第1話 青薔薇
── 男優・
夕刊にこんな見出しが。
一方TVニュースでは、女性アナが声のトーンを高くする。
ベテラン俳優の神馬龍三さん、長くキャスティングに恵まれなかったが、ここへ来て話題作『奇跡』の主演候補に。それにも関わらず、今朝マンションの寝室で亡くなられていました。
第一発見者は妻の
神馬とは別居中でしたが、主演抜擢への千載一遇のチャンス、昨夜励まそうと夫のマンションで夕食を共に致しました。そして私は夜の10時過ぎに自宅へ帰ったのですが、今朝どことなく胸騒ぎがして、電話を掛けました。
しかし応答がありません。
何かあったのではと思い、急ぎマンションへと向かいました。そして予備の鍵でドアを開けようとしたのですが、当然ですよね、ロックが掛かってました。
そこで管理人さんに立ち合ってもらい、ドアにロープを掛け、一緒に思い切り引っ張り、チェーンロックを壊して中へと入りました。
すると奥の寝室で、神馬が息絶えていたのです。
死因は西洋で安楽死に使われる塩化カリウムによるもの。いずれにしてもロックされた密室での死亡。また薬品と注射器が残されてあったことから、神馬氏自ら体内に注射し、自殺した。現在警察はこのような見解です。
このTV報道を観ていた刑事の百目鬼学、事件性があるかどうかを調べろと上司から命令を受けていた。早速、「現場に行くぞ!」と部下の芹凛こと芹川凛子刑事に声を掛けた。
「何か変ですよね」と返す間もなく、百目鬼の姿が消えた。芹凛は必死で追い掛け、現場へと入った。
まず最初に管理人に面会する。
「なぜ簡単に、ロックを壊せたのですか?」
この質問に、「チェーンを填め込む台座がちょっと緩んでたようですなあ」と、返事はまるで他人事。
それでも「ほう」と頷いた百目鬼、あとはさっさとドアを開け、玄関に近い洗面室をチェックする。それからリビングを通って、手を合わせ奥の寝室へと。
「ここはいいから、他を調べてくれ」
早速指示を受けた芹凛、より感受性を高めるためか眼鏡の縁を一度持ち上げて、寝室から出て行った。
しばらくの時が経ち、芹凛は耳を赤くし、「リビングの隅にある花瓶の花、びっくりですよ」と、興奮気味。されども百目鬼は芹凛の高ぶりがわからない。それでも指差す方を確認すると、それは青薔薇。
うーん、はてな?
腕を組む百目鬼に、やっぱりオッサンね、と芹凛は言いたげな表情で、「神馬が飾ってる青薔薇、まだこの世にはそう出回っていないです。とにかく花言葉は『夢叶う』なんですよ」と話す。
この助言にピンときた百目鬼、「神馬は主演になる夢を叶えたい、その奇跡を願ってたようだな。つまり脳内思考はあくまでもポジティブで、自殺する理由はないってことか?」と芹凛を窺うと、自信たっぷりに「アッタリー!」と答える。これに百目鬼は眼光鋭く、百戦錬磨の質問を浴びせる。「女房の桜子に他に男がいるのか?」と。
芹凛は署内1の芸能通だ。ここは職を忘れ、ニコリと笑い、「
これで百目鬼は一瞬にして事件の全貌を読み取ってしまう。そして芹凛に、お前の推理を言ってみろと目で催促すると、芹凛にも女刑事の意地がある。あとは辻褄が合うように自分の仮説を披露する。
神馬龍三は、主演になる前祝いだと訪ねてきた桜子と夕食を共にした。そしてワインを飲んだ。
しかし、桜子が睡眠薬を入れていたことを知らなかった。当然神馬は睡魔に襲われ、寝室へと。
桜子はそれを見届けて、鍵を掛けず、自宅へと引き上げた。
真夜中となり、今度は桜子の愛人の奥川が侵入してきた。ドアにロックを掛け、寝室へと向かう。
神馬は高鼾。それを確認し、持ち込んだ塩化カリウムの溶液を神馬に注射し、殺害した。
それからすべての窓をロックし、さらに玄関は──、外から強い外力で引っ張った時に、簡単にチェーンロックが壊れるように、台座のネジを緩めた。
それらを終え、奥川は玄関横のバスルームに身を潜めた。
やがて夜が明け、桜子と管理人がロープ掛けのドアを二人で力合わせて引き、入ってきた。
桜子は管理人を誘導し、奥の寝室へと進んだ。その隙を狙って、奥川は洗面室から抜け出し、外へと出て行った。
こんな流れで、密室での神馬龍三の自殺が偽装されたのです、と芹凛は清々しく締めくくった。
パチパチパチ……。
「芹凛、よく解いた。ところで、この密室殺人事件の動機は、何だ?」
こう問う百目鬼に、芹凛は「桜子は愛人の奥川に、主演になって欲しかった。そこで夫の神馬が邪魔になり、殺人を奥川に持ち掛けて……」と口籠もった。
「バカモン! お前はまだ甘ちゃんじゃ! 男は主演の座をものにしたくとも、この女は夫の青薔薇の花言葉、夢叶うより、自分の手を汚さずしての――、保険金だよ」
こう言い切った百目鬼、あとはニッと笑い、「あの青薔薇は神馬からの叫びなんだろう。芹凛、偽装プロセスの仮説は的中してると思うが、今のところ事実ではない。だから桜子と奥川にすべてをしっかり吐いてもらおう。さっ、行くぞ」とギラリと鬼の目を光らせたのだった。
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