71_MeteoriteBox_30
やることは大きく分けて二つある。ひとつは隕石を止めること。それには街に何本も突き刺さった巨大な機械槍を使う必要がある。もうひとつメイジを抑えること。メイジは隕石を止めようとすれば強力な権限を以て干渉してくるはず。
「あれ? いきなり疑問なんだけど、槍ってもしかして一つじゃ足りないのかな?」
{一つじゃちょっと厳しいジェミね}
「でも私しか動かせないんだよね……?」
勝手な思い込みであればいいのだけど、私が扱えるのはせいぜい一本のような……
{半分正解だけど抜け道もあるジェミ。ハルカの分身を作るジェミ}
「へ? 分身?」
分身と言えば忍者の使うアレ?
{そうジェミ。それから分身の因子不足を補うために協力者が欲しいジェミね。説明するから見てジェミ}
ジェミーはベンチの上から地面に可愛らしい手を向けた。緑色の光の粒子が足下のザラ石タイルに浸透して記号と図形を作っていく。
「地図だ。セントラルと、こっちがビル街で、そっか槍はこんな風に配置されてるのね」
ジェミーの描く地図は見覚えのある主要なオブジェクトとルートを組み立てていく。槍の配置は目で見た通りランダムのようで、例えば綺麗な五角形の頂点に位置しているようには見えない。地図上に表れた槍の本数は七本。でもよく見ると地図の端は途切れていて、地図にも世界にもその先があることを示している。『2時間』で探索できるかどうかはさておき、例えば地下に電車があるとして、海の向こうがあるとして。私はどのくらい箱の中を歩けたのだろう。緑粒子は平面描画を得意気に超えて建物に高さを与え、地図はミニチュアの街になった。ミニチュアの街に『★』のマークがいくつか現れる。ビルの中と倉庫地帯と……きっと空き瓶さんやダテマルくんの位置だ。
{協力者はダテマルたちに頼みたいジェミ。ハルカの分身はまずダテマルたちに会いに行って、そうジェミね、とりあえずセントラルに集まってもらうジェミが……}
「うん?」
{分身のハルカで来てくれるかなジェミ}
ジェミーの指定した協力者はダテマルくん、空き瓶さん、それからイオ。ダテマルくんの時に確認したとおり空き瓶さんやダテマルくんのような“私がちゃんとお話しした人”であっても、私が仮想箱に入り直せば皆は私のことを忘れてしまう。イオは隕石落下の直前に多くのことを思い出すけれど、そこに私の記憶は混ざっていない。つまり初対面の私を、しかも分身の私を彼らが信用してくれるかどうか。
「私の分身はどんな感じなの? シルエットだけとか、喋れないとか?」
{ちゃんと色が付いてて話せる99%ハルカジェミよ。まあ相手に合わせて必要な情報だけを使うジェミが}
やろうと思えば私が彼らに最初に会った時の一挙手一投足を模して、彼らが分身を見抜けないような細工も重ねて完璧な再現ができるという。でも多分そうじゃないな。
「それじゃあ、メッセージを伝えるのはできる? 私の分身に私からの伝言を頼むの」
{メッセージ、できるジェミ}
「それなら、」
「私は分身です」と始めに公言するのと、短い言葉で作った三つのフレーズを伝えてもらうようにジェミーに頼んだ。会ったことのない相手に合い言葉は作れない。でも彼らがどんな人たちなのか私は知っている。魔法使いでなくとも言葉は時に鍵を開ける。
{了解ジェミ。それじゃあひとまず分身ハルカに飛んでもらうジェミが、分身がどんな感じかハルカも見ておくジェミ?}
「私そっくりなんだよね。今はまだやめておこうかな」
こっそり思い出したシーンがあったから。
{はいジェミ。じゃあ行ってらっしゃいするジェミ}
「おー」
ジェミーがベンチの上で軽くジャンプすると、テレビ型の身体からぼわっと緑の粒子が多めに生まれた。そのまま三つの塊を曖昧に形成してジェミーの頭上をくるくると二周ほど回転し、見晴らしの良い小高い休憩場から三つの地点を目指して未来都会の空に飛び立っていった。
「いってらっしゃい」
{いってらっしゃいジェミ}
私たちは私たちで真っすぐにセントラルを目指す。階段を降りるときに柵に囲われた敷地が目に入った。鳥居型のセキュリティゲートは消えていた。
* * * *
ほどなくして駅前風の空間セントラルが見えてくる。ヒトの密度が上がり、クルマと同じ役割の浮遊銀卵がいくつも道を行く。左右のチョキでテトレンズを付ければ更なる未来が視界で縦横無尽の手招き。
「ここにみんなが来るんだよね?」
{そのはずジェミよ。そんなに時間はかからないジェミが、まあ適当に散歩でもして待つジェミ}
ジェミー曰く私の分身の様子を遠隔カメラのように中継することもできるらしいけれど、そこは想像を楽しむということにしてやめておいた。代わりにジェミーと適当な会話を楽しみながら誰かのために用意されたであろう駅前のお店をいくつか見て回った。作戦の続きは皆が揃ってからというので一旦お預けだ。そうこうしているうちに{そろそろ来るジェミ}と一言。
駅前のベンチで誰かを待つ私は、短い時間でどこか懐かしいような感覚を思い出していた。ビルに纏わりついたチューブ状の装置や通路だとか未来装具の通行人を見慣れたからかな。自分に興味の無い大多数をどこか不安気にけれど瞬時に確認しながら、自分と関係のある誰かを探す。淡い期待と緊張が優しく膨らむ。
まずイオの姿が見えた。それから空き瓶さん、そっかテトレンズを付けないと、最後にダテマルくん。ダテマルが壁の表面から出ているのはみんながいるからかな? それぞれの方向からやってきた三人はジェミーくらいの大きさの緑光球を肩に浮かべている。
(む――)
私のところで合流かと思いきや交差点の手前で一時停止したり迂回したりして、三人が先に合流した。特にダテマルくんが何だかニヤニヤしながら近付いてくるような?
『やあ。ハルカ姉ちゃん本体だね』
「初めまして……じゃないんですよね」
「あなたの名前を知ってしまったけれど、私は“空き瓶さん”で良いってあなたの分身から言われてね、」
『俺たちはコードネームを付けることにしたんだ!』
「えーっと?」
どうやら私の分身が“とっても上手いこと立ち回った”らしい。イオ用のテトレンズに空き瓶さんの手のひらには小型スピーカー。コードネーム『D仮面』と『グラスレディとかで良い?』と『思い付きません……』が誕生しかけたが、分身じゃない私のストップにより事なきを得た(?)とかなんとか。
『ハルカ姉ちゃん、空き瓶さん、イオ様』
ダテマルくんが皆を順番に指して練習をする。――ん?
「イオ様……?」
『だってイオ様は本当はすごいって聞いたから……』
「それは後にしよう、ね?」
「私は何も……」
「ハルカちゃん、イオちゃん、ダテマル仮面ね」
『仮面だけ残った!』
……賑やかになった。
{静粛にジェミ}
一同、ジェミー進行役に注目。
{……空き瓶さん、カフェとか知らないジェミ?}
ジェミー、いくつかツッコミさせて。
* * * *
“カフェ”という言葉は散歩している間に私が呟いたのをジェミーが拾ったらしい。言われてみるとそんな気がする。要は手頃な大きさの室内空間があればよく、作戦会議を行うためにジェミーの力で隔離させて隠れ蓑にできるとのこと。
未来の紅茶やコーヒーには目もくれずに、お水くらいは用意して、……それもなし? まあいいか。ジェミーがあっという間に空間を整えて、セントラルのすぐ近くの建物四階に私たちだけの小さな会議室ができた。二人掛けのテーブルを二つ合わせて四人掛けにした窓際のテーブル。ジェミーは子供用椅子じゃないと思うけど背の高い椅子でお誕生日席。
{何となく楽しい感じになってしまうジェミが、ここからちょっとだけ真剣ジェミ}
『“ちょっと”じゃないんだよね』
「そうね。イオちゃんも、元のあなたがね、――」
空き瓶さんは記憶の無いイオの不安を丁寧に解いてくれている。私がどうにか記憶が戻らないかと色々試した時にもイオはどこか不安そうで、きっとそれは拠り所が無いという感覚が付き纏うから。
「相手はここのルールと聞いたけれど、私たちで務まるのかしら?」
{もちろん私が手伝うジェミが、厳しそうなのは事実ジェミ}
私の分身三人分の光を身体に戻したジェミーは、メニューの置かれていないテーブルに記号と矢印を並べながら説明を始めた。料理の代わりに皆でそれを眺める。まず、槍には私たち四人がそれぞれ一人ずつ向かう。つまり私たちは四本の槍を使う。ダテマルくんと私の分身、空き瓶さんと私の分身、イオと私の分身、それから私本体とジェミー。組み合わせはそうするらしい。
{当然メイジが気付いて邪魔をしてくるジェミ。ダテマルが作戦本部を錯覚させて、空き瓶さんが一時的にメイジを抑え込むジェミ}
「それって空き瓶さん大丈夫なの……?」
空き瓶さんは短く私を見つめると微笑んだ。瞳に一瞬藍銅鉱の光が煌めく。
「もちろん玉砕なんて思っていないわよ。実は私はとっても強い……というのは冗談だけれど、ジェミーちゃんのアシストで何とかなるということでしょう?」
{時間稼ぎくらいならできそうジェミね。でも色々と危ないのは事実なのジェミ}
ジェミーは説明を続ける。ジェミーが生み出す私の分身にはいくつかの役割がある。仮想箱の仕組み上、私でしかできないことを部分的に代替すること。時刻表示だけ残して私の手首を離れた時のように、ジェミーの一部として三人をサポートすること。それぞれの様子を中継すること。つまりジェミーは同時に四か所を監視しながら、私たちを守ってメイジの妨害を引き受けることになる。万能で奥の手がたくさんあるジェミーでもそのリソースは有限であるとジェミー自身が公言した。どうやっても手薄になる部分は発生する。誰かに危険が生じる。
『俺たちは俺たちに何かあったとしてもハルカ姉ちゃんが箱を出れば元に戻る。そうでしょ?』
{そうジェミが……}
「ハルカちゃんはそうじゃないかも知れない。だからジェミーちゃん本体が付く、そうよね?」
{そうジェミね……}
『それならジェミーの思う配分でハルカ姉ちゃんを最優先で守る、それで頼むよ。俺たちより何倍も的確な判断が瞬時にできるはず』
空き瓶さんと、イオまで頷く。
「ちょっと待って、呼び出した私が言うのもあれだけど、大前提は私の勝手な「最初にね、」
空き瓶さんが遮った。
「あなたの分身は私に謝ったの。私が『それは私もやってみたいことだから謝らないで』って止めるまで何度もね。ダテマルくんにもイオちゃんにもそうしたって。私たちは自分たちが安全だと分かっているからハルカちゃんに協力するんじゃなくて、覚えていないはずの一度会ったハルカちゃんと話していた自分自身から“そうしなさい”って強く言われていると思うからそうするの。それに、何故か絶対に上手く行くと思っている。みんなで力を合わせればね。……本当よ?」
なんてありがたい言葉。私の分身が後で本人に知らされないのを分かった上であれこれ打ち明けたのかな、“でも”が続かない。
「……ありがとうございます」
「丁寧語ダメよーって前の私が言ったでしょう。チームメイトは対等よ」
「はい、うん……」
不得意そうな意地悪微笑で追い打ちする空き瓶さん。悟られないように瞬きの回数が増えてしまう。私だってイオにそう言ったんだ、よし……。
{……じゃあ、続けるジェミよ?}
作戦の全容はこうだ。最初にダテマルくんが前に見せたような“反逆者”を思わせる行動をしてメカグモを呼ぶ。ダテマルくん一人ならメカグモ一機から逃げる程度、そう思っていそうなメイジの予想を裏切って私の分身①に変装していたジェミーが登場支援、そこでメカグモを抑え込んでしまう。ダテマルくんの予想ではメカグモがもう何機か増援に向かってくるけれど、一旦“ハリボテのお城”に退避してメイジの気を引くような通信を流しながら更に増援メカグモたちを抑える。こうなるとメイジ本体が出向かざるを得なくなる。ここで姿を現したメイジの不意を突いて空き瓶さん&私の分身②がメイジに攻撃を仕掛ける。ダテマルくんだけを外に逃がし、何枚も壁を作ってメイジを閉じ込めてしまうらしい。ダテマルくんについていた分身①はジェミーに返すのでジェミーのアシスト能力も倍増する。
{ここまでは良いジェミ?}
まだ自分たちが登場していないのでひとまず頷く私とイオ。
「分かったわ」
『OK、中々カッコイイじゃん』
イオは最初から機械槍にこっそり近付いておく。メイジ本体がダテマルくんのところに向かうのを見計らって、機械槍に入り込むのだ。イオは元々仮想箱のお客様、私の分身が細かいところを補完すれば槍は扉を開けて呼びかけに答えるという。記憶を奪われたイオは基本的に槍の中で待機をして“その時”を待つ。ジェミーは槍との親和調整に入り、目を覚ました最初の槍を起点に他の槍にもモーニングコール。同時にイオが記憶を取り戻してからの時間を一秒でも稼げるようにする。空き瓶さんが稼ぐ時間はこの重要な時間に費やされる。
「良いジェミ?」
頷くイオ。
「あれ? 私は?」
{正直なところこれで私の90%くらいの力を使ってしまうジェミ。ハルカは10%の私と別の機械槍で待っていて欲しいジェミ。全体の様子は10%の私でも中継できるジェミ。ダテマルも途中から暇だから散歩とかしていると良いジェミ}
「少々納得行かないけど……それしかないんだよね」
ブラウン管テレビ画面に緑の点が二つ動く。ジェミーが私以外の三人に器用な視線を送った。
『それしかないんじゃない?』
「そう思います」
「そうねえ」
「はい……」
空き瓶さんの造る防壁はメイジを完全に抑え込めるわけではない。想定から時間稼ぎで、途中で破れる。ハリボテのお城に城主が居ないと分かったメイジは私かイオのところへ向かう。ここで一時退散したダテマルくんと、同じく壁がある間に逃げた空き瓶さんが最小限の私の分身を連れて別々の槍へ。私かイオのところへ駆けつけたジェミーがメイジを迎え撃つ間に隕石が顕現落下、準備万端の機械槍が残った四人+私の分身の操作で起動して隕石落下を食い止めるのだ。
ここまで聞いて、私は作戦の鍵が諸々のタイミングにあると思った。丁度良く隕石落下の時間になるだろうか?
{心配ないジェミよ。時計はこっちが持っているジェミ}
久々にジェミーが刻む残り時間を見た気がする。そうだった、時間は把握できるし、私たちが行動を起こすまで向こうは何もしてこない。
{以上ジェミが、質問があれば何でもどうぞジェミ}
『はい!』
{ダテマルどうぞジェミ}
『作戦名は?』
{決めていないジェミよ}
『だと思った。……サイバートライデントカルテット。これでどう?』
イオ困った顔、空き瓶さん余所見のフリ、ジェミー最高級の無表情。
「語呂が悪い……かな」
『えーハルカ姉ちゃんがそういうのなら仕方ないな……じゃあ、――』
作戦名がどうなったのかは誰かの想像にお任せするとして、私たちは作戦の全容と自分たちの役割を理解納得して快諾した。でも一つ、会議室を出る前に私はジェミーにお願いをした。
「ジェミーと、それからダテマルくんもかな。順番に1:1で話をさせて欲しい」
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