66_MeteoriteBox_25


 二色に分かれた公園の地面、敷き詰められた四角形たちを劣勢側色の一本道が貫いた。私のために用意してもらった特製のレッドカーペット。イオに向かって真っ直ぐ伸びたそれを一気に駆け抜ける。踏み込んだ音も感触も砂そのもの。


「……イオ!」


「……?」


 イオは息を切らして突然現れた私を認識した。ベンチに座ったまま、やや不安そうな顔で上半身をこちらへ向ける。


「あの……」


「……はい?」


 反応はしてくれる。でもやっぱりまだ欠けている。彼女から何かが溢れるのは隕石落下の直前になった時だけだ。ジェミーの指示は“イオのところに行け”だったはず。ミッションクリア出来ていない……? “その時”を待てということ? あと何分で――と確認させてくれるジェミーが今はいない。


「えっと、私はハルカ。初めまして……」


「初め……まして、私は…………あれ、名前……」


「大丈夫、無理に思い出そうとしないで。あなたのこと、イオちゃんって呼んでもいいかな」


「イオ……はい」


 イオの隣に座り空を仰ぐ。空は変わらず薄青く、突然出現するかに思える隕石までのリミットは読めない。視界に影が差してようやく残酷な終末を感知できるのだ。

 イオはまた怖そうな顔で空を睨む私の表情をみて何かを感じ取ろうとしている。私にはイオが取り上げられた何かを返してあげられない。ところが痺れを切らした仮想箱は、いや、満を持して仮想箱は役者を仕向けた。


「……来た」


「……!」


 一瞬、遥か上空に情報粒子の大渦が集束したのが見えた。見渡せる視界全方位に影が落ちる。やっぱりそうだ、加速し物理の法則に乗って大気圏外からなんて全くの嘘で、それは空間に瞬間出現した。更には停止に近い速度で最後/最期の時間演出に移っていく。私に視認を許す、スケールの演算を許す、悪意の想像を許し、尚も平等に嘲笑う。――良いでしょう。待っていた。


「……ハルカさん、」


 イオに世界が流れ込む。溢れた情報に彼女はどこまでも美しく優しい涙を零す。取り返した全てが直後に潰されるのを察するから。救済の願いがどれほど無力に終わるのか分かってしまうから。


「――あれ」


 いつもよりも猶予時間が……?


「ハルカさん、私たち“今回は先へ進めるかもしれない”」


「え?」


 涙の溢れたイオの瞳は力強くしっかりと私を見つめていた。迷いも諦めも掻き消した瞳。


「こっちへ来て下さい! あの男の子を助けます!」


 イオが白い手で私の手を取った。見間違いでなければ淡い粒子を纏った左手、私もバランスを崩さないように身体を反転させて公園の入口方向へ走り出した彼女に追走する。ダテマルくんが作った透明な道は驚いたことに既に穴だらけで、イオがそれを修復しながら進んで行く。私と同じ決してアスリートには及ばない女の子のフォームで、しかし私では持ち得ない何かを携えて。


「イオ、思い出せたのね、」


「はい、私もっ……、あれを止めようとしましたっ」


 振り返らずに走りながら告白するイオのショートカットが靡く。数歩先で透明な輝きを取り戻していくレッドカーペット、もう少しで砂地を抜ける。


「でもダメだった、少し時間が残ったのは初めてかも知れない、だからっ、」


 ついた、かまぼこの向こう。ダテマルくんは? イオが私の手を放して両手の平を前へ、私は両手を使ってレンズを左目へ。


「無駄にはしません!」


「……だ、ダテマルくん!」


 そんな、一体何が?


『あれ……ハルカ姉ちゃん? と……イオさんか』


 メカグモ、周囲に戦闘跡。大きく破損したメカグモは折れた前足を突き刺す形相で掲げたまま硬直、片膝を付いて振り向いたダテマルくんは電子の身体を斜めに……引き裂かれている。血は出ない、傷口から視覚情報が流れ出て行く。すぐにイオがダテマルくんに駆け寄って片手をかざした。もう片方の手は動きを止めたメカグモに向ける。ダテマルくんは公園に背を向けて、メカグモは公園に向かって。……そうか、テトレンズを外せって、そういうことか。私が振り返ってもダテマルくんの状況に気付かないように。きっとダテマルくんはレンズ側メカグモの接近を感知していたんだ――


『イテテ……あれ、治った……のか』


「もう大丈夫。良かった、間に合いました」


「ダテマルくん!」


『はいよ? おっと』


 やっと立ち上がろうとしてよろけたダテマルくんを支えようとして空振り、すり抜けてしまった。そうだった……。


「イオ、あなたは――」


 彼女はダテマルくんに“触れている”ように見える。私を見てダテマルくんを見てそれからメカグモを見て、イオは想いを再確認するように短く目を閉じてから開いた。


「あまり時間がありません、話せるだけ話をします。私はかつてあなたたちと同じ目的を持った、人工知能です」

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