40_MeteoriteBox_02
[00:20:00]
[00:19:59]
腕時計のあたりに浮かび上がる数字は、今度はそれなりの猶予を示していた。実は新しく『2分』も選べるようになっていて、私はグレーアウトしていた『2時間』以外の『20秒』『2分』『20分』の中から『20分』を選んで今ここに立っている。……そういえば最初の箱では尻餅をつかされたような。箱の技術が少し進んで、体勢を決めて箱の中に入れるようになったのかもしれない。
顔を上げると私は『20秒』の時と同じ場所に立っていた。見晴らしの良い場所で、ベンチが二つ設置してあって、背の低い柵越しに遠くの方まで景色を眺められるようになっている。階段の上の憩いの場といったところ。ただ、その景観は素直な安らぎというには少し引っかかるものがあった。中央に見える高いビル群と比べてあまりにも大きい柱が斜めに無数に突き刺さっている。都市そのものに、あまりにも乱暴に。私は最初にそれを槍だと認識した。細長い影の先端らしき地点を見上げるとなんとか上空に端っこがあるのが分かったが、分かったので、やっぱりあれは槍……? 柱であれば何かを支えているはずなのだ。あれが斜めに交わる地面の反対側には空しか存在しない。住む者の居なくなった建物を覆う蔦のような色の何かがその柱状の何割かを侵食していた。
{こんにちはジェミ}
「!」
驚いて身構えた。声? どこから? 私の手首の辺りから? 『シュン』という効果音がしたような気がする、多分私の腕から何かの影が飛び出して着地した。そう見えた。
{脅かすつもりはないジェミ、ごめんジェミ}
未来の技術をまじまじと見た。粒子が集まるようにして空間に物体が(立体映像かもしれないけれど)構成され、奇妙な恰好をした小さなキャラクターが私と対峙した。膝の高さもない小さなそれは可愛げのある姿を目指して作られたような形をしている。分かりやすく言えている気がしないけれど、少し昔のブラウン管テレビにカラーコーンのような短い手足をつけて、大きな垂れ耳も付けてピンク色にした感じ……。テレビの映像が映りそうな箇所に緑色の丸が二つ表示された。……目?
{私はこの世界の案内役ジェミ! 何でも聞いてジェミ。あ、消えてと言われたら今すぐ消えるジェミ。“サイゴ”はひとりで過ごす方が好きな人もいると知っているジェミ!}
手足が短い上におなかも曲げられなさそうなのに、お辞儀と分かる動作をしてくれた。眼が一瞬横線二つになった。
「……よ、よろしくね、えっと」
{好きに呼ぶジェミ!}
「……ジェミー?」
{分かったジェミ。ジェミーと呼んでジェミ}
やや積極的な勢いに押されてふと砂漠での案内役を思い出す。控えめに砂に文字を出す程度にしていたりと、あっちの方が……
{……ちょっとテンションを下げるジェミ}
「ごめん、大丈夫だよ」
{一旦時計に戻るジェミ、いつでも呼んでジェミ}
今度は手足耳付きピンク色テレビが粒子へと還元され、時刻表示に戻っていく。私の腕のところへ……。と思いきや、すうっと時刻表示が消えた。
{見ようと意識すれば表示するジェミ}
……なんともすごいテクノロジー。
* * * *
賑やかなジェミーが一旦姿を消すと、私は思い出して空を見上げた。私の知る空とそれほど変わらない薄青い空。手元の時間を確認しようとすると(ジェミーは特に喋ることもなく)数字が浮かび上がった。
[00:15:27]
もう一度上空を見て、首を傾げる。疑問符の理由はそこに何も見えないからだ。隕石(であると私が認識した)物体の大きさ、重力、落下速度といった要素がどのような計算式で答えを弾き出すのかすらすらと暗算はできないけれど、この残り時間であればもうそれが見えてもおかしくはないのではと思うのに。
「ジェミー、何でも聞いていいのかな?」
自分の手首の内側を見ながら数字が表示されていた辺りに声をかける。そう言えばジェミーが飛び出した時は手首の外側からだったような? でも私が腕時計を見るときは内側で、今も内側に時刻を見ているし……
{もちろんジェミ。答えないこともあるけどジェミ}
私の困った癖なのか、また“答えない”という表現を拾ってしまう。答えられない、ではないのだ。
「これから何か落ちてくるよね?」
{落ちてくるジェミ}
「落ちてくるのは隕石なのかな?」
{あまり聞かない言い方だけど意味は合っていると思うジェミ}
「分かった、ありがとう」
時間も空間も違うところの単語を発してしまい怪しまれたかどうかはさておき、ジェミーは当然のように私の言葉を理解する。(かのように振る舞える、ではなく。)キャラクター性さえ持っているように思えた。私からすれば高水準な案内係。この箱へ入ってきた人に合わせた対応、つまり私以外の人に対してはジェミー以外のキャラクターの生成がされているのかもしれないし、どんな人が何を思ってここへ来るのかもまだ想像の域を出ない。ただ、何か引っかかるような――
ぐるぐると頭の中で考えていても仕方が無いので、電子構成された世界を歩いてみることにした。見晴らしの良い休憩所の裏手には下り階段が見える。そこから街へ降りて行けるようだ。ゆっくり街並みを見て回る時間は無さそうだけど、ここに何が表現されているのかを少しでも感じ取ることはできるはず。一般の人々が緻密に再現されているのなら、彼らは隕石の存在を認識し怯えているのかどうか。そんな最初の前提から確かめたい。
また手元の時間を確認し、少し早足で階段へ向かった。
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