43_MeteoriteBox_05


 ゲームのコントローラーを模した入力装置からもっと長い時間が選択できることを確認して、すぐに仮想箱の中へ戻ってきた。見晴らしの良い小高い憩いの場と言うと噛みそうになるのでこの場所を「スタート地点」と呼ぶことにしようか。つまりは階段の上へ。


[01:59:28]


[01:59:27]


 間違いない、2時間もある。


[01:59:20]


[01:59:19]


「……」


 私が黙って腕時計の位置に浮かび上がる数字を見つめているのは進化した時計に感動しているからではなく、これが案内役であることを知っているからだ。


[01:59:10]


「あれ? ジェミー?」


{こんにちはジェミ}


 数字が形を崩すと粒子の木枯らしを形成して手首を離れ、ピンクの手足耳付きテレビが現れる。


「……ジェミー、私のことを覚えているのかな?」


{驚いてくれた方が可愛かったジェミ。忘れないジェミ。特にハルカは変わり者だからジェミ}


「やった、ありがとうジェミー」


{どういたしましてジェミ?}


「ジェミー、いきなりごめんね、時計に戻って!」


{はいジェミ}


 また一からジェミーに説明となるとそれはそれで大変だ。この仮想箱の二回目以降がスムーズなのはありがたい。時間はたっぷりとあるのに私は早速階段を駆け下りた。確かめたいことがある。ジェミーが私を覚えていると分かったからこそ。

 普通の人なら90度右へ曲がるはずの踊り場、階段の曲がり角を私は左へ曲がる。そこには隠れた道があり、向こうにはゴミ箱の姿をした重要なオブジェクトがある。靴で土を少し削って下に階段と同じ素材があることを確かめた場所をもう一度確認して、ひとまず確証は30%になった。


{なんだか慌ててるジェミね}


「そうよー」


 はやる気持ちを抑えることなく脚に乗せてその場所へ。


「ねえジェミー、これは何?」


{覚えるくんジェミ。もう説明したと思うけどもう一回喋った方がいいジェミ?}


「ううん、大丈夫」


 ポールはまだ出現していない。ペットボトルがここに1つ、向こうに2つ落ちている。そして私が覚えるくんの表面に書いた一文字は消えている。3つのトリガーを拾うと、落ち着いた佇まいの口の中へと入れた。ゴミ箱型の置物に寄り添うように精密な機構を秘めたポールが出現する。


「……こんにちは」


{こんにちはジェミ。冗談ジェミ}


「もうジェミー……」


「こんにちはー」


 ポールの表面を覆う緻密な電子回路の中に、微かな極彩色の光が揺らぐ。


「覚えるくんだよね?」


「うん、覚えるくんだよ」


「今いくつ覚えてるか教えてくれる?」


「3つ覚えているよ。覚えていることをお話しする?」


「お願い」


「分かった、お話しするね」


『①ミーちゃんは狭いところが好き』

『②私の役目はもう終わり。でも撤去からはしばらく守ったよ』

『③僕に付けてもらった一人だけに教えられる名前』


「おしまいだよ」


 確証70%だ。


「3つ目の名前は、私は教えてもらえるのかな?」


「うん! あなたには教えられるよ。僕の名前はシオリだよ」


「ありがとう」


 これで確証は99%になった。仮説が一つ私の中で形になる。擦った地面の跡は消えていた。覚えるくんの表面に書いた「栞」の漢字も消えていた。でも覚えるくんは私を認識し「シオリ」の名前を覚えていた。つまりこの仮想箱には周回を前提としたオブジェクトが存在する。案内役であるジェミーがそうであることは不思議ではない。けれども覚えるくんは? 『人生最後の瞬間を疑似体験できる』だったっけ。説明文をそのまま受け取るなら、そのために再現される世界に覚えるくんは不自然な機能を備えた存在ではないか。

 仮説に過ぎないとは言え、(階段を降りた辺りはやや適当に見えたけれど)広大緻密に再現されているであろう空間と、製作者の人物像を思い描く。箱の外の演出さえ重要なヒントになり得るはず。説明文の口調、選ばれたフォントの与える印象、そしてゲームのコントローラー型の入力装置。


「仮想箱を作ったのが人間なら、だけどね――」


 ジェミーにも聞こえるように独り言を選んだ。ひとまずジェミーのリアクションは無い。


{あれ? 戻るジェミ?}


 私の行動が時々想定外なのか、突っ込むところはしっかり突っ込むジェミー。多分ジェミーは何かを知っている。高度な知性がある程度の範囲を包括するということではなく、朧げに構成され始めた私の思うifへの何かを。

 一旦階段の上に戻って頭の中をリフレッシュしよう。ちょっと考えが偏ったかもしれない。

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