67_MeteoriteBox_26_das_sandspiel_Gedachtnis


 偶然情報が不安定になって偶然時間が貰えたのだと思った。けれど偶然は有り得ない。誰かが用意された分岐を抜け出そうと精一杯走ってくれたから。私が何かできるように“優秀なナビゲーター”が時間を稼いでくれたから。

 自分の正体を伝えた私に二人は口を揃えて“それは頼もしい”と言った。ハルカちゃんは丁寧語じゃなくていいよ、とまで。――だから伝えなきゃ。この仮想箱に悪者はいない。ただ、主の手を離れてしまった形があるだけ。それはただ、忠実に世界を“守っている”だけ。



* * * * * * * *



 その少年には見渡す限りの広漠とした世界に足る砂が与えられた。砂は世界の外から現れる巨大な手によって簡単に姿を変えた。果てしなく平坦な砂漠になり、時にはうず高い砂の山になり、あるいは砂の無い仮初めの海を造った。

 手は少年の手だった。

 少年は世界の終端を見ることができた。砂の果てには絶対的な壁が聳えていた。どの方向へ歩いても歩いても壁は続いていた。

 世界は四角い箱だった。


『好きなものを置きなさい。ヒトでもモノでも概念でも良い。あなたの思うように、あなたの想う場所に』


 少年にはさして知識が無かった。箱の外の多くを知る前にその状況に陥った。意図的に無作為を生み出す装置に手を借りて、でたらめな世界でたらめな時間の情報を取り入れた。


『選んで置いたものもいくつかあるのね。それは? 限定的な対話AIね。いいわ、残しなさい』



* * * *



『無数分岐や際限の無い繰り返しによる構造の突破は機械的な加速として基本であり初歩である』



 柱は砂上の街を破壊しようと思って使ったけれど

 迷いがあったので防衛機能を備えていた

 柱の時点で既に思いが自らを離れることを察知していた

 少年の世界を支える無数の柱は少年の街を壊す無数の槍となった


 虚しくなって自分で再現した世界を壊し続けて

 代り映えのないデータを集めていた

 退屈なお客様が誤差の範囲で影響を与えるくらい

 後は同じような集積が複製されるだけ

 とうに意味は求めなくなった



* * * *



――藍銅色の問いかけはその時どちらにも成されていた。


 機械意思はその規模だけを測るならば個人思想の遥か上を行く。社会意思との比較は多種の観点を必要とする意味で単なる勝敗とできない。ただし機械意思は個人意思を解析できる。ヒトが生みの親だから。

 意思は意志となった。

 自然は規模的にはこれら概念の数段上だったが、科学を槍とした彼らはあまりに鋭く、その受け皿を容易に破壊できた。

 個人意志・個人思想でそれらに抗うということが、果たして現実的か。ヒトの感覚で扱う数値において、あなたの信じる数値において。


――少年は、あるいは少女はそれぞれの答えを用意した。誰も責めることはできない答えを。



* * * *



 最上の自浄機構は“箱の中”における機械蜘蛛だけとは限らない。「micro」と「macro」を切り替えれば、“仮想箱の形態を取った箱庭”における少年の導き手を明らかにする。それは言葉遊び程度の階層において偶然にも「a」と「i」が単独で実行できるように見えた。



* * * * * * * *



 ハルカちゃんたちが生み出してくれた貴重な時間、口下手な私は分散記憶の何分の一かを話すのがやっとだった。でも言葉を大切にする彼女はそれ以上を受け取ってくれた。


「これ、私たちの秘密の合言葉だったの。この合言葉を思い浮かべながら『2分』を選んで箱に入って」


 私とダテマルくんはやっぱり最初の状態に戻ってしまう。けれどハルカちゃんはきっと上手くやってくれる。

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