73_MeteoriteBox_32
ギリギリで屈んでかわした鋭利な爪、掠める機械腕、炸裂する爆弾、軋む装甲、鳴り響く鋼鉄の悲鳴。地形と武器を活かした決死の応戦。ハルバードも中々の身のこなしと呑み込み速度だ。
倉庫地帯はそれなりの広大な空間を再現してある。もちろん面積容積だけで中身はお粗末なもの。海に面した隣の工場地帯には高さと幅を持ったいくつかの建造物が暗い色合いをして並んでいる。ここまで造り込んだというよりは、このくらいならついでに収納できたのだろう。
『敵影無し、突入だ』
「ラジャー!」
やっとたどり着いたハリボテのお城の中にメカグモが生成されていたらどうしようかと思ったけど、流石にそれは杞憂だった。ジェミーとの合作だもの。
「んー……?」
『なんだいハルバード』
「いや、お城って言っていたから、ね?」
がらりとした室内。見上げると穴の開いた高い天井と階段しか見えない。素材の質感そのままの鉄板と鉄筋で出来たような美しい……男らしい内装。
『贅沢言わない……! それにハリボテって言ったでしょー』
ハリボテのお城は工場棟の一つを使って造った。簡単に言ってしまえば中身をくりぬいて二階建ての簡素な造りにして、外から見たら和風の立派なお城に一瞬見えるようにして。でもその最たるものは攪乱機能にある。お城の中を読み取れないようにして相手の兵を率いる将を誘う。
『足止めが効いたけど追ってきたのは三機、合流しそうなメカグモも何機か確認した。ハルバードは上の階に行ってて!』
上の階。円筒状の場内の壁に沿って簡素な鉄筋階段が螺旋状に巻き付いていて、かなり広い空間を確保した二階に向かえる。ジェミーを0.3くらい出してもバレないようになっているから、一階で俺が時間を稼いでいる間に城の統制とメイジの誘導をやってもらう算段だ。
「ちょっとメカグモが多いよ、私も――」
私も戦うと言おうとした。でも状況を判断して思い留まった。それでこそハルバード。
「分かった。危なくなったら上がってきてね?」
『もちろん! 戦況の見極めならD仮面の右に出る者はいないよ!』
ハルバードは少し不安を残した表情で頷くと壁沿いの長い螺旋階段へ向かった。言葉の先を読むことならハルカ姉ちゃんの右に出るヒトはこのダテマルの知る限り一人もいない。
『さて』
メカグモが複数押し寄せてくることを考慮してハリボテ城の入り口は狭くしてある。城の手前で足止めしたメカグモたちがそろそろ動き出すはずだ。
『こちらダテマル、空き瓶さん、近くまで来てる?』
『こちら空き瓶、ごめんなさいもうちょっとかかりそうよ。軽微だけれど私の準備にも監視と妨害が入ったの。あと15分くらいかな? そちらは大丈夫?』
『こっちは大丈夫、時間も了解! でもメイジを完全に俺の方に引き付けられていないかもってこと?』
『そうね、相手が同じナビゲーターなら相手も“同じ手”を使うかもって考えた方が良いのかもしれない』
『盲点だった……ジェミーに伝えとくよ』
なるべく急ぐと空き瓶さん。何とか間に合いそうだ。通信を切り目の前に集中すると彼らの足音が聞こえてきた。
精巧な多脚の一本が仕掛けた簡易地雷を踏み抜く。炸裂音、メカグモは硬いゴミを砕くための前腕二本を丸めて防御姿勢を取ったが被害は甚大。推進力を失った合成金属の塊を乗り越えて、二機目がセンサーアイを光らせた。
最初に断っておくと、電子活劇に赤い差し色は使われない。このメカグモたちは電子の階層にいる。テトレンズを外せばあらゆる跡は人目に残らない。エレゴーストの損傷はデータの欠損霧散で済む。……メイジの影響を受けたメカグモが前回の自分を傷付けたことは道中でハルバードから聞いた。だからいくつか確かめる必要がある。
仲間のボディに乗ったメカグモが数本の脚を縮め力を込めた。二本前腕は振り上げたまま。……跳んでくる。
『お前たちに敵意は』
タイミングを合わせて空中で脚を切り込む。数センチ横で地面に突き刺さる鉄爪。こいつらに敵意は……ある。それが誰かに埋め込まれたものだとしても。
『……!』
大衝突音、急接近してくるメカグモの本体。後ろの奴が仲間を蹴り飛ばした? まずい視界が――
『重っ』
両手で握ったダテマルソードで巨体の芯を受け止めかけたが、いなして落とすのがやっと、それより、
『……わお』
視界の端で見えた二機がすぐに両サイドに回り込んでいる。挟み撃ち。しゃがんで同士討ちを狙う? そんなに上手くいく? 一旦後ろに下がって軸をずらし
『っとぉ』
メカグモ片方が腕を横に薙ぎ払うように振るってダテマルソードが弾き飛ばされた。分かった、敵意はある。しかも単なるデータでしかないエレゴーストを明確に排除対象と認識している。これだけ殺気立ったメカグモは彼らを襲う驚異の無い世界では見られないだろう。勿論俺はメカグモにとってそこまでの脅威にならない。挟み撃ちを目論む二機と追加で侵入してきた一機が完全に照準を合わせてこちらの呼吸を読んでいる。彼らに飛び道具が無いだけ有り難いけど、早速戦力差が出た……。
『ん?』
ワオンワオンと人間にも聞こえる音。これはメカグモの注意を引き付ける装置の……しめた。剣を、
『ゴメン!』
身体の中心部を縦に切った。サムライ言葉の格好付けじゃない、隠すことなく破壊への謝罪。
『ハルバード、こっちはいいから戻って!』
階段の終盤で立ち止まって、対メカグモに苦戦するD仮面をハルバードは見ていたのだ。それでこっちに助け舟を出した。……と、ハルバードが線画に。
{間違いなくメイジがここに向かっているジェミ。私の援護はタイミング的に今がギリギリジェミよ、なんとかあとは頑張るジェミ}
階段を離れて円筒城内の宙に浮いたジェミーが緑色の波動を撃ったように見えた。メカグモ二機が動力を失ったように足を折った。絶好のチャンス、捕獲ネットを二機に投げる。
『ごめんありがとう、もう大丈夫だから! あとジェミー、伝言!』
分身を使うのは相手も同じかもしれないと伝えた。線画のハルバードに線画のジェミーが合流し、ハルバードはもう一度D仮面に激励の言葉を発する。それから彼女が二階へ上がったことを確かに見届けた。
また一機のメカグモがハリボテ城の入り口をくぐる。
『あとはメイジが早く姿を現してくれれば……』
新しい無傷のメカグモがじりじりと距離を詰めてくる。ターゲットに数メートルまで近付くと『ピッピッピッ』という警告音に『ピー』という長い音が混ざり通信信号のようなパターンが生まれるようだ。後続への情報提供だろうか。向こうの壁に埋めた遠隔砲のスイッチに手をかけたらもう一機追加出現、少々畳み掛けが過ぎるよ……。
と、なにやら『ギシッ』と鈍い音がした。バランスを崩したように目の前のメカグモがよろけて後ろを振り返る。振り返っても、そこには味方のメカグモがいるだけ……あれ?
強烈な金属高音が響いた。メカグモがメカグモを刺したのだ。
『どういうこと……?』
視力の一部を奪われたメカグモを横に押しのけるようにしてメカグモを攻撃したメカグモがこっちへ来る。
『おいおい、このっ……』
コンパクト電磁砲を向けて手が止まった。違う、このメカグモ――
『実体だ……』
もし今テトレンズを外せたなら、メカグモの残骸と負傷個体は全て消えて目の前のこいつだけが残る。もちろんエレゴーストならその視界をシミュレートできるから……間違いない、このメカグモは実体を持っている。実体が電子階層に干渉できるのか、特殊な武装をすればYESで、メイジの影響で世界が歪みつつある今なら余計にYESだ。
(いや、こいつ――)
『キミは味方なのかい?』
実体メカグモは頷くように足を少し曲げて身体を上下させた。そのままお城の入口を睨む形で俺の横へ陣取る。一体なぜ? 分からないけれど味方なら頼もしいことに違いはない。また一機、今度は実体を持たないメカグモが現れた。それに……
『やっとお出ましか』
真っ黒なメカグモが一機、続けて入ってきた。
* * * * . . . .
みんなで集まった作戦会議の後で、個室を用意したハルカ姉ちゃん。ハルカ姉ちゃんはそこで俺に一つだけ“頼み事”をしたのだけど、空き瓶さん、イオ、俺についたハルカ姉ちゃんの分身はあの場で一旦ジェミーに戻った。だからハルカ姉ちゃんの頼み事の内容をハルバードは知らない。
* * * * . . . .
……あれ、どうなったんだっけ。……えっと……そうだ、二階でジェミーが上手くやってくれて、メイジが黒いメカグモの姿でこのハリボテ城に来たんだ、それで……俺との交渉は許されなかったらしい。力の差も歴然、吹き飛ばされて壁に打ち付けられたようだ。
ぼんやりと視界が戻る。まだメカグモがいる。実体を持った味方のメカグモがメカグモを一機抑えてる、メイジと思しき黒いメカグモは姿そのままに健在、それから――
「……ル……くん」
あれハルカ姉ちゃ……ハルバードの声……。降りてきちゃダメじゃない? いやいいのか、ジェミー側に全配分して、一瞬時間を稼いで、もう空き瓶さんが来るはずだ、それで俺はここから逃げ出さないと――
「ダテマルくん!」
『ぅ……、あ、はい』
ハルバードが身体を支えてくれている。
「大丈夫?」
『うん、ちょっと気を失ってたんだね。……そろそろ空き瓶さんが来て俺は退避、だよね?』
致命傷は受けていない、一瞬よろけたけど立ち上がれた。
「流石D仮面、状況はその通り。ハルバードもそろそろ任務終了だよ」
『ん……そっか、そうなるね』
「だから最後に」
『え?』
ハルバードは少し屈んで目の高さを合わせてきた。それから、えっと…………え?
そうか、そういえば武器を渡した時に手が触れて少し照れくさい気持ちになったんだっけ。今も支えてもらった。ハルバードはエレゴーストに触れるんだ……。
「大丈夫、ジェミーには伝わらないよ。ダテマルくんが私にも内緒にしてくれれば、二人だけの秘密!」
『……絶対言わない!』
ハルバードはその姿を綺麗な緑光粒子に還した。俺は無意識に自分の頬を軽く触って、それから敬礼をした。
粒子は絶妙なフォルムの電脳賢者に姿を変える。黒いメカグモもそれに呼応するように賢者の姿を真似してみせた。
{ダテマル、あとは任せるジェミ。空き瓶さんもお城の外に到着したジェミ}
『分かった。今30%で空き瓶さんのと合わせて60%くらいのジェミー、ジェミーは大丈夫だよね?』
{相手も100%じゃないようだから大丈夫ジェミ。一度喧嘩したから手の内も分かっているジェミ}
『前半ちょっと引っかかる』
{行くジェミ。ヘマはしないジェミ}
『うー、うん』
ハッキリ言って電脳戦になればジェミーとメイジとの争いは次元が違う。一介のエレゴーストの出る幕じゃない。ジェミーがメイジの注意を引き付けた瞬間を見計らって、ハリボテ城の入り口目掛けて駆け抜けた。
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