42_MeteoriteBox_04


 やや急ぎ足で階段を降りていく。階段の幅は丁度エスカレーターくらいで、灰色の堅い質感が適度に足音を響かせる。視野左には斜めにセットされた石の壁、右はさっき寄り道した角を曲がる前に見えていた植え込み。階段が残すところ直線のみとなった時点で、ある程度見下ろすような形で視界が広がる。適度な都会空間だ。

 最後の一歩を降りて道路と同じ高さに立つ。適度な都会には見慣れたものと見慣れたものが進化したであろうものがあった。あれはきっと道路の規則を示すものだ、空中投影のスクリーンにはもうそれほど驚かない。信号はざっと見たところ(私の知る形のままでは)ないようで、道路を区切る白線や路面に描かれた記号も無い。そもそも道路の素材はつぶつぶの空洞を備えたアスファルトではなかった。薄い緑色のつやつやとした素材だ。足から伝わる感触はそれほど――


{今度は何してるジェミ}


「……何してるんだろうね」


 そう、丹念に素材や技術を見るのも良いが、まずは人を探したい。箱の中に意図をもって再現され、この世界の空気を吸って生きているように描かれている人間を。街並みは起伏が多い郊外の粒度といったところ。最初に見えた槍の刺さっている地点はもう少し密度があった気がするから、街には中心部が存在するのかもしれない。一旦描写はそこで終わりだ。あとは次回。


[00:05:12]


 やっぱりもうあまり時間が無い。階段を降りた正面には見上げる高さの塀が横に広がっていた。向こう側に何か施設がある。ひとまず迂回だ、推定車道を渡ることはせず道の端っこに沿って左へ。ヒトは左を選びやすいんだっけ。


「ねえジェミー」


{はいジェミ}


「ジェミーは私がもう一度ここへ来たら、あなたは私のことを覚えているの?」


 走りながらの質問になったけれど、{NO}だったらどうしよう。もしかしたら覚えるくんだけが特別で、ジェミーは当然のようにまた最初から――


{その時のお楽しみジェミ}


「……そう来ましたか」


 冗談を言う、探るような文脈を作る、言うことと言わないことを選ぶことができる。私たちは“それなりの会話ロジック”を搭載した何かであれば、いとも簡単に満足してしまう。対人間用に友好バイアスをかけた汎用言語処理装置は、ある時期を境に多くのデバイスに標準となった。ってジェミーが言っていた。


{ハルカ、後ろ気を付けるジェミ}


「後ろ?」


 銀色の巨大な卵。浮遊して移動している。こっちへ向かって……いない、車道の真ん中を私と同じ方向に進んでいるだけだ。半分口を開けて眺めていたかもしれない。私の横を通過し、そのまま絶妙な速度で進んでいった。


「車……かな?」


 あれだけ原型を留めていないのに私がそう言えたのは、“場”というものの演出がいかに大きいかということだ。道路があってそれっぽい大きさの物体が移動している。さっきの階段の上に大きな銀の卵が置いてあったら何だか分からなかったはず。ジェミーに{変な言い方をするね}と突っ込まれないのは、賢いジェミーがもう適応したということかも知れない。――私に。


「あ、そうだ、あれには人が乗っている……よね?」


 トーンが難しい。もしかして私はとんでもないことを言っているのではないかと気にしてしまう。


{人は入っているジェミ}


「……歩いている人もいるのかな?」


{いるジェミ。……ハルカ、一応言っておくジェミ}


「……なんでしょう」


{ハルカが変な人なのは分かったから何も気にしないで全部聞いて良いジェミ}


「そ、それはどうも」


{ちょっと怒られると思ったジェミ。実体化してコツンとされる準備をしていたジェミ}


 時刻表示を止めてテレビになるのは実体化と言うのね、ジェミー自身は。……おっと、急がないと、もう時間が無い。誰でもいい、人は? 小走りに周囲を見渡すが、思ったより人の気配が無い。元々少ないのか、銀の卵に乗って移動するのが主なのか、その銀の卵もあれっきり――

 建物はあるにはあった。柵や仕切りやライフラインらしき設備も。けれどなんというか再現が適当だ。中に入ったら白塗りで何も無いんじゃないかと疑ってしまうような。生活痕らしき何かがどうにも掴めない。ただ、頭の中で位置をマークしている街の中心部に向かってその適当さは少しずつ作りこまれた世界に変わっているようにも見える。私のいるこの辺りはまだメインステージではないということかもしれない。


 角を一つ曲がり、ついに捉えた。人の姿。脚を組んで道沿いのベンチに座っている。しかしタイミングは残酷だった。視界全体に落ちる影が何であるのか私はすぐに分かった。


[00:01:28]


「あの、すみません」


 呼吸を整える暇も無く声をかける。少しずつゆっくりとではない、重力に身を委ねた落下速度がすごいのは確かにそう、でも間違いなくそれは突然現れた。


「ん、あぁ、あの……あれは、なんだ?」


 彼の表情は理解処理中であることを示している。つまり、この男性は隕石の存在を知らされていない。


「ジェミー、外に出てその人にくっついて」


{こういうことジェミ?}


 男性は耳付きテレビになったジェミーの姿に驚かない。ジェミーは彼の腰のあたりに寄り添いくっついた。


{ハルカ? これでいいジェミ?}


「うん……」


 何の意味があるジェミ、とジェミーは聞かなかった。

 空を仰ぐ。ジェミーと男性の前に立って天上落下物と向き合い両腕を広げた私には何の意味があったのだろう。その時の私は自分の行動の意味を考えていなかった。私一人のことより、もっと考えるべきことがあったから。


 隕石は人工物だった。

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