76_MeteoriteBox_35


 イオとジェミーは私が一度中に入って起動させた機械槍にいる。今度は一人で朽ちの概念や時間軸の幅を見せる道を辿って、見上げる高さの槍の麓へ。隠しスイッチのあれそれを思い出しながら槍の中に入る。頑丈そうなドアの鍵は開いていた。


「お邪魔しまーす……」


 ダテマルくんがそう言っていたから真似しちゃったけど槍はもちろん誰かのお家じゃない。薄暗い空気の中から返事はすぐに返ってこないようだ。


「ハルカさん……?」


 機械室の奥から小さな声が聞こえてイオが入り口まで出てきた。


「イオ、私もこっちに来ちゃった。ジェミーは奥にいる……よね?」


「はい、いますよ」


 いるよね。そうだよね。


「うー……行くしかない!」



 ジェミーはこっちでも手足をたたんでブラウン管テレビ型になっていた。しかしよく見ると槍の内部機械にジェミーの背中から何本か線が繋がってもいる。操作室の椅子に座ったイオがジェミーテレビを中心に何らかの情報を見ていたようだ。

 私が来たことにジェミーが気付いた。テレビの画面に小さく流れていた何かの情報群が消えて二つの目が現れる。


「えっと……」


{ハルカ、こっちに来たジェミね}


「――ごめんなさい」


 私が謝るのを見て、心配そうに見守っていたイオが余計に心配したのが分かった。


{そこに座るジェミ。私が怒るかどう考えるからゆっくり聞かせてジェミ}


「ん……うん」


 ジェミーは嘘をついた私を怒るかどうか、じっくり諸々の理由と推測を聴いてから判断してくれた。

 判断の結果、二番目にジェミーはダテマルくんの分を少しだけ怒った。ダテマルくんに伝えた目的が、今私が考えている本当の目的と少しずれて彼に聞こえたようだから。ジェミーを守るためというよりも、私はメイジを引き受けようとしている。それが本当のところなのではないか。もしそうならダテマルくんは私に協力しなかったかもしれない。そう、ジェミーには私が描く盤面が見えていた。

 三番目に、ジェミーへの嘘には怒らなかった。私を思ってのものだと分かるから、そう言ってくれた。ただ、やはり私の作ろうとしている駒の配置には少し怒るかもよと予告を一つ。

 ああ、一番目はそう、ジェミーも私に嘘を付いていた。ここにいるのは私の言う本体のジェミーで、私が最初にいた槍には10%の分身ジェミーが割り当てられていたのだ。私がこうすることを読んだ上で。それはそうか、相手はジェミーだもの。


{皆さまとの会話は絶対に盗み聞きしてないジェミよ}


「それは信じてる。……さて」


{さて、ジェミ}


 喧嘩するほど仲がいいとは言うけれども。


{やっとハルカと口喧嘩になるジェミね}


「そうだね……。分かった、全部喋るよ。イオ、今のあなたにも聞いていて欲しいな」


 イオはしっかり聞くと言って頷いてくれた。


 まずジェミーは今一度、私の持つ取得しきれないデータについて問う。ジェミーが箱の案内人として私を調べた時に見えなかったところだ。

 私は包み隠さずに今考えが及ぶ範囲を答えた。

 それはきっと私の言う“外の世界”が影響するところなのだと思う。この仮想箱の外の、もう一つ以上外側。私がどこかへ訪れた時に、きっかけ、偶然、巡り合わせのような、偏に私の力ではない何かによって私に与えられるもの。ただ、それが常に「+α」になるかどうかは分からない。私が外の世界を今ここでどのくらい認識しているのかと私が+αをどのくらい持ち物として使えるのか。二つは必ずしも相関しない。仮想箱の生み出す階層に一つ潜ったことで+αが薄くなる可能性だってある。

 ジェミーは一つ情報を持ち出した。相見えて分かったのは、メイジは何かの姿を真似るのが得意なのだそうだ。もしメイジが反転概念を扱い私を真似たとして、私に牙をむいたとして。その+αは運が良ければメイジには真似できない。しかしそこで生じる僅かな優位はメイジが持つ特権で簡単に覆されてしまうだろう。

 私はこれに頼ろうとしていたのかとジェミーは尋ねる。ほんの少し考えてはいたけれど今回はNO、軸にはできないと思う。


「私も聞くよ?」


{どうぞジェミ}


「仮にメイジを止めることを“成功”とするよ。私が向こうの機械槍に残っていたら成功確率はどのくらいだった?」


{正直なところちょっと低い数値ジェミ}


「じゃあ私がここに来たことで確率は少しでも上がったかな?」


{まあ、少しだけ上がったジェミよ}


「私が何かを犠牲にすれば、それは現実的な数値にまで上がる?」


{上がらないジェミ}


 行間にならない一瞬の間を私は見逃さなかった。生み出される言葉の波長にはその数段前からあなたの世界が溶け込んでいる。


{……どうして分かったジェミ?}


「ヒトはね、親しくなると相手から感じ取れるものが増えるの」


{そうジェミか……}


 ジェミーは優秀だから私たちに近い。相手を均一に見ていないし“迷い”まである。

 電子の世界から見たらどこまでもちっぽけで低級な演算装置でヒトはきっとそれなりに多くの感情データを一度に複雑に処理している。今ほんの一瞬だけ、30%のジェミーだけど、私があなたを上回ったのかもしれない。きっとそれはあなたの演算に感情が入ったからだよ。……なんて。もし全てがこの通りならそれは本当に嬉しいこと。


{でもジェミ}


「でも――」


{もう一度聞くジェミよ。それは本当に、“ごめんなさい”ではなくて“こうしたい”ジェミ?}


「……そうじゃないかもしれない」


 私の描く盤面に何故か容易に浮かんでいる“自己犠牲”の文字。紛れもなく“ごめんなさい”と繋がっている言葉だ。どうしてだろう、いつの間にか纏わり付いていたような気がする。ダテマルくんや空き瓶さんが頑張っているのを見て、次は自分の番だと意気込んで、まだ底の見えないメイジと対面することに怖がっているから? 電子のフィールドでは私は本当に手も足も出ない? 空き瓶さんが部屋を出る時にくれた言葉は何だっけ。イオとカケルに伝えた言葉とそれに繋がっていたものは何だっけ。


「もし、何かを見失いそうになったら、」


 指先と声が私に触れた。隣の椅子に座っていたイオが私の手を握っていた。


「怖いかもしれないけれど、一度目を閉じてみて下さい。ハルカさんの足元にはちゃんと、いくつもの足場が見えます」


 取り戻す前であるはずの彼女は、芯のある瞳をしていた。


{確認できたわけじゃないジェミが、ハルカの思考が外側からちょっかいを出されている可能性だってあるジェミ。“私たちの”作戦ジェミよ。一人で抱え込むと危ないジェミ}


 考えもしなかった、私は基本的に電子武装をしていない。それから、


「……本当に、その通りだね。ごめん、二人ともありがとう。良くない手を選びそうになっていた。ちょっと落ち着くね」


 描きかけていた盤面に頭の中で大きな『×』印を付けた。ジェミーの優しさから結果的に得た答え、自己犠牲により得られる幾ばくかの数字は強く押し入れの奥に押し込んでおこう。これは誰も望まない手だ。


{喧嘩にならなくて良かったジェミ}


「……喧嘩するつもりは無かったよね?」


{これっぽっちも無いジェミ}


「喧嘩って言ったのジェミーじゃない……?」


{忘れたジェミ~}


 音符が付きそうな絶妙な語尾伸ばし。


{と一段落したところで、困ったことにそろそろ時間ジェミ}


「……ん? え?」


{ダテマル、空き瓶さん、聞こえるジェミね。間もなくジェミ。タイミングは合図するから待っててジェミ。イオも配置について欲しいジェミ}


 微かにダテマルくんと空き瓶さんの返事が聞こえた気がする、音声中継? イオは頷くと表情を引き締めて機械室奥の操作席に向かった。


{ハルカ、よく聞くジェミ。何とか上手くいったので隕石は止まるジェミ。外に出て、メイジを待つジェミ。隕石が止まったらすぐに合流するジェミ}


 急だ、とっても急だ。けれど――


「……分かった」


 きっと皆からどうにか繋いでもらったタイミングなんだ。

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