30_DanceBox_07


 緩やかな勾配を不規則な配置の通路、階段、椅子を縫うようにして登っていき自分が入ってきた扉を探した。逆さ円錐形の最外円周部にはいくつか扉があったけれど、私の探している扉には会場側の面にもあの大きな扉の配色と装飾が部分的に再現されていてすぐに見つけられた。

 特に何もない小部屋はそのままだ。ここで思考をまとめるのも良いのかもしれないけれど、私は速足で部屋を横切り重い扉に手をかける。

 喫茶空間も元のまま。私は一安心してケイコのところへ向かった。


 ケイコは元の細丸テーブルに同じように座っていた。


「ケイコ、お願いが――」


「どーもー。探ってたね」


(……?)


「えっと……」


「誤魔化さなくてもいーよ。あたしにゃ分かる。まあみんな他の人なんか気にしてないからおどおどしなさんな」


 あれ、と記憶がよみがえる。多分“同じセリフ”だ。私の記憶が確かなら、ケイコは全く同じことを喋っている。もしかして彼女が村人Aであると、そういうこと? 彼女はセリフを与えられた登場人物に過ぎなくて、役割の範囲を出ず、同じセリフを繰り返す――


「……ふふっ」


 ケイコが笑った。


「ごめんごめん、からかってみただけ! 同じ風に喋れてた?」


「……」


「びっくりした……?」


 ケイコは私の様子を見て、椅子から立ち上がると深く頭を下げた。一気にいろいろな返事が浮かんですぐに消えて、私は泣きそうな顔をした後にどんな顔をしたんだろう。ケイコに頭を上げてもらうと、何度も謝るケイコに私も何度も謝って、しばらくゆっくり扉の向こうとは関係のない話をした。

 私が時間も空間も参照しない話題を選んでいることにケイコはきっと気付いていて、時間も空間も参照しない返し方にケイコ節を混ぜて相手をしてくれた。飲み物カウンターでケイコに知らない名前の飲み物を選んでもらい、それを二人で飲んだ。「さっぱりしててそこそこ美味しいのに記憶に残らない味」とケイコ。



「それで、お願いって?」


「私と一緒に、扉の向こうのあれを見に来てほしい」


「あーうん。いいよ」


「……あれ? いいの?」


「あれ?って、あたしも別に根が生えているわけじゃないもん」


 それは確かにそうだけど、ケイコが変に村人Aのふりをしたせいで私が考えすぎているのだろうか。役割とか箱の制限とかそんな感じの概念を。でも彼女が良いというなら話は早い。


「じゃあ行こうか。あたしのレンタル料金は高いよー」


「レンタルなの……?」


「ハルカには借りられてもいいってこと……? ん? 何でもない」


 ケイコのような人はお金に代えられない価値を生み出す人だ。ケイコが来てくれるならいくら払ってもいい。


「何さー」


「ううん、私も何でもない」


 二人で席を立って大きな両開きの赤と銀の扉に向かう。ケイコは私よりほんの少しだけ背が低いが、緩いデザインの服に隠れたスタイルは多分かなり良い。前を歩いてもらったりして楽しんでいるとケイコは振り返って私をつついてきた。大きな扉の前で私はケイコに提案して、両開きのドアを左右同時に押して開けた。


「両方同時に開けると何か起きる可能性も無いわけじゃないんだけど……」


「何もなかったね……」


 重いドアは閉まる時にはそれほど力が要らないんだった、ほぼ同時に二枚の扉が閉まると小さな空間は二人の来客を抱えて静かになる。


「でも良い線行ってるかもよ、カップルも男二人組も見たことあるけど扉の両方を開けるのは滅多に無いし、同時を意識もしていないだろうし」


「慰めてくれてありがとうなんだけど、実は何も無いわけじゃなかったよ」


「……え? 何かあった? 隠しスイッチがオンになったとか?」


「内緒!」


「えー。うー、流石のケイコ様にも分からない……」


 二人で同じことができることを確かめた。それにどんな意味があるのか説明しろと言われたら、私も上手く説明できないのかもしれない。

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