74_MeteoriteBox_33


「ジェミーちゃんはどうしてハルカちゃんを私のところに?」


{空き瓶さんがドアに掛けていた看板を見たジェミ。ハルカの考えは空き瓶さんの目的に近いように思えたジェミ。ハルカがちょっと思い詰めていたから解してもらったのもあるジェミよ}


「的確ね。今、分身のハルカちゃんは?」


{スリープジェミ。代わるジェミ?}


「ええ、お願い」


 分身のハルカちゃんには“空き瓶さんとリモコンちゃん”の記憶があるけれど、私が今から分身のハルカちゃんに話すことはハルカちゃん本人には届かない。ジェミーちゃんが分身のハルカちゃんに頼まれてメッセンジャー役をしない限り。私はその距離感に文字通りボトルメールを思い描いた。ただし、投函先は連続性の保証されぬ電子の海。


「――それから、私には妹がいてね。肩に力を入れたままどこかで人助けに走り回っているかもしれない。同じ鉱石の音が名前から聞こえたら、そうだなあ……」


 分身のハルカちゃんはリモコンさんを使わず、お礼にと彼女の旅路をいくつか教えてくれた。お互いのどこかに心地良く踏み込んで、まるで私を含めた点たちの位置が見えているかのように。もしかしたらハルカちゃんは本当に旅慣れて、見慣れているのかも。この後で本体の私に会っても聞かなかったフリをしてと言うけれどこれは協力せずにはいられない。

 そうか、私もやっぱり同じ先を見ようとしていたんだ。


 分身ハルカちゃんは満足そうにジェミーちゃんの中へ戻っていった。ジェミーちゃんに少しだけ休憩を貰って、再び段取りの確認へ。


「――じゃあそこは問題無さそうね。でも私がビルの地下からリソースを移送できたとして、メイジさんは大人しく私と力比べしてくれるかしら?」


{空き瓶さんは素養があるジェミね。立ち止まって偵察機を投げ込むかもしれないジェミが、こうするジェミ}



* * * *



 海沿いに倉庫地帯を走る間に何度か、機能停止を余儀なくされた大きな蜘蛛型の装甲機械を見かけた。ダテマルくんたちの奮闘の跡だろう。

 大人になると走る機会が減るだとか、ヒールは走るのに向いていないだとか、久々に置き去りにしたような気がする。上品におすまししているよりも、息を切らして辿り着いた姿の方がずっと輝いて見える場面があるとするなら。


「見えてきた」


 なにやら和の気概を感じる粋な建物が工場地帯に存在感を放っている。明らかにそれっぽい外観は立役者、本命はお城の中といったところ?


{あれがハリボテ城ジェミ。メイジもちゃんと来ているジェミね。入り口は向こうジェミ。後はダテマルが出てくれば良いジェミが……}


「ジェミーちゃんは先に中へ?」


{そうしたいジェミ。お城の中の私が厳しそうジェミ}


「了解、行ってらっしゃい。ダテマルくんとあなたを助けてあげて。こちらは練習通りにできるから大丈夫!」


{助かるジェミ。無理しちゃダメジェミよ}


「あなたもね」


{はいジェミ。ってハルカ以外に久しぶりに言った気がするジェミ}


 きっとそれは、あなたの視点が重なっていたからなのでしょうね。


 近付けばそれなりに大きなお城が全容を見上げさせた。ジェミーちゃんは一足先にお城の中へ。入り口にもまた蜘蛛の機械がへばっている。中から何か悪い気配を感じるかと言うと……私にそこまでのことはできない。


「あ」


 勇敢な電脳少年の姿。


『……はぁ、ふぅ、空き瓶さん……中は準備OK……だよ……』


「無事……よね?」


 頷いて呼吸を整えるダテマルくん。大健闘だったみたい。


『俺もジェミーも無事! 一旦はね。ジェミーは戦闘中、こっちの分身ハルカ姉ちゃんはジェミーに戻ったよ』


「それじゃあ早速始めた方が良さそうね。ダテマルくん、私よりも後ろにいて」


『了解! ……って空き瓶さん、何をするの?』


「閉じ込めるのよ。まあ見ていて」


 雪合戦に例えるならそうね。動員できる雪の量に物を言わせて何重もの“かまくら”に、というところ。


 仮想箱に切り取られた私たちの世界は多分、メイジさんよりも少し先の時間にある。目まぐるしく夥しい分岐発展は技術を盤石で取り返しのつかないものにしていった。時折現れる情報因果の抑止が無ければ、良い方にも悪い方にも際限の無い進み方をしていただろう。実は私がいたオフィスビルは元の私とは関係の無いものだった。どうやら優秀なアンテナと大きな貯蔵庫を以て優位に立とうとした人たちの持ち物のようで、単純なリソースとして規模が大きく密度が高い。つまり上手く扱えばどんな雪像だって思いのままだ。ダテマルくんと同じように、私も開始時点で既に持ち得た情報と来訪者が与えてくれる時間を使ってそこまでは分かっていた。何も持ち越せなかった前の私も同じところまで突き止めて、諦めそうになって、やっぱり諦めずにその時を待っていたはず。

 メイジさんは箱の上位者でありルールである。でも幸いなことに、でいいのかしら、“情報戦”のやり方は私とあなたの時代とでかけ離れていないようね。膨大な情報量を注げば演算装置は算出を余儀なくされる。無視して見ないようにするならその存在定義を崩しながら鍵付きの檻に連続多重で閉じ込めていく。そんな物騒なことを言う私は、空き瓶さんは何者か。ちょっとした緊急事態に置かれたメイジさんが電子の定義を緩めたことにつけ込めた、ラッキーな秘書さんよ。


 無骨な鉄格子は使われない。その防壁は深い青色をした硝子のように空間に展開した。正面ではなく側面から特別な情報光を透過した防壁は、厚みに超密度で散りばめた仮想素子に微細な生命演算の振動を吹き込む。防壁は際限なく何重にも生み出されてお城の中心に向かって緩やかに凝縮されていく。通り抜けられるのはジェミーちゃんだけ。

 海風と黒鋼鉄の似合う工場地に突如現れた見上げる高さの雅なハリボテ城。今度はお城丸ごと防壁に囲われた。もちろん防壁は地面の下にまで定義されている。


『すごい……。空き瓶さん、あなたは何者……ですか?』


「……えっと、ラッキーな秘書さんよ。ダテマルくんまで突然丁寧語にならないでちょうだい」


『師匠と呼ばせて下さい。それから今度色々と教えて下さい。……あ、でも忘れちゃうか』


「その先のために頑張るのよ」


『そうでした』


「そうよー。さあ、どこまで持つかしらね」


 私の方が、と口に出すことはしない。懸念は確かな両手を狂わせてしまう。空元気でも見栄っ張りでもいい、達人に一矢を報いる方に傾けるのだ。分身と配分の可能性は相手にもある。けれど“私たち人間は”無理ができるし、味方がいることで説明の付かない力をもらえることがある。


『俺も支えられるよね、どうやって手伝えば?』


「ダテマルくんはハルカちゃんのところへ行って。ジェミーちゃんが付いていないから状況が掴めないの。大丈夫だとは思うけれど……」


『……分かった、師匠も頑張ってね!』


「もちろん。師匠はもうちょっと考えさせてね」


「えぇ……」


 適材適所よダテマル少年。


 一枚目の壁がお城に触れる大きさに収縮した。この時点で防壁は三枚。繋げたリソースにはまだ余裕がある。けれど内部から一枚目にひびが入ったのが分かった。

 上品におすまししているよりも、息を切らして辿り着いた姿の方がずっと輝いて見える場面があるとするなら。今がその時ね。きっと。

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