第5話 七つ雨殺人事件

 山峡の地に七つ雨温泉がある。

 名の由来は1年に7回激しい雨が降るからと言われてる。

 その時、近くの鶯川うぐいすがわは増水し、俗界の因縁を洗うがごとく流れる。

 そして橋を渡ると天魔堂がある。

 宇宙のすべてのえにしを仕切る縁生魔王尊えんしょうまおうそんの立像があり、左右には縁戻えんもど爺神じじいしんと縁切り婆神ばばあしんを従えてる。

 この世の腐れ縁、人は時としてその扱いに困る。

 篠突く雨の折、天魔堂に参れ。そして念ぜよ。

 縁を戻すか切るか、魔王尊が爺婆神じじばばしんに命じ、うまく采配してくれるであろう。


「一体、これ、なんなの?」

 芹凛こと芹川凛子刑事は、七つ雨温泉に1軒しかない温泉宿、合縁奇縁荘の女将からもらった観光案内を読み直し、思わずのけ反った。捜査一課の百目鬼学も「奇々怪々だなあ」と首を傾げる。

 こんな上司の反応を見て、芹凛は「花坂祐介はなさかゆうすけは事故ではなく、きっと事件だわ」と言い切り、デスクに頬杖を付いた。


 1週間前、百目鬼と芹凛はたまたま地元警察の、次のような事故報告書を目にした。

 アパレル会社の部長職、花坂の遺体が鶯橋から500メートル下流で発見された。岩にぶつけた打撲痕が頭部にあり、橋から転落した可能性が高い。

 花坂は一人合縁奇縁荘に宿泊した。翌朝はまさに1年に7回あると言い伝えられる激しい雨。

 それでも花坂は午前8時にチェックアウトし、豪雨の方がきれいに因縁を洗い流せると女将に言い残し、天魔堂へと向かった。


 死亡推定時刻は午前9時。天魔堂へは徒歩15分で到着できることから15メートル下の川へと落下したのは帰り道のことだろう。

 橋の上には女将が手渡した2本のペットボトルが残されていた。だが殴打のための凶器はなかった。また客は花坂だけであり、目撃者はいない。

 花坂は落下時、頭部を岩にぶつけ即死、その後流されたと断定できる。


 長年の刑事の勘か、百目鬼は読後どことなく仕組まれていると感じた。

 そこで事故扱いで済まされている本件を、百目鬼は上司の許可を得てさらに調べてみることとした。その結果、驚愕な事実が判明した。

 ほぼ1年に一度、合縁奇縁荘の泊まり客が首吊り自殺をしたり、崖から落ちて死亡する事故を起こしていたのだ。しかも、良からぬことの証拠をすべて流してしまうためなのか、激しい雨が降る日にすべてが起こっていた。

 一体これはどういうことなのだろうか?


 百目鬼と芹凛は現地へと飛んだ。

 まず温泉宿の主人と女将に会った。そして彼ら二人は証言した。前夜、自宅の奥さんから花坂に電話があった、と。

 この件はすでに花坂宅の固定電話と宿との間の通話記録で確認されている。これにより妻のアリバイは証明された。

 だが、仮面夫婦であり、花坂の死亡後、妻が多額の保険金を受け取ったことを百目鬼たちは知っていた。

 調査をまだ諦めるわけには行かない。当然、百目鬼と芹凛は鶯橋と天魔堂の現場確認をする。

 川には大きな岩がゴロゴロとある。橋から落下すれば、少なくとも瀕死の重傷は負うだろう。また天魔堂の三尊は手入れ良く祭られていた。宿の夫婦が面倒みてるのだろう。

 そして偶然出会った木こりに聞き込みをすると、男は驚くべきことを話す。

 噂だが、合縁奇縁荘には――特別料金がある、と。そしてそれ以上のことは口をつぐんだ。


 ここまでを振り返っていた百目鬼、やにわに「増水で岩は水面下。岩で頭は打たないぞ。だから、これは殺人事件だ」と口火を切った。これに芹凛は「謎は解けたわ」と手を上げた。

 さっ、その推理を、と百目鬼が目配せすると、芹凛は大きく深呼吸し、ゆっくりと己の思う所を述べ始める。


 すべては花坂の妻の陰謀。

 まず夫婦の良縁を取り戻そうと夫を誘い、合縁奇縁荘に二人で泊まった。もちろん妻は特別料金で予約していた。

 すなわち――、殺人付き宿泊プラン : 推定一泊200万円。

 花坂の自宅の鍵を預かった女将、その夜、花坂の家へと出向き、固定電話より宿に電話した。

 直接花坂と会話せずとも通話記録だけは残る。これにより花坂の妻は在宅していたというアリバイが工作された。

 そして翌朝、激しい雨が降る中、宿の主人は花坂夫妻を天魔堂へと案内した。そこで念じて、まるで花坂の妻と宿の主人に縁切り婆神が取り憑いたかのように、その帰り道、この二人は花坂を鶯橋の上で撲殺した。そして川へと投げ落とした。


 以上が七つ雨殺人事件です、と締め括った芹凛に、ブラボーと声が飛ぶ。だが芹凛は、凶器が何なのか、自信がない。

 ここで百目鬼はニッと笑い、「凍らせた2本のペットボトルだよ。発見時には普通のお茶に戻ってたがね、チャンチャン」と軽い。これに反し、いつも強気の芹凛が殺人プラン付き温泉宿の存在にどことなく脅えてる。

 こんなちょっと可愛い相棒に、百目鬼は活を入れるのだった。

「仮説は今のところ事実ではない。さっ芹凛、ひるまず、一つ一つの真実を明かしに行くぞ!」


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