第9話 芹凛の本音
現代ファションは氷河期、その原因はデジタル依存の若者たちの感性の欠落にあります。
アパレル会社社長の
こんなTV映像が古びたマンションの薄暗い一室に流れてる。それを背に、一人の男が「私が
これに美形の、されどもやつれた女が「石の」と続け、頭を下げた。それを確認し、この世のすべての不運を背負った風体の男が「ように」と締め括った。
こんな奇妙な会話の後に、募武は一拍の間を取り、「この三人の出会いの合い言葉は――転がる、石の、ように――でしたね。これで私たちは、もう後戻りはできませんよ」と相手を窺う。
すると男と女は拳を握り締めたまま深く頷く。これに歪んだ笑みを浮かべ、「さっ、早速仕事に取り掛かりましょう」と募武が地図を広げるのだった。
武を募る意味の募武、こんな危険なハンドル名で、ブログ『Like A Rolling Stone ?』をネット内で走らせてる。
そして今回、多くの人を蹴落としてきた、それでも傲慢不遜に生きる江黒竜也に対し、『復讐』というスレッドを立てた。するとどうだろうか、恨みを晴らしたいと男と女がレスポンスしてきた。
かって江黒の愛人だったというこの落ちぶれ女、その頃モデルとして派手に暮らしていた。
しかし、江黒に身体も心も、そして金品も、すべてを奪われ、捨てられたのだ。
一方男は江黒の下で働き、むごいパワハラにあって、心身ズタズタにされたと思われる。
募武にはこの二人の深い恨みが理解できる。なぜなら、江黒の汚いやる口で、自分の会社を乗っ取られてしまったからだ。
それ故に、ここで三人が協力し、自分たちが住む『Like A Rolling Stone ?』の世界に江黒をご招待したい。これが目的であり、まさに復讐だ。
「江黒を地獄に落とすための作戦、まず放蕩息子の
募武は身じろぎもせず本題へと入った。
浅間山を望む車坂峠、晴れた日には富士山が眺望できる。そして眼下には白樺の森が広がり、夜には星がチカチカと光り、キラキラと降る。
そんな聖地に江黒の別荘がある。されども真九は時々悪友を集め、不遜この上ないパーティを開いていた。
そしてある夜、そう、それは天の川がドッカと宙に横たわる深夜のことだった。別荘に真っ赤な火柱が立った。
元々良からぬ連中の集まり、この場にいること自体がヤバイ。まるで蜘蛛の子を散らすように不逞の輩たちは闇の中へと逃げて行った。
朝となり、江黒氏の別荘が全焼したと大々的に報じられた。
さらに子息の真九が崖から転落した車の運転席から遺体で発見された。さらに驚愕な事実として、若い女性がトランク内で死亡していた、という。
当局の見解では、乱痴気パーティ時に出火。真九は現場から逃げ、飲酒運転でハンドル操作をし、誤って転落死。
またトランク内の女性は、真九たちにより拉致されていた可能性がある、と。
こんな報道により、江黒への親の責任を追及する集中砲火が始まった。
それから1週間後のことだった。江黒の妻が白樺の森で自殺した。
遺書には、息子が死亡した車は夫のもので、夫がそこに女性を監禁した。これは一族の恥、よって首を吊ってお詫びしたいとあった。
だが鑑識は、江黒の妻の自殺を、一旦首が絞められ、そこへロープを掛けて吊り下げられた偽装だと結論付けた。
これで別荘放火を起点とし、より凶悪化した連続殺人事件となった。
急遽担当となった百目鬼刑事、現場から戻ってきて、昔取った
これを耳にした部下の芹凛こと芹川凛子刑事、「頭の方、大丈夫ですか?」とちょっと心配だ。
だが百目鬼はそれを無視し、「江黒への憎悪に燃える者たちが、もし三人寄ればだが……、放火し、火事から逃げる真九を捕まえて、トランク内の女性と共に車で転落死させる。さらに江黒の妻の首吊り自殺偽装も――可能! この一連の犯行は計画的になされたものなのだろう」と。
こんな百目鬼の推理に合理性を感じた芹凛、あとは敬意を表するしかない。そのせいもあったのか、即座に動物的勘でリアクションする。
「きっとその三人はネット内で知り合ったのよ」と。
ネット?
百目鬼はこの分野が不得手だ。「調べてくれ」と頼むしかない。
これに芹凛は目をぎらつかせて言い放つのだ。「次は江黒が殺される番ね。その前に解決してしまいましょ」と。
芹凛が前のめってる。そんな部下に、百目鬼は少し息を整い直して、静かに語り掛ける。
「これは俺の勘だが、とんでもなく憎いヤツがいるとする。そいつを追い込んで、最後に『Like a rolling stone ?』、今は転がる石のようですか? って訊いてみたいよな。犯人は江黒の人生を破滅させ、その生き地獄を高見の見物するつもりなんだよ。さあ芹凛、この事件の解決は手こずるぞ」
この燻し銀のオヤジの言葉に、芹凛は余計に身震いし、本音をポロリと漏らすのだった。
「だけど……、面白そう」
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