第4話 太陽のせい
女流ミステリー作家・
このニュースで世間は大騒ぎとなっている。
胡蝶は、例えば執筆しようとする殺人事件、それは現実に可能か、また論理性があるかを徹底的に検証すると言われている。
そのせいか根強い人気がある。
反面、胡蝶が抱えるストレスは大きく、今回気晴らしにとゆっくり旅、京都駅午後2時05分発のこだま662号に乗り、熱海温泉へと一人向かった。
新幹線は遅れなく、午後3時07分には時間通り三河安城駅を通過した。
しかし、次の豊橋駅への途中、洗面室で絶命している胡蝶が発見された。
走行するこだま内で人気作家が絞め殺された。
即刻捜査本部は立ち上げられ、その初動捜査の結果、胡蝶は名古屋駅から安城駅の間で殺害された。そして犯人は安城駅で降車し、消息を断ったと判明した。
しかれども季節外れのため乗客は少なく、車内並びにプラットホームでの目撃者はいない。
だが一方で、胡蝶は1枚のメモを書き残していた、『太陽のせい』と。
胡蝶は今をときめく流行作家、捜査にも力が入り、事件は一気に解決するとみられていた。
しかし、すでに1週間、犯人像は掴めず難航している。そこへ応援要請を受けた百目鬼学が加わった。
そしてまず着目したのが――、太陽のせい。
女流作家はいまわの際で何を訴えたかったのだろうか?
部下の芹凛こと芹川凛子刑事も同様に首を傾げる。
その芹凛に、百目鬼はぶっきら棒に「意見は?」と。
こんな訊き方をする時は答えが見付からず、脳が煮えたぎってる状態だと芹凛は知っている。ここは差し水で、「カミュの異邦人で、人を射殺した男の動機は太陽のせい。この横滑りで、自分が殺されるのは不条理なことと言いたかったのでは」と。
百目鬼は知ってる、芹凛が文学少女だったことを。
だからその感性を信じ、そのような解釈もあるかと思ったが、「あのオバサンはもっと物欲的だよ」と眉間に皺を寄せる。
確かに、胡蝶乱舞は胡散臭い。芹凛の脳も、他の太陽のせいは何なの? と沸騰、そしてついに閃く。
「それ、キラキラネームよ」
百目鬼は腕組みし、「なるほど、太陽は『ひかる』とかの当て字ってことか。もう一度身辺を洗い直そう」と。あとはぎゅっと拳を握り締めるのだった。
それから5日が経過し、二人の必死の捜査により明らかになってきた。
つまり胡蝶には文才があった。だがアイデアは乏しい。そのため背後に、推理ネタを売る通称ヒカル(太陽)という男がいた、と。
さらに胡蝶のライバル作家・
そしてこの買い取りの縺れで、胡蝶は葬り去られたと推察される。
しかし、ここで難問が。
胡蝶が殺害された日、姫野とヒカルは東京駅からこだま657号に乗り、京都へと向かっていた。犯行時には、安城駅に対し東京よりの浜松駅付近を快走するこだま内にいたのだ。
西へのこだまに乗車する者が、果たして擦れ違う、東へと向かうこだまの乗客を殺めることは可能だろうか?
それでもここはベテラン刑事の勘、百目鬼は姫野とヒカルが怪しいと睨んだ。
しかし、二人のアリバイが崩せない。頭を抱えるしかなかった。
「ゆっくりとは言え、なぜ、わざわざ二人はこだまに乗ったの? やっぱり魂胆があったのよ」
ここは女刑事の意地、芹凛が時刻表を持ってきた。
二人は一心不乱にページを繰った。その結果、推理は確信へと変わって行ったのだ。
「まず、お嬢の思う所を聞かせてくれ」
部下に花を持たせた百目鬼に、芹凛は目を輝かせ、とうとうと。
姫野とヒカルは東京駅でこだま657号に乗り込むが、ヒカルだけ新横浜駅で後続ののぞみ229号に乗り移る。
そして名古屋駅へと着き、胡蝶が乗車している、すなわち西からやって来たこだま662号に乗り換え、東へと折り返す。そして安城駅までの間、胡蝶を車両間に呼び出し、絞殺。
その後、ヒカルは安城駅で降車した。
そこへ東から入って来る元のこだま657号に再び乗車し、姫野が待つ席へと戻る。あとは何事もなかったように京都駅へと到着。
こうして、ヒカルは姫野と共にずっとこだま657号に乗車していたというアリバイを偽装した。
パチパチと手を叩く百目鬼に、芹凛は「動機がまだわからないわ」と自信がない。そこで上司の百目鬼は己の推理を披露。
「この筋書きはヒカルが最近オファーしたネタそのもの。胡蝶はその売り値を値切ると同時に、可能かどうかの試行を提案した。一方姫野は、高額買い取りすること、またライバルをこのネタ通りに殺せたら、ヒカルの一生を保証すると約束したのだよ」
これに芹凛は「胡蝶が殺されたのは、太陽のせい、そう、ヒカルのせいだったのね」と納得し、頬を緩ませる。
そんな部下に百目鬼は目をギラリと光らせ、釘を刺すのだった。
「仮説は今のところ事実ではない。さっ芹凛、これからそれを暴きに行くぞ」
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