75_MeteoriteBox_34


 どうしても私に刃向かうのか。はい。

 何故か。皆が、私もそうしたいから。

 勝算はあるのか。あると信じている。

 あなたの言い分は本当にAIのそれか。


{自分でもそう思えないジェミね}


 この場の総力は幸いにも拮抗していた。ハリボテ城の外から空き瓶さん、内からジェミーがぶつける力が合わさってメイジは城内に滞留を余儀なくされている。ジェミーは本来の60%、メイジは推定80%以下。こちらは運悪く、100%ではない。メイジも戦力を分割していた。


 相手の巨大な筆にはたっぷりと墨汁が染み込んでいる。豪快に薙ぎ払った一閃は繋げた上級紙64枚を瞬時に真っ黒にした。受け切ったがその被害は七割強、迷うことなく定義を書き換えて盾を特注和紙のカンバスへ。ささっと小筆で細部を描いて一枚の水墨画にしてしまう。タイトルを大河と打つ頃には戦場は黒波うねる大海原と化す。大口を開けた無数のサメが飛び掛かってくる寸前、足が128本あるタコを呼び出して一網打尽にする。波が掃けたと思ったら極上の海鮮料理を前にピンクのブラウン管テレビと黒いブラウン管テレビが正座していた。


{中々やるジェミ……}



* * * *



{という状況ジェミ}


「……うん」


 ダテマルくんも空き瓶さんも立派で素敵で勇敢だ。たくさんの機械が窮屈に眠るコクピットのような薄暗い空間で、何度かチャンネルを切り替えてテレビになったジェミーの見せる映像を眺めていた。ここにいるのは10%以下程度のジェミーとのことで、本当にブラウン管テレビそのものの機能を作るのがやっとなのかも。映像は完全なリアルタイムではないし、音声は聞こえない。場面は時々途切れて不思議な紙芝居のように映る。ジェミーの上や側面をポコッと叩いたりはもちろんしない。


{そわそわするのは分かるジェミが、じっと待とうジェミ}


「……そうだね、分かった」


 と、私の微妙な言葉の引っかかりを普段のジェミーなら見抜いていただろう。私はこれからジェミーに嘘をつく。

 空き瓶さんの元を離れたダテマルくんはチャンネルを切り替えても映らなくなった。ジェミーの一部がダテマルくんに付かなくなったからだ。彼は今ここへ向かっているはず。私のように実際の距離そのままを走らなくても済むと思うから多分もうそろそろ……


『お邪魔しまーす』


{む、ダテマルジェミ}


「あれ、ダテマルくん。いらっしゃい」


 ダテマルくんの到着は予定通り。“あれ”と言いながら私は驚いていない。ジェミーは本当に驚いているはず。


『こっちの槍の中はこうなってるのか、へえ……ほお……』


{ダテマルの行き先はこっちジェミ? 準備が終わったら散歩しても良いジェミが……}


『自分の機械槍に目星は付けたよ。解析も何とか。それよりジェミー、ハルカ姉ちゃんに内緒で報告が一つあるんだ』


{何ジェミ}


『ちょっとこっちに』


「私は聞いちゃダメなの?」


『ジェミー作戦長の判断を聞いてからだね!』


「えー」


 ダテマルくんがジェミーを槍の外へ連れ出す。ダテマルくんから“大丈夫そう”の合図が確認できた、私もタイミングを待つ。



* * * * . . . .



「ジェミーに嘘を付きたい」


 ハルカ姉ちゃんは俺にそう言った。もちろん悪気があって言ったんじゃない、まず推測内容の確認があった。それは10%になったジェミーのこと。俺たちに自分を分割して分け与えているジェミーは10%分をハルカ姉ちゃんのところに残すと説明したけど、この10%のジェミーは俺たちのところに来たジェミーと違って“本体”なのかどうか。ジェミーの作るハルカ姉ちゃんの分身は言葉そのままに分身で、本体のハルカ姉ちゃんとは別扱い。けれどもより電子寄りのジェミーとなると少し意味合いが異なる。分割したジェミーはある意味で全てが本体で、ハルカ姉ちゃんのところにいる10%のジェミーが特別なわけではない。ただしこれは電子演算の思考で答えるなら。


『そっか、データとか実体とかの境界線が曖昧になったら……有り得るかもしれない』


 ジェミー自身もそれを察知していて分身と本体の概念を扱ったのではないか。つまり、10%のジェミーは何らかの“本体概念”を持つことになり、だからこそハルカ姉ちゃんの傍にいようとした。みんなへの割り振り比率はみんなを十分に援護できる値まで上げているから10%しか残さなかった。10%と本体概念で有事の際にはハルカ姉ちゃんを守る。

 ここでメイジの狙いに話を移すと少し話がややこしいことになる。メイジは恐らく“本体のハルカ姉ちゃんと本体のジェミー”を狙ってくる。……だからハルカ姉ちゃんはジェミーを守ることにしたのだ。本体である自分が10%しか残っていない本体のジェミーから一旦離れることによって。

 10%のジェミーなら俺でも少しの間だけ誤魔化せるかもしれないと考えた。本物二人のいる機械槍に俺が合流したタイミングで一芝居、“俺が作った分身のハルカ姉ちゃん”と、ここにいた本体のハルカ姉ちゃんが入れ替わる。分身のハルカ姉ちゃんには目一杯の細工を仕込んでジェミーに本物だと思わせる。メイジがもし空き瓶さんの防壁を予定より早く破っても、向かうのはここではなく本体のハルカ姉ちゃんがいるところだ。


 これが俺と1:1の空間を設定したハルカ姉ちゃんの頼み事だった。



* * * * . . . .



 ジェミーとダテマルくんと(ダテマルくん製の)私の分身を置いて機械槍を後にした。私はこれからイオのいる機械槍に向かう。目的は二つあって、一つはイオに会うため。ジェミーが不安を和らげてくれていると思うけれど、待機しているイオが少し心配だった。イオのために何かできる確信があるかと言えばNO、一度試してもいる。それでも記憶が戻る前のイオに僅かでも足元を作る。

 それから、もう一つは盤面を私の思う配置にするため。作戦が後半に差し掛かるとメイジは私かイオのところに向かうはずとジェミーは言っていた。ここはジェミーが表現を濁したのだと思う。ジェミーが自分の比率を操作すればターゲットはほぼ間違いなくイオになる。隕石の落下が迫ったその時、ジェミーはダテマルくんと空き瓶さんから僅かに回収した分を合わせた自分と記憶を取り戻したイオとでメイジを迎え撃つつもりなのだろう。


 さて、もちろん向こうの機械槍にはイオと一緒に30%のジェミーがいる。言われた持ち場を抜け出してきた本体の私は叱られてしまうかもしれない。

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