスセクレタリー・ナンバーワンに選ばれたことがある青夜恋夢あおやれんむ

 なぜ、このような優秀社員が互いに殺し合わなければならなかったのか?

 二人はオフィスラブの果てに、愛憎の淵に滑落したと噂されている。


「おいおい、書いてくれるじゃないか、実にオモレー!」

 急遽本事件に駆り出され、現場検証から戻った百目鬼刑事、デスクに置かれた夕刊紙を一読し、ププと吹き出す。

「刑事、不謹慎ですよ。私たちはこの不可解な事件の解決を任されたのですから」

 部下の芹凛こと芹川凛子刑事が妖魔の形相で睨み付ける。


 確かにその通りだ。

 百目鬼の長年の勘からすれば、この事件は色恋沙汰よりもっと深い闇がありそうだ。そんな疑念を芹凛も持っているのか、オヤジに負けじと……。

「彼らのオフィスは15階ですよね、なぜそこには止まらないエレベーター・F号機内で殺人事件は起こったのでしょうか? いえ、あの縺れから見て互いに殺し合った、もしそのように思わせる偽装をした犯人がいたとしたら、犯人の狙いは15階は無関係、そこでは犯行が行われなかったと強調したかったのではないでしょうか」


 芹凛のなかなかの読みだ。

 百目鬼はしばらくこれに沈思黙考、といえば格好良いが、芹凛が「寝てるのですか?」と声を掛けると、おっと目を開き、少し首を傾げながら次の捜査方向を言い放つ。

「俺は二流だからよくわかるんだ。花形と青夜のような一流に出くわすとムカッとくるんだよなあ。そう、俺のようにひがみっぽいヤツが身辺にいるかもな、さあ当たってみよう」


 こうして百目鬼と芹凛は3日間徹底的に聞き込みを行い、今デスクで向き合ってる。

 だが芹凛はこのが辛抱できず立ち上がり、マグカップにコーヒーを注ぐ。それからおもむろに百目鬼に差し出す。

 百目鬼はわかってる。こんな時、芹凛は自分の推理を披露したくて堪らないのだ。その鬱屈うっくつを解き放ってやるかのように、「話してみろ」と顎を上げる。

 すると芹凛は堰を切ったかのように女刑事の意地ある主張をほとばせるのだった。


 このビルのメンテ会社、つまりエレベーター保全業務をしている黒界くろかいという男がいます。彼は花形の高校の同級生、学業はトップクラスでした。

 しかし家が貧乏で進学できませんでした。

 そんな黒界がある日見掛けたのです、流暢な英語で外人ビジネスマンと会話し、颯爽と歩く花形を。

「ヨッ、頑張ってるじゃないか」と声を掛けると、花形に「Keep a distance from me ! 」、要は、俺に近寄るな! と怒鳴られました。


 しかし、花形と同会社の経理部所属の女性社員、嫁姫沙耶よめひめさやは違いました。いつも笑顔で、黒界にご苦労様と声を掛けてくれました。

 そしてある日、話しを聞いて欲しいと嫁姫から誘いがあり、黒界が会ってみますと、涙ながらに訴えるじゃありませんか。

 恋人だった花形が出世できるようにと、今まで嫁姫なりに金銭的にも肉体的にも一所懸命サポートしてきたにも関わらず……。

 花形はその強い上昇志向で、経営に近い秘書、青夜恋夢に乗り換えた。結局、私は捨てられました、と。


 さらに嫁姫は、黒界さん、あなたは花形に嫉妬してるでしょ、私は青夜にひどく嫉妬しています。あ~あ、この地獄から抜け出したい、だから……、そう、復讐、花形と青夜の二人に鉄槌を下しましょう、と誘ってきました。

 黒界は迷いましたが、花形の「Keep a distance from me ! 」の言い草が心の奥底に刻まれていて、最終的に合意しました。


 そしてあの夜遅く、エレベーターのプロの黒界はまず防犯カメラをオフにした。それから黒界と嫁姫は15階のオフィスに居残る花形と青夜を殺害。

 その後、エレベーターの認証テンキーを操作し、普段通過のF号機を15階で停止させ、花形と青夜が15階とは無関係な階で殺し合ったように、F号機内に偽装したのです。


 パチパチパチ……。

「中らずと雖も遠からず、新聞記事より面白いよ」

 百目鬼が笑ってる。

「ちょっとう、からかわないでくださいよ」

 ムカッときた芹凛、「だけど、なぜ黒界と嫁姫はこんな痴話的で、いずれバレるような殺め方をしたのでしょうね」と小首を傾げる。

 これに百目鬼は鬼の目をギョロッと剥いて、天に向かって言葉するのだった。

「神よ許し給え、この俗界では――、男の嫉妬に、女の嫉妬が絡む時、愛憎物語風な殺人事件が起こるもの……、なんだよなあ。さっ芹凛、捕まえに行くぞ!」


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