72_MeteoriteBox_31
『こちらダテマル、装置及び人員の配備が完了した。どうぞ』
『こちら空き瓶。私も準備完了、いつでも大丈夫よ。どうぞ』
『よーしそれじゃあ、お互いの幸運を祈って――』
『ええ。私が駆けつけるまで無理しちゃダメよ』
『はーい……』
{さすが空き瓶さんジェミ}
『そりゃあ俺は大人じゃないけどさ……』
さて、気を取り直して。
――時は満ちた。吹き付ける海風は戦士を駆り立て激励する。いざ重装機械蜘蛛の闊歩する戦場へ!
「って感じ?」
『すっごいそんな感じ……』
分身のハルカ姉ちゃんはハルカ姉ちゃんそのままだ。時々あれこれ見抜いてくるところとか、何だか場慣れ(?)していて色々考えているけれど、やっぱり電脳化もしていない普通のヒトなところとか。ああでも分身になって変わったこともあって、
『本当にジェミーの説明通りなんだよね?』
「多分その通りだよ。証明しろって言われたらちょっと困っちゃうけど」
俺が外部のスピーカーで声を出さなくても会話ができる。レンズ無しで見えるハルカ姉ちゃんの実体は表面だけが構成されている感じで、その気になれば緑の光に戻って隠れることができる。俺たちエレゴーストの仕組みに近付いた感じだ。中身も中々上手いことできていて、分身ハルカ姉ちゃんとして完全に独立した人格なんだそうだ。ジェミーが腹話術をしているということはなくて、次にハルカ姉ちゃんが何を喋るのかジェミーでも分からないらしい。それから、分身ハルカ姉ちゃんが経験したことを口伝え以外でハルカ姉ちゃん本人が知ることはない。「不思議なことに自分でもそうなっている感じがする」と分身ハルカ姉ちゃん。
『やっぱりコードネーム使おうよ。分身とかコピーとか言うのもあれだし……』
「いいよ。ダテマルくんは『D仮面』だっけ?」
『そう。いや違う、……いいやもう。ハルカ姉ちゃんにコードネーム付けるのが優先だからね』
「私のは私が決めていいの?」
『“ハルバード”にしよう。強敵を打ち砕く武器であり、羽ばたいて俺たちの先の景色を見る一羽の希望だ』
「……中々考えてたね」
『でしょ?』
「分かった、私はコードネーム“ハルバード”」
『よし、ハルバードにいくつか武器を与えよう』
俺たちは倉庫地帯にいた。海に面したこの倉庫街は少し歩けば工場地帯、そこに一本の機械槍が刺さっている。海風は本来なら塩気と湿気を持ってくるはずだけど、工場地帯や倉庫に見られる劣化や錆の跡は生身の人間ならテトレンズが無いと見えないフェイク模様だ。建材はもっと未来のもの。昼間の海からの風も心地よく涼しさを感じる程度に調整される。
実はこの倉庫地帯も自分のいた時代の物じゃない。もしかするとどの時代の物でもないごちゃ混ぜの産物なのかも? 人の姿がほとんど見当たらないのと、俺が持っているいくつかの備えが“庭”とも呼ぶべきこの場所には隠してあるから、最初にメカグモを相手にするならここしかないと思った。ハリボテのお城は工場棟の一つに細工をして造る。
『これをこうしてこうすると広範囲に誘導波形を出してメカグモを引き寄せるんだ。この置き型の罠はメカグモが統合システムを再起動するまで三分以上は足止めできるよ。設置はこうする、範囲はこのくらい。これは投げて使おう、センサー系を妨害して無力化できる』
「ふむふむ。……あれ、このクマちゃんは」
『ん? 知ってるの?』
クマのぬいぐるみを見つめるハルバード。
「そっか、ううん、知らないよ」
『これは可愛い顔してるけどメカグモの姿を捕捉して突っ込んでいく爆弾だよ。機能停止に追い込む大ダメージを出せるはず。一個しか無いんだ』
「トコトコ歩くだけじゃなくて……?」
『ええ?』
なんでも、前回の自分がクマのぬいぐるみを出してハルバー……ハルカ姉ちゃんか、ハルカ姉ちゃんのピンチを救ったらしい。クマはトコトコ歩いて電子奈落の底に落ちたとか。なるほどね。……なるほどね?
『じゃあこれはハルバードに渡しておこう。まぁそんなに狙われないと思うけど――』
「イエッサーD仮面」
『うむよし。ジェミーもOK?』
ハルバードがちゃんとヒトの形をしている間はジェミーの姿が見えない。ハルバードが半透明な輪郭だけになると、同じく緑一色の線画になったジェミーが現れる。要は分割したジェミーの限界で、ちゃんと俺の声を聞いてはいるけれど現れないと発言ができないようだ。ハルバードとジェミー合わせて1。片方が0.9ならもう片方は0.1だけ。
{OKジェミ}
一度現れて返事をした線画ジェミーが消えてハルバードが元の姿に戻る。ジェミー曰くこの配分の切り替えは結構重要で、メカグモを抑えた後に来るメイジが“ハルカ姉ちゃん本体がここにいる”と勘違いする必要がある。他の場所に向かったハルカ姉ちゃんとその分身は可能な限り隠れることにエネルギーを使う。こっちは反対に目立つことにエネルギーを使う。佳境でジェミーが忙しくなりそうなので、俺への支援は事前に武器を強化してもらったりをメインにしてもらった。あとお城を建てるお手伝い……。
『それじゃあ槍にちょっかいだしてメカグモを呼んでみますか』
「いよいよだね。ハルバードはスタンバイできてます」
海を背にして二つの倉庫の間に陣取っている。正面には通路、メカグモが現れれば行動は制限される。左右にも逃げられる道。そして大いなる追い風。
ずっと繰り返すと思っていた。都合2時間までの記憶は先へ進まず、朧気に切り取られた自己と過去が把握する世界に意味や意義が必要なのかと考え込んだ。メカグモを勝手に改竄されることへの怒りはある。何故か残された人工落下物への疑問を持つ思考も幾度となく問い掛けてきた。けれど先は見えなかった。エレゴーストともなれば自らの記憶を書き換えることもできよう。何も気にしなくていいように、とね。それをしなくて正解だった。
『――作戦開始!』
機能をほぼ停止させたかに見える機械槍たちは秘密裏に微かな鼓動を続けている。ただ街に再現された人々が機械槍に近付くことはないけれど、仮想箱への来訪者が偶然にも槍に近付けばメイジの監視対象となる。大抵はそこまでで何事も起きない。じゃあ槍を消しちゃえばって思うのだけど、メイジは槍自体を消すことができない。最初からあるものだからね。槍を起動させる来訪者が現れるなんてどう考えてもメイジの想定外だったはず。
鍵穴にイリーガルな針金をカチャカチャするように、機械槍の内部に入り込むような電子アプローチをかければメカグモが現れる。彼らは本来ただの掃除役だ。俺みたいな困ったことにちょっと特別な箱の中のキャラクターが決まり事に手を出すことがルール違反なら、メイジは同じルール違反で取り締まるのだ。
果たして俺はどこまで手のひらの上だったんだろう。ハルカ姉ちゃんたちが運んできた飛行船で俺たちは外に抜け出すよ。地図の外に無理矢理落ちてどうなろうとね。
「来た……!」
そいつは向こうの曲がり角の先に唐突に転送されたのかもしれない。相当な精巧重厚装甲を支える多脚は思いの外静かに地面に傷を付けずに歩く。カニとクモを足して頑丈にしたような機械はそれでも生物を模して進む。遠巻きにも聞こえる短く連続する警告音、近付けば慈悲無き駆動音。
『正面か、最初はやっぱり一機だけだね。ハルバード下がってて、新ダテマルソードで一撃だ』
後ろにハルバードの退避を確認。大人の背の高さよりも高い倉庫と倉庫の間の通路を通って窮屈そうにメカグモが近付いてくる。こっちから見ると逆さの“T”字になった地形、メカグモが縦棒を抜けたタイミングで右の倉庫の壁に仕込んだ目くらましが作動する。
超高出力にパワーアップした伝家の宝刀の柄を強く握った。
(いけ……!)
パチッ、っと閃光弾が炸裂。瞬間的にメカグモのセンサーが発光源に集中、光の中から現れたデコイがメカグモに威嚇電磁射撃を開始して更に注意を引きつけた。今だ。
『てぇええい!』
一気に接近メカグモの後ろに回り込んで腰を落とし全ての脚を引き込むように長剣を振るう。
電子の剣は機械蜘蛛の脚から動力を奪った。
「おぉ……」
崩れ落ちてペシャリと胴体を地面に付けたメカグモ、センサーアイは尚も俺に全集中。警告音がヒートアップして音量を増す。動かない脚に注ぎ込もうとするエネルギーが身体中にギチギチと嫌な音を立て始めた。
『壊しはしないよ。キミには釣り餌になってもらう』
視点を電脳戦に切り替えればこの個体が救援信号を出し始めたのは明らかだ。――次が来る。
「ダテマルくん向こうから!」
『D仮面だハルバード! 反対からも来た、右から来たのを倒して海沿いに走ってお城に向かうよ。装備は万全だね?』
「はい!」
さあメイジが出てくるまで一暴れだ。
二機目は最初からカニで言うハサミ、前腕を少し振り上げて威嚇するような姿勢、後ろからゆっくり近づいてくる三機目からも敵意を感じる。
『ハルバード、トリモチの練習しよう。大丈夫? ……怖くない?』
さっき脚を折ったメカグモでさえハルカ姉ちゃ――ハルバードの背の高さくらいはある。目の前にメカグモが正面に立ちはだかれば彼らに敵意が無くとも足がすくむ。
「怖いけど……ここで怖がってる場合じゃない、でしょ?」
『そうだね、頼もしい限りだ』
二人同時にメカグモに向かって駆け出す。複数の目でこちらの動きを捉えて小刻みな音を立てるメカグモ、射程ギリギリで俺たちが左右に散る。電子戦に長けているのは俺で誘導ライトも使えばメカグモはこっちを向く、側面で走る俺を補足し素早く正面を合わせたメカグモはハルバードに背を向けた。
「トリモチ設置完了!」
そのまま射程圏外の円周を交差するようにお互い走って合流、メカグモとトリモチと自分たちが一直線になった地点で後ろに距離を取る。
『ビンゴ!』
バチバチと火花が散るような演出と音が鳴り響く。細かいところは省略するけど妨害演算と金属素材そのものをくっつける仕組みで強烈にメカグモを足止めするのがトリモチだ。
『走るよハルバード!』
「了解D仮面!」
最初の一機でメイジにアラートが飛んだはず。二機目でなにやら異常事態だと思うはずだ。速度を上げて追いかけてくる三機目に反動大のコンパクト電磁砲を撃って、まずは向こうに見えるハリボテのお城へ逃げ込む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます