第17話 あいうえおの館

 梅の花がちらほらと咲き始めた。時節は春間近、気持ちが少々華やぐ。

 それは犬とて同じこと。

 鎖から解き放たれた柴犬が、以前から余程気になる物があったのだろう、『あいうえおのやかた』と呼ばれる小さなアパートの、裏手にある雑木林に一目散に駆けて行った。

 しばらくして、犬はドヤ顔で、骨一本銜えて戻って来た。

 鶏にしては太過ぎる。飼い主はびっくりし、交番へと届けた。


―― お手柄ワンちゃん、好物の骨をもらってご満悦! ――

 3日後、こんな見出しで、ご褒美の骨を口一杯に銜え、やっぱりドヤ顔の柴犬。そんな記念写真がユーモラスで、世間の喝采を浴びた。

 しかし、報じられたニュースは大事件。

 犬が藪から持ち帰った骨は、死亡推定時期が半年前の若い女性のものだった。すぐに現場検証が入り、刃物傷が残る骨も発見された。

 念のため周辺を掘り起こしてみると、さらに白骨化した女性の二遺体が現れた。検死結果、いずれも同時期の死亡だった。

 まさにこれは連続殺人事件。当然百目鬼刑事も、部下の芹凛こと芹川凛子刑事も捜査に加わった。


「こちらは、あいうえおの館って呼ばれてますよね。皆さん何をなされてるのですか?」

 紅梅がふっくらと蕾を膨らませてる。そんな玄関先で、百目鬼は亜瑠あると名乗る女性と、最近その夫になったという管理人のオサムに質問した。

 男は愛想笑いをし、「左の部屋から亜瑠、そして伊吹いぶきさん、宇砂戯うさぎさん、えんさん、一番右が私、オサムで、その頭文字を並べて、あいうえおの館なんですよ」と、ちょっと的外れに返してきた。

 それを察してか、亜瑠が補足する。

「私たちは文芸仲間です。だけど、それだけじゃ食べて行けませんので、私は家政婦をしてます。また他の三人はレジ打ちとか、デパ地下勤務でした」と。


 その一瞬だった、芹凛の目が獲物を狙う狐のように吊り上がった。

「デパ地下勤務……でした? なら、今は?」

 こんな芹凛の突っ込みに、亜瑠は「みんな、取材旅行に出てますわ」とシレッと切り返す。

 まさに雌狐と雌狸の一触即発、鬼の百目鬼刑事であってもここは出る幕がない。

 そして女の勘なのだろう、「生存されてることを証明できますか?」と芹凛がひるみなく問い詰める。


 しかれども亜瑠は淡々と「彼女たちのブログは更新されてるし、メールも来ます」と話し、「留守のお部屋の掃除代として、毎月10万円ずつの入金があります。それに家賃も……」と最後をはぐらかす。

 この一瞬の不遜な間を芹凛は見逃さなかった。今度は真正面にオサムと向き合い、畳み掛ける。

「あら、随分と裕福になられたのですね。三人のお部屋をちょっと見せてくださいませ」

 男は脇が甘い。こんなテンポに乗せられて、「伊吹さんに宝くじが当たりましてね。まっ、どうぞ」と手招きをしてしまう。

 旅行中だという女性たちの部屋にはPCもない。見事に亜瑠によって痕跡は消されていた。

 それでも本人たちの物だと差し出されたサンプルをDNA鑑定したが、すり替えがあるだろうの予想通り発掘した白骨と合致するものはなかった。


 それから2週間が経った。二人の刑事は焦ってる。その息抜きにと、珍しく百目鬼がコーヒーを沸かし、芹凛にカップを手渡した。

 芹凛は一旦香りを嗅ぐが、目を閉じたままでいる。

 仕方ないヤツだなあ、と百目鬼は呟き、芹凛の耳元で、「薄い壁1枚の隣室、それがキーだよ」と推理の呼び水を試みる。

 これにハッと目を覚まされたのか、芹凛の仮説が吹き出す。

 その内容とは――。


 宇砂戯は薄い壁の向こう、隣室の伊吹が宝くじを当てたことを察知する。

 そして伊吹の当選金を横取りしようと、自分の部屋に誘い、毒殺。

 あとは雑木林に埋める。

 それを隣室から窺っていた炎、宇砂戯を部屋に呼び、絞殺。

 炎は隣室のオサムに感付かれ、当選金の山分けを約束し、共に宇砂戯を埋葬する。

 だが、炎は欲に目が眩んだオサムに刺殺されてしまう。


 事は連鎖的に展開して行った。

 しかし、オサムは伊吹の口座からどう金を引き出すか、良案が見つからない。下手すれば捕まる。

 そんな困ったオサムを誘導したのが、今までのすべてを見て来た亜瑠だった。

 彼女は目立つことなく、大金を手にする方法を考えた。

 それは、まず伊吹の当選金を、各自のPC内にメモられていたパスワード等を使い、ネットバンキングで殺された女三人に振り分ける。

 そして掃除代として、三人から月10万円ずつ自動振り込みさせる、また無理矢理に結婚したオサムにも、伊吹、宇砂戯、炎から家賃代を振り込む。

 これを生涯途絶えることがない利得にするためには、この三人にはずっと生存していてもらう必要がある。

 そのため亜瑠は――、すでに殺され、雑木林に埋められてしまってる三人に、ネット内で、現在も生きてるように自らなりすました。


 ここまで一気に語った芹凛、それは未だ想像の域を超えられず、自信がない。

 そんな芹凛に百目鬼が吐く。「彼女たちは文芸仲間、小説を書いてたんだろ。ならば小説には、作者が見聞きしたことが必ずどこかに書かれてあるものだよ」と。

 これを耳にすると同時に、芹凛は席を蹴った。そして30分後、亜瑠の投稿ミステリー作品に、うっかりと記述してしまったと思われる一文を見つけ出してきた。


「ここにありました! 男は女を刺し、そのナイフをに埋めた、と」

 これを耳にした百目鬼刑事、鬼の目をギョロッと剥く。

「ヨッシャ、あいうえおの館の玄関にある紅梅、今が見頃だ。悪魔の所業の終わりに、オサム自身は亜瑠に殺され、伊吹の当選金は総盗りされてしまうだろう。芹凛、そうなる前に、証拠品のナイフを掘り起こしに行くぞ!」



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