第8話 天空の城

 晩秋の晴れた早朝、円山川まるやまがわに霧が立つ。それは但馬たじまの山あいを覆い尽くし、藍白色の雲海となる。

 竹田城はそのベールを天へと突き破り、宙に浮かぶ。まさに天空の城だ。

 そして、その風景を眺望できるポイントが城と対峙する立雲峡りつうんきょうだ。そこからはまさに幻想的な情景を目にすることができる。

 京田一郎きょうだいちろうは崖の上から望遠レンズで、これから現出する夢幻のきわまりを撮ろうとカメラを構えてる。


 そんな時だった。雲海の下からブーと音が聞こえてきた。そして、あっと言う間もなく、最近市販され、人気を博してる小型無人航空機・ドローンが現れた。

 きっと有視界飛行機能を使った遠隔操作なのだろう、まるでとびのように面前で輪を描く。

 この最新機を使って、今までとは異なったアングルで天空の城を撮影する。たとえそれが理由だとしても、まったく迷惑な話しだ。

「消え失せろ!」

 一郎が手を振り上げた。その瞬間だった。

「あっ!」

 身体が宙に浮き、一郎は崖下へと……。岩に頭を強打し、即死した。


 京田家の長男の一郎は、父であり社長である龍介りゅうすけが全国展開する多国籍料理ロサ・ブランカの会社専務。自由を好む芸術家肌で、経営に向かないタイプだ。

 一方弟の次郞じろうは常務、上昇志向が強く、ビジネス社会に熱く生きる。

 それでも互いに認め合い、仲良くやってきた。

 しかし、ここへきて父が病に倒れた。こうなれば跡取り問題だ。

 家督の順位で行けば、長男の一郎が社長を継ぐことになる。このことより兄は、野心に満ちた弟の目の上のたんこぶとなり、最近兄弟仲が悪い。


 そんなある日、一郎は弟に歩み寄る意味で居酒屋〈天空の城〉を開設し、すべてを次郞に任せようと考えた。その看板にと竹田城を撮りにきたのだ。

 だが不幸にも転落死してしまった。

 そして四十九日が終わり、社長は次郞で一段落したかと思われた矢先だった。事もあろうか、今度は次郞が本社ビルの屋上から飛び降りたのだ。


―― 兄、一郎の社長昇格がもし決まれば、それは私にとって我慢できないこと。そこで私が立雲峡で転落死させました。――

 こんな遺書が残されていた。そして、背後から兄に体当たりする次郞の、ドローンから空撮された写真が添えられていた。

 さらにだ、私は人殺しです、会社と一族の名を汚し、死をもってお詫びします、と結ばれてあった。


 こんな事態に陥り、再捜査を命ぜられた百目鬼刑事、「無人ヘリは次郞が一郎を突き落す瞬間を狙っていたのだろう。よって、二人をよく知る第三者が首謀者ってことか」と独り言ちる。これに耳を貸す風もなく、次郞が残した写真をスキャンし、PCでチェックしていた部下の芹凛こと芹川凛子刑事が唸った。

「奥の木陰に、ケイタイで誰かと話す女性がいます。拡大してみると……、これって社内メールにアクセスできるブラックベリー、そういえば、ロサ・ブランカの幹部はこれを使ってたわ」と。

 百目鬼はこれを無視し、見出し『次期社長は、同族外の斉藤常務が濃厚』との朝刊を芹凛の前に置く。

「すべてが繋がってるようだな。さっ、ロサ・ブランカの本社へと出向くぞ」と百目鬼が表へと飛び出した。

 芹凛はただ追い掛けるしかなかった。


 すべての聞き込みが終わり、無言のまま百目鬼と向き合っていた芹凛が「コーヒーでも入れましょか」と席を立った。百目鬼は感付いた、芹凛の思考が一段落したのだと。

 そしてすかさず「お嬢の推理を聞かせてくれ」と促すと、芹凛はコーヒーをカップに注ぎながら語り始める。

「常務の斉藤が下界から無人ヘリを操作し、それに怒る一郎を、次郞が後ろから崖下へと突き落としました。その状況を木陰から斉藤にレポートしてたのは、社長秘書のカナカです。斉藤とカナカは互いに連絡を取り合って、斉藤は次郞が体当たりする一瞬をドローンのカメラで撮ることに成功しました。今度はそれをネタにし、斉藤は次郞を屋上へと呼び出し、突き落としたのです。もちろん遺書は斉藤が作った偽物です」


 百目鬼はこれに特段の興味は示さず、「ところで、斉藤とカナカの関係は?」と。

「カナカは貧しい、母一人子一人の家で育ちました。幼馴染みの斉藤はカナカが愛おしく、まるで妹のように金銭含めて援助してきました。そのお陰かカナカはロサ・ブランカに入社し、社会人となりました。カナカはこれまでの恩返しにと、いや、もうそれは愛でしょう、ロサ・ブランカの乗っ取りを企てていた斉藤のスパイになったのです。社長秘書の立場を利用して、すべてのお膳立てをしたのです」


「うーん、およそ解けてきたな」

 その割には百目鬼の表情が厳しい。そしてポイントを突く。

「なぜカナカは、社長の秘書になれたんだ? 斉藤に力があったとしても、京田一族の奥座敷で采配する女御にょうご、そう簡単にはなれないぞ」

 これは指摘通り、まことに盲点だ。芹凛は今までの捜査記録を繰り直し、必死に考えた。そして、やっと結論を得た。

「カナカは京田龍介と愛人との間に出来た娘では?」と。


 きっとこれは正解だろう。そのためか、鬼の百目鬼刑事が間髪入れずに、「今は一郎も次郞もいない。だから次期社長は――、カナカだ!」と言い切った。

 これを受け、「カナカは直接的に人を殺してないわ。これからはすべての罪を斉藤に被せるつもりなのね、最初からカナカの謀略なのよ」と芹凛が女鬼の目を鋭く光らせる。

「それが一族というものだ、確かに骨肉の争いはある。だが最後の最後には、たとえ後継者が愛人の娘であっても、血によって守られるということだよ」

 こう吐き捨てた百目鬼、「今回の仮説は……、血族外の斉藤常務にとって、自分を慕ってくれたスパイのカナカ、実はおぞましい魔物だった、ってことだよ。さっ、芹凛、それを暴きに行くぞ!」と不敵な笑みを浮かべるのだった。


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