70_MeteoriteBox_29
もう何度目だろう。巨大な槍の刺さった未来都市の街並みを見ていた。そうだ今度は――
「ジェミー!」
{久しぶりジェミ}
「え? 大丈夫……?」
短い手足が生えた小さなピンク色のブラウン管テレビには、大きな大きな白い『×』印がペタリと貼り付いていた。絆創膏……ってこと?
{ちょっと喧嘩したジェミ。強敵だったジェミ……。ハル――}
地面に座り込んでジェミーに抱き付いた。石材調の地面素材がヒヤリザラリと脚触りを返す。それよりもジェミーの手触り。
「冗談が言えるということはご無事なようで」
{そうジェミね、まあ平気ジェミ。ハルカ語録でも並べてみるジェミ?}
「……それは遠慮します」
ゴムっぽいジェミーの表面を撫でていたら×マークは消えていった。ジェミーは槍の中で私を庇って、格上の相手に時間稼ぎやら逃げ道作りやらを強いられたはずだ。本当に無事でよかった。何か壊されたり取り上げられていたらどうしようかと思った。
{それで、良い情報は得られたジェミ?}
「それがですね、なんと仮定作者に会えたよ」
{ほうほうジェミ}
「それでね、」
{ひとまず座ろうジェミ}
「あ、うん」
実は私たちの会話をずっと聞いているはずのベンチに座る。私は身体を捻って、ジェミーは私の方を見て立っ……座って小さなベンチの上で向かい合う。(やっぱり足の収納の仕方が面白い。)
『2分』の先にあった箱庭での出来事をかいつまんでジェミーに伝えた。カケルとイオのこと、元カケルのナビゲーター(黒いジェミー)のこと。それから二人を説得したこと。私は槍を使って隕石を止める――つまりナビゲーターを阻止しようとしている、と。
{だめジェミ}
「……むむ」
{あれに挑むのは賛成できないジェミ。……分かりにくいからあれに名前を付けようジェミ。ハルカの得意技ジェミ}
「ん、うん? 名前か。黒ジェミーって呼ぶのはちょっと嫌だもんね。そうだなあ」
あら、すぐに思い付かない。個性的な語尾が付かないせいもあるけれど、多分あの黒いナビゲーターに例えば善悪の類を宛てられていないからだ。私の色眼鏡で大枠を見ようとすることは決めた。でもまだじっくり見たわけじゃない。
{思い付かないジェミ?}
「思い付かないみたい。ジェミーが決めちゃおう」
{“ーミェジ”とかどうジェミ}
「え? ええ?」
ジェミーは「ジェミー」を反対から読んだようにしか聞こえない声を出した。いや、最初の長音符は音にならない、文字に書かないと分からないはずなんだけど、そう聞こえた。どうやったの……。
「ミー、ィーミ……、……メ、ミュ、メェジ……」
{何してるジェミ}
ダメだ真似できない。
「もう一回言って?」
{メイジ、ジェミね}
「違う違う、最初のやつ」
{メイジジェミ。魔法使いという意味ジェミね}
「むー……分かった、分かりました」
元カケルのナビゲーター。たった今から呼び名は“メイジ”。確か電子の世界では卓越した技術を持つ人をそれっぽい名称で呼んだ気がするから、これはこれでいいか。
「それじゃあ本題に戻るよ。私はメイジに“待った”を唱えます。ジェミーさんはこれに反対する、のですね」
{そうですジェミ}
「どうしても?」
{今回は結構どうしてもジェミ、いくらハルカでもジェミ}
「そっかー……」
正直なところ、カケルとイオは私の想いに折れてくれた。説得なんて言葉に物騒なことは一欠片もなく、ただ私は私の考えを伝えた。嘘を使えば隠せたこともあっただろうし、選ばれた言葉は相手を揺すった。私を心配してくれる二人の言葉はどこまでも純粋に響いた。言葉の感覚は対人間と何も変わらなかった。
けれどジェミーは、ジェミーも、本当に私を心配してくれていて、その上でジェミーはとても優秀だ。私に危険が及ぶなら腕ずくでということができる。……ジェミーにはもう一枚だけ札を使う必要がある。カケルとイオには伝えられなかった、二つ目の理由。
「ジェミー、考えながらしゃべるね」
{いいジェミよ。ゆっくりでいいジェミ}
「私は、この仮想箱で私が見ている全ては私が作ったと思っている。正確には私に合わせて私が見る世界が作られた」
ジェミーは緑色の点が二つだけの顔が映る小さな画面を傾けて頷く。音の無い相槌は“正解”とも、正誤を問わず“続けて”とも取れる。
「もう気付いているかもしれないけれど、私は多分仮想箱に来る普通の人よりも一階層以上“外の世界”を知っている。だから、こうやって箱の中と外とを見ているうちに色々と考えちゃって……、作った仮説の中にまだ否定できない厄介なものがひとつあってね、」
それは、“ここまで”がシナリオの上だという仮説。しかも、“ここから”も。
箱の外に位置したように見える仮想箱の作者――カケルすらも用意された演出設定値のパターンに過ぎず、私はメイジに挑もうとして、決定権を得ていると錯覚したまま最悪の結果を選んで、例えばそう、この中で消滅する。それが仮想箱の言う“人生最後の瞬間”の体験なのだとしたら? 忘れてはいけないのが、仮想箱は遠い未来の技術を備えているということ。ヒトの誘導なんて容易い。記憶や感情だって意のまま思いのままなのだ。技術は突出した人間が使いこなす。善悪はその次。
どうにかニュアンスを伝えようと言葉を選ぶ私は、いつの間にかほんの少し震えていた。もし本当に仮想箱のひとつに悪意があるのなら、私には抗う術が無い。私ではこの仮想箱の最外層を認識できない。それから、ジェミーたちが味方であると信じることが脆く崩れる可能性を自分から認めてしまうような、そんな意味合いも含んでしまう。私に可能性を見せる因子に過ぎないのでは、と。
これは厄介な仮説だった。否定したい仮説だった。でもそれができない、無意にして頑丈堅牢な結晶鉱石のような仮説だった。
選択の理由が好奇心を経て、世界にその後の時間を与えることも経て、やっぱり人助けに戻って。一意単純な理由ではなくなった。技術を味方にした何か薄暗い気配を見えないフリがしたいのかもしれない。私は今の自分がシナリオの上を走っているのかどうかを見抜けない。でも、強制誤認識であっても、その中で自分が決めたと思う方向に走りたい。私が出会ったもののうちいくらかを助けたいからだ。ジェミー、あなたを含めて。
{それは、ハルカのせいじゃないジェミ}
ジェミーのカラーコーンみたいな短い手が私の指先に触れていた。
{ヒトはこうやって触れば少しだけ不安が紛れるらしいジェミ。私たちを作ったのはあくまでこの世界の仕組みジェミ。ハルカの言う通り、私だって私を構成しているものを超えることはできないジェミ。でも私はハルカの味方だと自分で思っているジェミ。それ以上は言えないけれど、私たちはそれを信じられるはずジェミ。何とも私らしくない言い方ジェミが……}
「ジェミーらしいよ。……ありがとう」
{だからジェミ、それが“ごめんなさい”ではなく“こうしたい”なら、私はハルカに協力するジェミ。やってみようじゃないかジェミ}
「……うん!」
{……ちなみに仮想箱の安全性については、何かカケルたちから聞いたジェミ?}
「えーっと、うん。もしかしたら私にはちょっとだけ都合が悪いかもしれないんだよね……」
{やっぱりジェミか。まあその時は私が守るジェミ}
「頼りにしてる!」
{任せてジェミ}
指先の接触は握手に変わった。多分ここがジェミーの手のひら。
{それじゃあ作戦会議ジェミ。私の奥の手を64個くらい使ってもいいジェミが、情報を整理するジェミ}
「そんなにあるの……?」
{あるジェミよ}
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