44_MeteoriteBox_06
“風が頬を撫でる”というのはまだありきたりな表現の域を出ない。自分の知らない時代文明が作り上げた景観を一望するというのは、ありきたりの境界を容易に突破して行く。異国へ旅をするのでもそれは味わえるけれど、今私が見ているものは特別なノイズを含んでいる。普通なら見られないような珍しい波長。『レトロフューチャー』なる横文字にはその片鱗が含まれているとか。
「この音楽には元々、私の歌が合わさっていたんですよ」
ふと、胸の奥にオレンジ色の街並みと声が去来した。聴くことの叶わなかった歌声の余韻を大切にしまう。
私の知る時代感とそうでない時代感が混ざっている。目下に広がる世界と、水平視線よりも上にまで存在感を放つ何本かの巨大な槍は、そんな感想を生んだ。
{少し喋っていいジェミ?}
控え目に、小声でジェミーが言う。もちろん、どうぞと私。ジェミーは私が考え事をしているのを知っていて遠慮することができるのだ。
{基本的に、ここ来る人、つまりハルカに合わせてこの世界の色々な物が構成されるジェミ。でも何故かハルカからは所々読み取れないデータがあったジェミ。だから再現できたものとそうでないものがあるジェミ。私から説明が必要なものもあるジェミ}
なんて有力な情報だろう。ジェミーは私の考えていることを完全にお見通しなのかもしれない。“何故か”の部分は私からの説明としては適当に誤魔化すしかないけれど――
{なので何でも聞いてくれていいって言ったジェミ}
ひとまず配慮にお礼を言う。
「もしかして、ジェミーも私を元に構成されたの?」
{多分そうジェミ。ちょっと難しい質問ジェミ}
「ふむー……」
質問しておきながら、難しいことを聞いている気がする。私に分かる言葉でジェミーの扱う概念を一部でも共有して貰えたとして、それは仮説に結び付くかどうか。質問したいことも質問から得たい回答も、マトリクスが自分の中でまだぼんやりとしていて薄い。
「ジェミーは、この世界のことをどう思う?」
察知できるほどの間。電子頭脳では生まれないはずの。
{良い答えが浮かばないジェミ}
そしてジェミーは答えを濁した。
「大丈夫、また思い付いたら教えて」
{はいジェミ}
遠くに見えるあれはさっきの銀色の卵のようだ。人も物も動いている。微かな風もまた時間を弄んで行く。
ちょうど肘を置いて体重を預けられる高さの柵から少し離れて手首の時刻表示の辺りを見る。時刻を見るためではなく、残り時間を見るためでもない。
「ジェミー、外に出てきてくれる?」
ジェミーは素直な返事をするとテレビのような形に実体化した。
{何ジェミ?}
膝の高さより小さなジェミーを眺めている私は、思い付いたアクションを実行しようとして一瞬思い留まった。
(ジェミーって、重いのかな……?)
確かブラウン管テレビにはかなりの重量があるはず。でもジェミーは形がそうなのであって、重さゼロの数字になれるのだからきっと軽い。というよりそもそも
{……}
ぺたり。手触りがあった。つまりジェミーに触れた。立体映像ではない。ゴムのような弾力があってプニプニしている。
{……良い感じジェミ?}
「良い感じです。……じゃなくて、ちょっと失礼するね」
胴の辺り、あまり幅が無い手と足の間に両手を伸ばす。嫌がったりするのかと思ったけれど特に反応は無い。そのままジェミーを持ち上げた。手で触れるのに重さはゼロにしてあるようで、誰のせいでもない僅かな混乱がどこかに微細な電気信号を生む。
{まさかこのまま放り投げたりジェミ……}
「しないしない」
抱えるようにしてジェミーを柵の向こう、つまり自分がしばらく眺めていた景色へと向ける。そのままぐっと屈んでジェミーの顔(?)を覗き込んだ。緑の丸が二つ。
{・・}
緑の丸が少し上に動いて目が合った(?)が、ジェミーの沈黙は説明を求めているようだ。
「景色を見て」
{……景色ジェミ?}
ジェミーの言葉から推測するに、ジェミーが今見ている景色は私がその構成に影響したものだ。そもそもこのジェミーも私固有のものだと思うけれど、個々のジェミーを創っているはずの何かへ、もちろんこのジェミーにも、目の前に広がるこの世界を見て欲しかった。氷にひびを入れるような視覚データとなることを意図しているわけではない。もっと穏やかな感覚で。
二種類の時間軸が交錯した上に槍が刺さって月日が流れたようなそれを、ジェミーは{綺麗な景色ジェミ}と言ってくれた。
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