41_MeteoriteBox_03


 階段は都市にしては豊かな緑に囲まれていた。途中で右に曲がって更に降りていく形になっていて、その小さな踊り場は土が露出する区画に面している。私の知る都市ではもう見かけなくなってしまった、人の住む場所にあって手入れされているような、手入れされていないような自然空間。と、あらゆる演出を取り込むつもりでいたことが幸いしたのか、小さな踊り場まで階段を降りた私は偶然左を見た。何かが置いてある。足元を見ると土の区画とコンクリート風の区画を仕切る小振りのブロック列がそこだけ途切れている。土側を少し靴で擦ってみてその下の材質を確かめた。間違いない、ここは過去に道だったのだ。


{どこに行くジェミ?}


「私が話しかけなくても喋ってくれるんだね、寄り道だよ」


 ジェミーの反応を探ってみるが特に追及は無い。土の区画には本当に土が敷き詰められていた。確かな反発を持ちながら衝撃と音を心地よく吸収する。ここに雨があるならきっと上手く雨も吸収していることだろう。相手がコンクリートよりも進化した何かなら分が悪いけれど、自然が創るものは元よりそれだけの機能を備えている。――そうか、こっちはこっちで土状の何かかもしれない。広葉樹のような一本の存在に手を触れ、確かめようのない事実が多すぎることを改めて実感する。仮想箱という大枠の中に自分がいることも含めて。あらゆるものに「らしき」を付けるのは一旦やめた方が良さそうだ。

 隠れていたような道は一本道で、踊り場からも見えた物はそれほど遠くない位置に鎮座していた。


「ゴミ箱……?」


 1メートルもない小さな箱が投入口を開けている。それから向こうにペットボトルにしか見えないものが一つ転がっている。おっと……また。ゴミ箱は風雨に晒されて抗えない劣化にひっそりと朽ちるのを待つかのような佇まい。何故かペットボトルホルダー(?)が生えているのと、数字の『3』が書かれた板が貼ってあることを除いてゴミ箱だ。投入口の中を恐る恐る覗くと、やはりペットボトルが見えた。


「ジェミー……?」


{はいジェミ}


「これはゴミ箱かな?」


{そうジェミ。やっぱりキミは変な言い方するジェミね}


「あ、私名乗ってなかったね。ハルカと申します。ゴミ箱は別の言い方だと何て言うの?」


{ハルカ。覚えたジェミ。別の言い方はまだ内緒ジェミ}


「まだ?」


{そうジェミ}


「いつだと教えてもらえるの?」


{それも内緒ジェミ}


 これはジェミーがケチなんじゃなくて、きっと私が何かの条件を満たしていないからだ。この箱の中でできることなのか、はたまた私には元よりイレギュラー判定が出ていて資格が無いのか。ゴミ箱を横から後ろから、しゃがんでもみて観察する。角が丸みを帯びた口の空いた長方形。ペットボトルは多元時間軸の中でそう何度も生み出される発明品ではないと思うけれど、もしかして再現された空間が私のよく知る世界と近い年代のものなのだろうか。いや、最初に見渡した景観には未来軸の造形があったはず。


「うーん……」


 ジェミーは押し黙っている。単に何でもないゴミ箱を私が過剰分析しているだけで、ジェミーが反応するようなトリガーが無いだけ? ゴミ箱の表面に人差し指を当て、横に移動させる。土埃に隠れていた少しだけ白っぽい色の表面が見えた。

 ふとゴミ箱の向こうに落ちているペットボトルが目に留まる。ゴミ箱本体には不自然なペットボトルホルダーがある。映画館の椅子に備え付けてあるようなあれが片腕のように。もしかして。拾ってきたペットボトルをホルダー部分に乗せてしばし待つ。


{……何してるジェミ?}


「……えっと……」


 ハズレのようだ……。いかにもな引っ掛けだったのかもしれない。だとしたら悪い気はしない。それだけ作りこまれた世界なら、この先が楽しみだ。思わせぶりなゴミ箱に別れを告げる前にざっと周囲を見渡す。ペットボトルがあと二つ落ちていた。あまりこの場所を訪れる人はいないだろうから、こうしておけば少しは喜んでくれるかもしれない。スイッチではなかったホルダーに置いた一本と落ちていた二本をゴミ箱の口に入れ、その場を後にする。


「ちょっと待って」


「なあにジェミー?」


{私じゃないジェミ}


 そうね、語尾にジェミが無いもの。え……? 振り返る。声は後ろから聞こえた。微かな機械音、車止めのポールくらいの柱状のものが地面から出現しゴミ箱の横に陣取った。瞬間警戒、ぱかっと開いて銃口が、なんてことはないよね、でもいきなり隕石が落ちるような世界だから油断はできない。

 距離を取らず詰めず突如現れた小さな柱を睨む。表面が繊細半透明な集積回路に覆われているように見える。


「3つ覚えるよ」


「……?」


 声の元はその柱。合成音声寄りの波形。3つ? 覚える?


{こんなところにこれがあるジェミね}


 ジェミーが私と何もしてこないポールの間の緊張感に割って入る。


「ジェミー、これは何?」


{覚えるくんジェミ}


 特に何も考えず聞いてしまった、そして答えが貰えた。ジェミーがまた腕から飛び出して私の横に降りた。耳付き古テレビの横顔は雄弁に説明を続ける。


{本体はそこの、ハルカの言うゴミ箱ジェミ。その棒がゴミ箱を覚えるくんに仕上げるジェミ。何でも3つ覚えてくれるジェミ。子供が喜ぶオモチャとして流行ったジェミ}


 拾うべき情報が多い。只者ではないようだ。


「こんにちはジェミ」


「こんにちはー」


{こんな風にそれなりに会話できるジェミ。でも3つ覚えてくれるだけジェミ}


 やっぱりただものではない。


「……今覚えていることは聞けるの?」


「うん! 2つだけ覚えているよ、お話しするね」


『①ミーちゃんは狭いところが好き』

『②私の役目はもう終わり。でも撤去からはしばらく守ったよ』


「おしまいだよ」


 一瞬言葉が詰まった。


「“私”は誰のこと? “守った”のは誰が守ってくれたの?」


「“私”は僕のこと、この覚えるくんの個体のことで、守ってくれた人は覚えないように覚えさせられたよ」


「1つ目の、ミーちゃんのことを覚えさせた人のことは話せる?」


「覚えるように言われていないよ」


{覚えるくん相手に熱心ジェミね}


「……ジェミーはこの覚えるくんが覚えていて話さないことを話せる?」


{それは無いはずジェミ。覚えるくんはちょっと古いから適当だけと正直ジェミ}


「二人ともありがとう」


 オモチャというには過剰な装置。無邪気な子ども、そして顔も見えないヒーロー。


「覚えるくん1つ覚えて。あなたの名前はシオリ。私に名前を聞かれた時だけそう答えて」


「分かった、覚えたよ」


「あなたが今覚えていることを教えて?」


「うん! 3つ覚えているよ。お話しするね」


『①ミーちゃんは狭いところが好き』

『②私の役目はもう終わり。でも撤去からはしばらく守ったよ』

『③僕に付けてもらった一人だけに教えられる名前』


「おしまいだよ」


「3つ目の名前、私に教えてくれる?」


「うん! あなたには教えられるよ。僕の名前はシオリだよ」


 私はその装置にお礼を言うと、さっき指でなぞった所に線を足して「栞」の漢字を描いた。


「行こっか、ジェミー」


{ハルカは変なこともするジェミね}

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