第7話死ぬまでにしたいこと

 秋月の夢を見てから、死ぬまでになにができるのか、なにがしたいのか、考えるようになった。そこで俺は死ぬまでにしたいことのリストを作ろうと考えた。実はこれも秋月と見た映画で余命宣告をされた主人公がやっていたことだ。

 テーブルの上にノートを広げ、何がしたいのかよく考えることにした。その結果いくつか候補があがった。


・酒とタバコを好きなだけやる

・日記を書く

・大学にいかない

・紗友里と別れる

・藤崎に会う

・美乃里に会う

・秋月の墓参り

・両親の墓参り

・初恋の人探し


 以上が俺が考えた死ぬまでにやっておきたいことのリストだ。この中ですぐに実践できるものは、酒とタバコを好きなだけやる、日記を書く、大学にいかないの三つだろう。しかもそのうちの二つはすでに実践中だ。酒、タバコは好きなだけやっているし、大学にも病院にいって以来いっていない。日記は、商店街にある文房具屋にでもいって買ってこよう。日記を書こうと思ったのはミカが書いているのを見たからだ。それに死ぬまでに自分が生きていたというなにかしらの証明のようなものが欲しかった。


 俺がリストを書き終えると、ミカが寄ってきて覗き込んできた。


「なに書いてたんですか?」


「俺が死ぬまでにしたいことをリストにしてたんだ。残り少ない寿命の中でなにができるかと思ってな」


「殊勝な心がけですね」


 そういうとミカは俺の書いたリストを見て考え始めた。


「えっと、いくつか気になることがあるんですけど、訊いてもいいですか?」


「なにが気になるんだ?」


「まずはこの『紗友里』と別れるっていう項目なんですが、これはどういう意味ですか?」


「紗友里は俺が付き合っている彼女なんだ。もうじき死ぬ男に付き合わせるのは悪いと思った」


「なるほど。宇佐美さん彼女いたんですね。意外です。そういうのに興味なさそうに見えますから」


「たしかにあまり興味はないかもしれないが、向こうから告白してきたんだ。それで断る理由もなかったから付き合った。ただそれだけさ」


「告白されたんですね。それはちょっと興味深いです。後、この『両親の墓参り』って、宇佐美さんご両親を亡くされているんですか?」


「ああ、俺が小学校に上がるくらいの時に事故で二人とも死んだんだ。それからは親戚の家に引き取られて育った」


「その親戚には会わなくていいんですか?」


「あまり仲が良くないんだ。向こうは周りから俺を押し付けられたと思っていて、俺のことはただただ面倒だと思ってる。だからお互い無関心で生活してきた」


「それでよく大学に通わせて貰えましたね。もしかして自分で学費稼いでいるんですか? でもアルバイトしているようには見えませんけど」


「両親が死んだ時に多額の保険金が下りたんだ。その保険金を学費と生活費に当ててる」


「そうだったんですか。ご両親は亡くなってからも宇佐美さんのこと助けてくれてるってことですね」


「そうともいえるかもな」


「じゃあ最後の『初恋の人探し』っていうあまり宇佐美さんらしくないものはなんですか?」


「そのまんまの意味さ。どうしてももう一度会ってみたいんだ。会ってお礼がいいたい」


「お礼ですか?」


「そう、お礼。その人はいつも俺のことを慰めてくれていたから。でももう十年以上の前の話だ。どこにいるのかも知らないし、名前や顔も覚えてない。だから正直その願いが叶うとは思ってないけどな」


「そうだとしても私手伝いますから二人で探しましょうよ」


「ああ、助かるよ」


「それでまずはなにから始めるんです?」


「日記を書こうと思ってる。これならすぐに始められるだろう。この後、商店街の文房具屋にいって日記を買ってこようと思う」


「いいですね。それじゃあ早速買いに出かけましょう」



 出かける準備をし、駅前の商店街にある文房具屋へと向かった。文房具屋は今まで来たことがなかったのだが、思っていたよりも広く、様々なデザインの日記帳が売られていた。色々見て悩んだ末、無難に黒い革のカバーがついた日記帳を買うことにした。これから死ぬまでのことを綴るのだ、それには黒という色が似合うと思った。

 文房具屋で日記帳を買って商店街をぶらついていると本屋が目に止まった。そういえば今読んでいる文庫本ももうすぐで読み終わってしまう。なにか新しい本を買おうと本屋へ立ち寄った。本屋に入るとミカが目を輝かせた。


「宇佐美さん、本がいっぱいですよ。私、本読んだことないんです。素敵な物語の本とか読んでみたいです」


 ミカは興奮気味にそういった。本を読んだことがないなんてありえるのだろうか。本を読む習慣がない人間でも人生で数冊は読むだろう。これも天使の設定なのかもしれない。だが俺はそのことには触れず、こう返事をした。


「なにか気になる本があったら買ってやるよ。好きなものを何冊か選ぶといい」


「いいんですか? 宇佐美さん優しいです」


 そういうとミカは店の奥へと向かっていった。俺はそんなミカの姿を見送ってから自分の本を選ぶことにした。店の入り口付近には今話題の本や、新刊が平積みされている。俺はそのうちの適当な本を手にとって本の裏表紙に書いてあるあらすじを読み、気になったものを何冊か買うことにした。

 それからしばらくして、本を五冊ほど手にしたミカが戻ってきた。ミカが持ってきた本は恋愛ものや、SF、童話など色々なジャンルの本だった。


「買いたいものはそれでいいのか?」


「はい、これで大丈夫です。でもこんなに買って貰っていいんですか?」


「構わないさ。金なら余ってる。死ぬまでには十分すぎる金だ」


 俺はミカから本を受け取り、レジに向かい本を買った。これでしばらくは暇にならないだろう。


その後、商店街にある服屋やドラッグストアで今後ミカの生活に必要になるであろう着替えや、歯ブラシなどの日用品を買った。


 商店街から家に帰ってきて夕食を済ませた。俺はいつものように晩酌をする。普段なら本を読んだりしながら酒を飲むのだが、今日は日記を書きながら飲んだ。人生で初めて日記を書くのだが、何をかいたらいいのかさっぱり分からなかった。ここはいつも日記を書いているミカに訊けばなにかアドバイスを貰えるのではないかと思い、ミカの方を見た。ミカは今日買ってやった本を体育座りしながら読んでいた。


「ミカ、日記ってどんなことを書けばいいんだ?」


 俺の問いかけに反応しこちらを向く。


「人それぞれだと思いますが、私の場合、今日あった出来事を中心に嬉しかったことや楽しかったこと、時には悲しかったことなんかを書きますね。宇佐美さんの場合、なんで日記を書こうと思ったのかとか、そういうのから書き始めればいいんじゃないでしょうか」


「参考になったよ」


 俺はミカに言われた通り、なぜこの日記を書こうと思い立ったのかという理由から書き出した。書き出しが決まれば、後は割りとすらすら書けた。余命宣告を受け日記を書こうと思ったこと、今日日記を買ったこと、帰りに本屋で買い物をしたことなどを書いた。


 日記も書き終わり、一段落してタバコに火をつけた時だった。また俺の腹部をあの激痛が襲った。あまりの痛みに呼吸が止まりそうになる。俺は腹を抑え、その場でうずくまってしまった。異変に気づいたミカが近づいてくる。


「宇佐美さん、宇佐美さん、どうしたんですか? もしかして痛みがあるんですか?」


 俺が苦しんでいる姿を見て、ミカは慌てていた。


「悪いんだが、痛み止めを取ってくれないか? テーブルのすぐ横にあるビニール袋に入ってる」


 どうにか声を絞り出し、ミカに頼む。自分は痛みで身動きが取れなかった。


 ミカは急いで痛み止めの薬を袋から出し、台所にいってコップに水を注いで持ってきてくれた。俺はミカに体を起こして貰い、薬を飲む。そしてまたすぐ横になった。痛み止めが効き始めるまでどれぐらいの時間がかかるのだろうか。後何分この痛みに耐えればいのだろう。

 俺が早く痛み止めが効いてくれることを願っていると、ミカが俺の頭を自分の膝の上に乗せ、右手で俺の頭を撫で、左手で腹部を優しくさすってくれた。


「もう大丈夫ですよ。私がいますからね」


 先ほどまでの慌てた様子はなく、落ち着いた声だった。すると不思議なことに、少し痛みが和らいだ。さすがに痛み止めが効くにはまだ早すぎる。ミカのおかげだろうか。

 俺はミカの膝に頭を乗せたまま目を閉じた。

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